せんぱぁぁぁあああい!!

向日葵椎

吾輩先輩(猫)

 吾輩は――

「せんぱぁぁぁあああい!! どこですか? せんぱぁぁぁあああい!」

「(ここならバレないはずだ)」

 吾輩は先輩である。

 放課後、クラスの清掃具ロッカーに隠れている。

 なぜ隠れているのか? それは後輩に追われているからである。

 なぜ追われているのか? それは吾輩も知りたい。


 叙述的な問題とならないように先に説明しよう。

 吾輩は実は猫である。まあ、今は人間の姿で高二の男子だ。我が一族は化け猫として先祖代々人間界で暮らしてきた。だから吾輩も幼い頃から人間に化け、そうして人間社会に溶け込んできたのだ。猫の姿のままでは人間社会で愛玩動物、ペットの域を出ることは難しい。まれに猫の姿のまま駅長に就任するエリートにゃんこもいるが、それでも自分で猫缶やチュ○ルを好き放題に買うことはできない。だが人間としてそれなりに暮らしていれば、お夕飯にお刺身を買って食べることもできるのだ。

 ああ、説明してたらチュルチュルしたくなってきた!

「先輩! 先輩この部屋にいるんですよね! 私わかるんですよ。先輩の匂いって覚えやすいんです! この部屋から先輩の匂いがするんですよ! せんぱぁぁぁあああい!! どこですか? せんぱぁぁぁあああい!」

「(恐い! 恐い恐い恐い恐い恐い! ああ恐い!!)」


 この春、吾輩の人間生活に唐突なクライシスが到来した。

 それがあの後輩女子である。気持ちがクライデス……。

 なぜ吾輩にとって危機なのか? それは彼女が吾輩の正体に気づいている可能性が高いからである。もし正体が化け猫だとバレてしまえば人間社会での生活に支障をきたす。それどころか我が一族全体の存続の危機へと繋がりうるのである。母上が吾輩を叱りつけるときに出てくるお決まりの台詞がある。「世界は人間が支配している。人間は猫が支配している。しかし人間は傲慢でそのことを認めない。傲慢であるがゆえに、その真実が明らかとなったときでさえ欺かれたと嘆くだろう。いいこと? 人間には猫の方が優れていると思わせてはいけないし、人間と対等であるとも思わせてはいけない。この世で猫が人間として暮らしていることを知られてはならない」。だから吾輩はあの女子に正体を気づかれるわけにはいかないのである。

 なぜ吾輩は疑われていると思ったのか? だって追ってくるんだもん! それで追いついたと思えば吾輩の周りをぐるぐるしてじろじろと見回す。恐い! 疑われているのだ! 吾輩に化け猫の尻尾が、正体の手がかりがないか探っているのだ! きっと見つけしだい「ナアんか獣クセぇと思ってたんだよなあ先輩さんよォ!! オイみんな! コイツ猫だぜ! 猫がこんなとこにいていいハズねえよなあ? コイツ今までオレらのことダマしてたんだぜ、タダで済むはずねえよなあァァァ!」、と言うに決まっているのである。恐い! 理不尽だ!

 吾輩自由にチュルチュルしたいだけなのに!


「先輩? 教卓の裏ですか?……違った。うーん、でも先輩の匂いはするしなあ。先輩の机からだったのかな?……くんくん……違うみたい。なあんか、本体の匂いが別のところからすんですよねー。せんぱぁあい?」

「(本体の匂い!? なにそれ恐い恐い恐い!)」

「そうなると……」

「(なに!? そうなるとなに!?)」

「もうロッカーしか隠れられないですよね!」

「(マズいっ! しかも声が近い!)」

「あっ――でも、どうして先輩はこんなところに隠れる必要が? むむむ」

「(君が追ってくるからだよ!)」

「むむむ」

「(こうなったら一族に伝わるあの方法を……)」

「むむむむむ……」

「にゃあん」

「なーんだ、猫かあ」

「(乗り切った!)」

「って助けないと!――ああ! 先輩いたー!!」

「うわぁぁぁあああ!!」


 吾輩は逃げた。逃げて逃げて逃げた。

 人間から逃げるなんて吾輩の臆病者め!

