第40話 森に眠るもの
-◎-
「ふぅん。確かに、あたしの脇腹を削ぐほどの実力だものね。あんたが群れのボスなのは納得できるわ」
「へへ、その節はどうも......」
「どうも、なに?」
「すみませんでしたぁぁぁぁ!」
角を地面にめり込ませながら謝罪するブート。
しかめっ面で鼻を鳴らすクシスと裏腹に、バンディーダは素知らぬ顔で新たな果物へ手を伸ばしていた。
「こら!もう食べない!」
「ぶひぃ!」
クシスに果物を叩き落され、悲痛な鳴き声をあげるバンディーダ。
「いい感じに痩せてたのに、なんでまたこんなオークみたいな姿に......」
「でも、こっちの方が馴染み深い姿だと思うぶひがねぇ」
たぷんたぷんと手のひらで転がる腹の肉を見て、少女は溜息を零した。
「これが筋肉なら文句はないのだけれど.......はぁ」
「僕は動ける豚ぶひ!」
「動けないでしょ。初めて会った時だって、真っ先に息切れしてたじゃない」
「うぐっ!でも、それは溶岩が暑くて......」
彼女の鋭い眼差しを見て、言い訳は無駄だとバンディーダは項垂れる。
「とっとと、痩せましょう。ほら、そこの虫たち!そのハサミや針でこの豚を追い回してちょうだい!余分な肉ならちょん切ったり、刺しまくったりしていいわよ!」
「ぶぅぅぅひいいいいいい!」
虫たちは目を輝かせながらバンディーダを追い回す。
「え、えげつねぇ......!」
ブートはクシスの冷徹さに戦慄していた。
「ま、まるであの方みたいっすね......」
「あの方?」
「はいっす、俺がこの場所を治める前にいた王っす」
ブートは触角を上下に大きく揺らす。
「俺は幼虫だったからあまり覚えていないっすけど、豪奇の奴からよくその話を聞かされるっす。二度と同じ失敗を繰り返さないようにって」
「へぇ、少し気になる話ね」
「ぜぇぜぇ、何の話ぶひか?」
汗まみれのバンディーダがその間に倒れるように滑り込む。
「うっ、汗まで甘ったるくなるのね.......」
クシスは顔を歪めながら手で口を覆う。
それが反射的な行動であり、仕方のないことだとしても、バンディーダはほんの少しだけ傷ついた。
「クワロ、ビッケ、見張りについてくれ。俺はお二方と話がある」
バンディーダのダイエットに付き合っていた虫たちはブートの指示に従い、それぞれの配置へ飛んで行った。
「あいつら、俺よりもずっと長く生きてるのに何の文句も言わずに着いてきてくれて本当に良い奴らなんです」
ブートはしみじみと語る。
「長生き、ねぇ」
確かに他の虫たちと比べ、ブートは一回り小さい。クシスやバンディーダと同じくらいの体格である。
「もしかして、何年も生きてるの?あの虫たち」
虫、特に昆虫に部類されるものは成虫となってから大体数ヶ月ほどで寿命を終えるとされている。
だが、それはあくまで地上での話。
「年ってのが何なのかよくわからないですけど、前王の頃から現役なのでかなり生きてるっす」
「
「そもそも、こうして言葉が通じるだけでもほぼ奇跡に近いと思うわよ。だって、見た目は本当に一本角の昆虫だもの」
「へへっ、それほどでも」
ブートは照れくさそうに口元をモゴモゴさせた。
「おそらく、日という概念もないわ。私たちは今この時間帯を夜だと認識しているけれど、彼らにとってこれは変わることのない常態。だって、ここは地下牢獄。太陽も無ければ月も無いのだから」
「なら、空に浮かぶアレは一体何なんだぶひ?」
バンディーダは天を見上げ、上空に浮かぶ球体を指差す。
「さすが兄貴。あの光る球は、これから俺がお二方に話そうとしていた事と関係があるのです」
ブートの言葉に、クシスもバンディーダも彼に視線を集める。
「あれは、前の王が遺した卵だと言われてるっす!」
「卵? ということは、前の王は雌だったの?」
クシスの問いに、ブートは触角を左右に揺らして否定する。
「豪奇が言うには、雌であり雄でもあるらしいっす」
「雌雄同体ぶひか。その種族特性だとしても、突然変異だとしても相当異質な存在だったに違いないぶふね」
「はいっす。彼は自身のことを唯一無二を唱えていたらしいっすから」
「そいつが遺した卵、ね......」
数秒の静寂。
最初に口を開いたのはクシスであった。
「どちらにせよ、此処に長居はしない。私たちの目的はとにかく昇ること、この地下牢獄から抜け出す手掛かりを探すことよ」
「そうだったのぶひか!?」
「あれ?言ってなかったかしら? ......まあ、それでいいでしょう?何にせよアイツらの箱庭から逃れないと、どうしようもないし」
「そうぶひね。異論ないぶひ」
議論は終わったと言わんばかりに移動の用意をし始める二人。
話を呑み込めないブートは、慌てて話を続けようとする。
「待ってくだせぇ! もう行かれるんですか!?前の王の話はまだこれからっすよ!」
「ええ、これ以上此処に留まる理由もないしね。卵の話だけで十分だわ」
クシスは大きく背中を伸ばし、『探知』の魔法を唱える。
「果物、ご馳走様ぶひ。達者っでやるぶひ」
「それが、お二方の決断なら俺はもう何も言いません!どうか、その目的を成し遂げてくださせぇ!」
二人は虫たちに別れを告げて、『探知』を頼りに森の中を進んでいった。
「ねぇ」
クシスが口を開く。
「私たち、進んでいると思う?」
見渡す限り、木々の群れ。
『探知』はずっと前方を指し続けるが、一向に出口が見える気配がない。
「これは、一度戻って話を聞くべきぶひね......」
延々と続く闇の森で、天に浮かぶ球体は妖しげに煌めいていた。
豚伯爵は現世の地獄で独り啼く 肉巻きありそーす @jtnetrpvmxj
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