黄昏の君。

「――――おい起きろ。――――いい加減起きないか。」


 遠くで声がする。

 肩が揺さぶられて、それに引っ張られて頭も揺さぶられる。

 気持ちが悪い。

 目を閉じているのに目の前がぐらぐらして目が回る。


「――――君さ~。早く起きてくれないかなぁ。」


 起きる?

 そうか僕は今眠っていたのか。

 いやいや眠ろうとしてたんじゃなかったっけ。

 どっちだ?


「おきろーーーー。」


 今度は近くで声がした。

 耳のすぐ近くだ。

 強く耳朶を打ち、耳の穴に入り込んで鼓膜を揺らす。それに収まらず三半規管まで入ってきて脳みそに直接届いている感じがする。


 まるで頭の中から響く声のようだ。


「ん、う~~~~ん。」

 それでようやく僕は

 眠い目をこすりながら顔を上げる。

「……どこだここ?」


 そこは見覚えのない場所だった。広い教室のような場所。

 その後ろの方の窓際にポツンとボクはいる。


「ここは何処って教室よ。」


 ぼくの右手から声がする。

 最初はそう思ったが違った。

 ぼくの右側には人が立っていたのだ。


「――――ってばよく立ったまま寝れるわね。」


 そこで僕はこれが夢だと気が付いた。

 だって僕のことが僕自身分からないから。

 名前を呼ばれてもそれが理解できないから。

「あぁ、これは夢なんだな。」

 そうつぶやいてアカネに染まる空からの明かりが入って来る教室を見渡す。


 何もない。

 黒板も教卓も、カーテンも机も何もなかった。

 あったのは僕と隣にいる人だけだ。

 そこで初めて隣にいる人に興味を持った。


 黒い髪のショートボブの女の子だった。

 背は僕より低い。

 なのになぜか見上げているような感じがする。

 黒いブレザージャケットに黒いスカート。

 黒いハイソックスを履いていた。


 笑顔と太ももの白さがばぶしかった。


「君は誰だい。」


「何を寝ぼけているんだい。君の相棒のユノだよ。」


 そのユノと名乗った少女はぼくの性癖のど真ん中だった。

 だから彼女への信頼感がすぐに湧き出してきた。


「僕は確か病気持ちの無職だったはずだよな。また留年しそうになった時の夢を見てるのか。」


「なんだいホントにまだ寝ぼけているのかい。これから本番だってのに。それにそれは――――が良く夢で見てる設定だろ。」


 そう言えば僕はよく夢で30過ぎの無職の男になる夢をよく見ていた。

 あれ?

 どっちが夢でどっちが現実だ。

 ちょっとわからなくなってきた。


「ほら、ゼス先生が迎えに来た。」


 言われて見ると赤いジャケットを着た角刈りの男性が現れた。


「ほら、もう出発だ。ついてきなさい。」


 そう言われて彼について教室を出ると、そこは廊下では無くて、人一人がやっと通れるくらいのトンネルだった。

 やたらと暗くて、雑然としていた。


 ぼくはユノを連れて先生の後を追った。

 しかしすぐに先生の姿が見えなくなる。

 しかしどこに行けばいいのか何故かわかる。

 ぼくは先立って廊下と言うかトンネルを進んでいく。

 トンネルには万年筆とメモ用紙が散乱していた。

 それを見ると失われた何かを思い出させて来る。

 

 トンネルを進むとそれまで開いていた隔壁が閉じられていた。


「もう、アストの扉を開けっぱなしにするのもどうかと思うけど、ついてこいというなら開けておいてほしいわ。」


 そう言ってユノが扉を開け始めた。

 その後ユノが明けた扉をいくつかくぐって進んだところで異変が起きた。


「は?」


 ユノが扉を開いたのにまた同じ扉がふさがっていた。

「ナニコレどうなってるの。」

 そう言いながら何枚かの扉をユノが開けるも道は開かれない。

 ユノも諦めて扉を開くのをやめてしまった。


 しかし僕は開いた扉と閉じられた扉を観察していてある事に気が付いた。

 扉に付いた傷が違うのだ。

 そこで今度は僕が扉を開けていく。


「どうしたの。」


「並列宇宙論だ。」


「あぁ、君が言っていた宇宙は一つの塊じゃなくていくつもの紙の重なり合いみたいなものだって。っていうアレ。」


「今から僕たちが乗る船だってその理論で動くんだ。この扉もその影響だろう。」


 そう言って何枚かの扉を開けたら新しいトンネルに出た。

 暗いのは相変わらずだが横道が開いていてそこが僕らの進むべき道だ。

 横道に進むと、さらに雑然としていて、積み重なったプリントの中にお酒のボトルが混じっていた。


「ラッキー頂き。」


 ボトルには残り少ないお酒しか入ってなかったが、このご時世ではお酒は貴重品だ。

 無造作に置いておく方が悪い。

 ユノは手酌にした手にお酒を注いで飲み干した。


「か~~~~~~、美味い。――――も飲みなよ。いいパインリキュールだ。」


「……僕はパイの方がいいな。」


「…………は。な、なななな、なな、何言ってんだこんなところで。酔っぱらてるのか。」


「君こそ酔っぱらわないでよ。今から大切なミッションだ。」


「わかってますよー。なんだよからかっただけかよ。」


 そんなやり取りをしながら僕らは階段を下りて船に向かった。


――そこで目が覚めた。

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パラレル・アイデンティティー 軽井 空気 @airiiolove

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