 己を罵りながら走って走って走った。

 そして家の前までやってきた。

 いくら人間の姿でも、吾輩は猫なので足が速い。いつも体育の授業では母上の言いつけに従って目立たないように手を抜くことにしているが、それでも気を抜けば一番になってしまう。やれやれ優れ過ぎているというのも困ったものだ……風、吾輩は風なのだ……ふふふ、と。で、ただでさえそこらの人間に負けるはずがないのに、一目散に駆けてきたのだから追いつかれるはずがない。

「ふう……さすがにここまでくれば――」

「せーんぱい!」

「うわぁぁぁあああ!!」

「そんなに驚くことないじゃないですかー。私かけっこには自信あるんですよ?」

「そんなレベルじゃないだろう!」

「…………」

「……なんだ、じろじろ見て」

 まただ。吾輩のことをじーっと見ている。また観察か。まったく執念深いやつめ。そんなに吾輩を貶めたいというのか!

「……もじもじ」

「もしもし?」

「……もじもじ」

「文字文字?」

 様子が変だ。なにかを言いたそうにも見える。なんだ? まさか吾輩の正体を見せろと言いたいのか?

「なんだ。言いたいことがあるなら言えばいい」

「えーっと、ですね。あの、前から先輩が気になってて……」

 赤面している……あれ? なんかこれ知ってるかも。これアレではないか? あの告白とかいうシチュエーションなのではないか? まさか……ははは。いやでももしかしたらあるいは……えい! なにを期待しているのだ吾輩! えいえい! 人間とそういう関係になることを期待するなぞ気高き化け猫一族の風上にも置けない! 邪念よえいえい! えいえいおー!

「なんだね、恥ずかしがらずに言ってみるといい――そのアレだ、別に言うだけなら自由だからな。うん、別に吾輩期待しているとかじゃないけど、というかOKするかどうかは別だけど、言うだけ言ってみたらいいと思うぞ」

「じゃあ……」

「よしこい」

「先輩って猫飼ってますよね?」

「ん?」

「先輩って猫飼ってますよね?」

「ん?」

「先輩って――」

「わかったわかった、さすがに聞こえてる。意味もわかる。ただ予想してなかった質問だったから少し混乱した」

「予想ってなんですか……?」

「いやそれはいい。吾輩が猫を飼ってるのか知りたかったのか」

「はい! 前から気になってて。でも違ったら恥ずかしいなあって思ってなかなか言い出せなかったんですよー」

「Oh……。じゃああれなの、前から追いかけてきてたのはそれを聞くためなの」

「はい!」

「そうか。……そうか」

「なんだかガッカリしてます?」

「べ、別にっ。で、なんで猫を飼ってると思った」

「私鼻がいいんですよー。だから猫飼ってる人はわかるんです」

「あと足も速いな?」

「走るの得意なんですっ」

「あくまで得意なレベルと言い張るんだな……」

「それでどうなんですか? 猫、飼ってるんですか?」

「飼ってるが? これで満足したか? 吾輩そろそろ帰るぞ」

「いいえ! 見せてください!」

「!?」

「私、猫好きなんですよー。だから見せてください!」

「好きだと!?――いやならん」

「えー、なんでですかー?」

「なんでもだ」

「そんなー、私猫にチュルチュルさせるの好きで今日も持ってきたのに――」

「よしこい!」

「いいんですか!? やったー!」


 しくじった! チュルチュルというワードが出たせいで反射的に言ってしまった! これは策略か? しかしまだ吾輩を疑ってるようには見えん。

 というか――あああチュルチュルしてほしい!!! 自分でするチュルチュルもいいが誰かにしてもらうチュルチュルは格別だ。吾輩人間だとツンツンした時期だからもう母上にチュルチュルしてもらうのやめてるし、ここのところずっと一人チュルチュル、セルフチュルチュル、ボッチチュルチュルだったんだ!――っといけない、違う違う、冷静になろう。もう言ってしまったものは仕方がない。ここで変に断るとこれからも追われかねないし、余計に怪しまれるかもしれない。

「ちょっと掃除とかあるから待っていろ」

「はい! わーいわーい!」

 吾輩は先に家へ入って叫んだ。

「人間の友人が来るぞぉぉぉおおおお!」

「にゃぁい。にゃーん、にゃぁあんにゃ」

 居間の方から母上の猫語。

 訳「いいけど事前に言いなさいよー。もう、ちゃんとおもてなしの準備とかしたかったのに。だってあなたのお友達が来るなんて初めてじゃない? せっかくだからちょっとオシャレな感じの方が絶対いいと思うの。印象は大事よ。今からなにかできることはないかしら。考えておくわね」

「普通で、普通な感じで頼むからな!」

「はいはーい」

 人語になった。さすが母上、切り替えが早い。家の化け猫バレに繋がりそうなものは母上が把握しているから許可が出たなら問題ない。それに普段から急な人間の来客に備えて目立つところはごく平凡な家庭らしい見た目なのだから心配ない。


「よし、片付けは済んだ。入るがいい」

「やったやったー! お邪魔しまーす!――あ、先輩のお母さんお邪魔します!」

「いつの間に!?」

 さすがは母上。音もなく忍び寄るのはお手の物だ。ツンツンした時期の吾輩としては一人で猫動画を見ているところを見られそうになるからこのスキルが少々厄介だったりするんだけど。

「いらっしゃい。そこの居間でゆっくりしていってね。それにしてもこんなに可愛らしいお友達がいたなんて。もしかして彼女だったりするのかしら?」

「そそそそそ、そんな彼女だなんて私は、えへへへへ」

「私はお邪魔しないからにゃんにゃんしても大丈夫よ」

「はーい! にゃんにゃん!」

「あらお上手なのね」

「にゃん!」

 奇跡的に会話が成立している。母上が言っているにゃんにゃんは茶目っ気であり、にゃんにゃん以上の意味はない。母上はしっかり者ではあるがときたまこういう茶目っ気が顔を覗かせるのである。ちなみに後輩の言ったにゃんにゃんは猫語では夕方には少し早いような意味がある。イントネーションが違うからだ。吾輩の口からはとても言えない意味とだけ言っておく。

 それと……最後のにゃん! は猫語でもただのにゃん! であったはずなのだが、なぜだろう? 吾輩の胸がきゅっと締め付けられるような響きがあった……そういう呪文かなにかなのだろうか。


「居間だ! 隙あり! わーい!」

「好きなところに座るがいい」

「じゃあ先輩のお隣がいいです!」

「ととととと隣だと!? ならん。部屋は広いんだから他にしろ」

「……ぃ、ぉーぃ! この辺でいいですかー!」

「もっとこっちへこーい!」

「じゃあこの辺りで!」

「よしいいだろう。ていうかどんだけ広いんだよ」

「じゃあ先輩の猫、見せてください!」

「あ」

「あ??」

「いや吾輩そんな威圧的に言ってない。えっとだな、ちょっと待った」

「どうしたんです?」

「なんでもない。今ちょっと猫がにゃんにゃんでははは――」

 マズいぞ猫がいない。いや猫はここにいるんだがどうしよう。吾輩ここにいるから猫になれない。なんかこの後輩なら吾輩が急に猫になっても手品かなんぞだと都合よく解釈してくれそうだが油断は禁物だ。もし学校で言いふらされでもしたら吾輩がイケメン高校生マジシャンとして話題になり目立ってしまう。大変だ! それは避けなければいけない。目立ってしまえば化け猫バレする危険性が高まるからだ。

「はーい、おやつ持ってきたわよー」

「先輩のお母サンさん! わーい!」

「今日はオシャレに高級猫缶!」

「わーい!」

 母上!?!?

「――と見せかけたフルーツ缶です!」

「なんと!?」

「遠慮しないで食べてねー」

「わーいありがとうございます! あ、先輩のお母サンさん。私、今日は先輩が飼ってる猫を見に来たんです。どこかにいらっしゃらないでしょうか?」

「なるほどそういうことね。大丈夫、それならもうすぐ来るわよ」

 母上のウィンクサイン! さすが母上! 猫の姿に戻ってここへ戻ってきてくれるということだろう。これで後輩に帰ってもらうことができる!

「では母上、よろしくお願いします!」

「はーい。あ、そうだちょっとこっち来てくれる?」

「ん?」

「手伝ってほしいことがあったの。こっちこっち」

 吾輩はなんだか嫌な予感がした。まさか……しかし母上からの頼まれごとであれば行くしかない。居間から出て母上から要件を聞く。

「もしかして――」

「猫に戻りなさい」

「わーやっぱりー。特上の案の定だぜ」

「なにおかしなこと言ってるの。お母さん他にやることあって忙しいからあの子の相手は頼んだわよ」

「ほかに誰かいないんですか」

「今日は人間嫌いの武闘派血みどろアサシンにゃんこしかいないわ」

「あ、はい」

「今日は伏線にもならないようお母さんがねじ伏せておいたから安心してね。それじゃあよろしく!」


 ……てなわけで吾輩は猫の姿で母上に連れられ居間に戻った。

「お待たせー。これがうちのにゃんこよ」

「わー! かわいい!」

「でしょー? じゃあ、あとはお二人でごゆっくりね」

「二人……? そういえば先輩はどこへ?」

「極秘ミッション中なの。あとで戻らせるから大丈夫よ」

「さすが先輩! よくわからないけどすごいです!」

 そうして吾輩と後輩は二人きりになった。やるべきミッションはわかる。猫らしく後輩と接し、隙を見て部屋から出て後輩に帰ってもらうのだ。

「にゃぁん」

「にゃん!」

「ににゃあに」

「にゃにゃんがにゃん!」

「はぁ」

「ため息ついた?」

「にゃー」

「まさかね。では、さーてお待ちかねだよ! チュルチュルタイム!」

「!?」

「懐に忍ばせて人肌で温くなったチュルチュルを取り出しましてー……袋を開けましてーっと……さあ、おいで!」

「にゃぁぁぁああああ!!」

 ――このあとめちゃくちゃチュルチュルした。


「お腹いっぱい?」

「にゃーす」

「そうなのよかったねぇ、いいこいいこ」

「にゃー」

「そうだよねー」

「に?」

「やっぱりそう思う?」

「ゃ??」

「先輩、私のこと嫌いだもんね」

「!?」

「今日も追いかけちゃって家まで押しかけちゃって迷惑だったと思う。反省。私反省してる。明日には忘れちゃうと思うけど、へへへ……コホンっ、先輩は優しいから私が追いかけてもいつも怒らないで自分から去っていくの。今日家に上げてくれたのも私が猫を見たいってゴリ押ししたからだし、いきなりワガママ言われて迷惑に思ってるだろうなぁ……」

「にゃあ……」

「ますます嫌われちゃう。……好きなのに」

「に?」

「好きなの」

「にょ??」

「私、先輩が好きなの」

「????」

「ごめんね。猫が見たいっていうのは半分ホントで半分口実なの。先輩の他にも猫飼ってる人がたくさんいるのは匂いでわかってた。でも先輩の匂いは特別。初めて廊下ですれ違った時からわかった。……先輩は特別」

「にゃんで」

「わからなかった。だから追いかけたりじっと観察してた。先輩は足が速い。だから私も頑張った。頑張ったけど……そのせいで嫌われちゃったみたい。はぁ」

「はぁ」

「……はぁはぁ」

「?」

「ねえ猫、なんだかすごく先輩の匂いがするね……はぁはぁ」

「!?」

「ちょっとだけ、ちょっとだけスンスンモフモフさせて!……うぇへへ、大丈夫大丈夫ちょっとだけだから! うぇへへへへ」

「にゃっ、にゃぁ!」

「優しくするからおとなしくしててねっ!」

「にゃーーーーっ!!」

 ――このあとめちゃくちゃスンスンされた。


 にゃあにゃ、にゃにゃにゃ――っと、猫語のままだった。なんか、すごかった。うん、すごかった。吾輩は後輩の気が済むまでモフられたあと居間から出た。まだちょっと気持ちがふわふわしてるけど冷静にならないといけない。吾輩のことが好きだと言っていた。それは猫が好きとかいう意味での好きではない。人間が、我々猫が、誰かに恋心を抱くときのもの、つまり愛しているという意味の好きだ。猫だって恋をする。人間が知らないだけだ。知っている。胸の中のそれは取扱注意で、だいたい爆発してて、エネルギーになったりもする。そして失くせば穴があく。人も猫も同じだ。それでは吾輩が彼女の胸に穴をあける権利を有しているのか。否である。いくら優れた化け猫といえど他人の胸を穿つ権利は持たない。その権利は彼女自身にある。吾輩がどうするかではない。彼女自身が抱いたものを不要であるか判断し、穴から出すかを決断するのである。

「にゃそ――遅くなったな」

「あ、先輩。猫、いっちゃいましたよ」

「さっき会ったよ。まだそこら辺にいるだろう」

「…………」

「フルーツ缶、食べるか」

「あっ、はい!」

「吾輩あんまり好きじゃないから全部食べてもらえると助かる」

「先輩のお役に立てるなんて二重の意味でおいしいです!」

「……なるほどな」

「ちょっと笑いました?」

「いや。それを食べたら帰るんだぞ」

「はーい! いっただきまーす!」

 人間はだいたい同じに見える。吾輩が猫であるせいかもしれない。例えば人間は喜んで怒って哀しんで楽しむ。例えば人間は起きて食って寝て起きる。例えば人間は好きか嫌いかに分かれる。例えば人間は百点満点中で同じ点数の者がいくらでもいる。それが猫の場合は違う。猫は仁義の次に自己の尊重をなによりも重んじる優れた種族であるからして、そもそも他猫をあまり気にしない。ゆえに同じに見えるかどうかの以前に、自己と比較した他猫は曖昧模糊の不定形で、判然としない流動体のごとく不可思議で、つまりはわからないのである。猫はわからないものを気にして生きるほど暇ではないのだ。ただ侮ってもらっては困る。猫ほど優れた知性を持つ生き物であればわかろうとすることはできる。わかろうとすることには知性が必要なのだ。我々猫はこれを持っている。ただ猫はそれをひけらかしたりしないので、人間はそれに気づかないのである。人間は気づかない。ここで賢い猫の吾輩は自らの過ちを認めなければいけない。さっきまで後輩の恋心に気づかず、吾輩の正体を探っていると勘違いしていたからだ。

「…………」

「どうしたんですか私のことじっと見て」

「うまいか」

「スペシャルデリシャスです!」

 聞いてみたら答えた。それが今日こうなった始まりでもある。思えば今までずっと逃げてきたものだからちゃんと話したことはない。好きか嫌いかで言えば嫌いで、百点満点中では一桁台のどこにでもいて同じように見える人間だったからだ。しかし気にしてみればよくわからないところは多い。鼻がいいし足が速いし、追いかけてくるしじっと見てくるし、チュルチュルくれるし撫でるのがうまい。それから人間姿の吾輩ではなく猫姿の吾輩に意中の存在だったことを伝える。

「わからない」

「……? おいひぃれふよ?」

「いや味じゃなくて。今更ながらどうしてこうなったんだろうと思ってな」

「この世に生まれてきたからです!」

「急にすごく壮大だな」

「どうしてって、そんなに大事なことですか?」

「なんにもなくていきなりこうはならないからな。それが気になった」

「……それは、どうしてって、ここに来たのは私が追いかけたからですよね。先輩知ってて聞いてません?」

「まあ、そうだな。猫が見たくて、だったな」

「えへへ、そうです」

「そうだ、ついでに聞いていいか。猫が見たくなった理由」

「理由の理由ですか……難しいですね。むむむむむ」

「そうだな。遡るといつか答えられなくなる。まあ無理には聞かないが」

「猫が好きになったから、……でしょうか」

「どうして?」

「それ聞いちゃいます?」

「いや、やめておく」

「実は私もよくわからないんです。ただなんかいいなって思ったんです」

 よくわからない。後輩も同じか。わからないものはこの世に五万とある。いや五万どころではない。吾輩はわからないものを気にしているほど暇ではない。しかし後輩はそれを選んでここにいる。それが無意識かどうかはわからないが、わかろうとしている。わかろうとするには知性が必要だ。そして知性は猫にもある。

「もう追いかけるのはやめてもらっていいか」

「え……?」

「猫を見るという目的は果たしただろう」

「えっと、あの……はい。でも――」

「吾輩は逃げないことにした。だからもう追う必要はない」

「……!!」

「猫に会いたい時は、押しかけないでちゃんと約束すること」

「はい! もちろんです! でも突然どうしたんですか?」

「どうして好きになったんだろうなと思って」

「それそんなに大事なことですか?」

「知りたくなったんだ」

「先輩も鈍いですにゃー」

「猫だ。猫の話だ」

「……? そういえば先輩からチュルチュルの匂いがします」

「気のせいだ」

「あと先輩のお母サンさんがこちらを見ています」

「気のせい――えっ」

 母上が吾輩たちを見ていた。

 いつの間に!?

 しかし、いつからかどうかはそんなに大事じゃないのかもしれない。

 大事なのは、ちゃん声をかけてから戸を開けることだ。

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せんぱぁぁぁあああい!! 向日葵椎 @hima_see

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