gift
宮原 桃那
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扉。
取っ手もない、シンプルな凹凸しかない、私の背丈の二倍はありそうな、大きな白い扉。
後ろを振り返っても、何も無い。ただ、白い無。
そこを引き返そうとは思わなかった。素足が、そちらへ向く事を拒否していた。
ぼんやりした感覚の中、扉を両手で押す。
音もなく開いたその向こうは光に溢れかえっていて、思わず目を腕で覆った。
そのまま、足がふわりと浮き上がる。光の中へと、吸い込まれて行く。
目を閉じていれば大丈夫だと感じた体は、力を抜いてそのまま扉の向こう側に入った。
※ ※ ※
春の陽気は、眠気を誘う。くああ、とあくびをした私を、隣に居る友人がおかしげに笑いながらつついた。
「すっごいおおきな口」
「春は眠い。これはもう、仕方のない事」
「とか言って。年中眠そうにしているくせに」
くあ、と控えめにつられあくびをした友人は、腕に顎を乗せて、春の陽気に、鼻をひくつかせた。
「んー、お花のいいにおい」
「たまには、花畑で昼寝もいいね」
「そうだねー」
春だけの特別な場所。他の誰にも秘密の場所。
夏になったら、別の場所がある。秋も、そして冬も。
――彼女だけが、唯一、私の隣に居てくれる存在だ。
初めてこの街に来た時、右も左も分からなかった私は、とにかくあちこちで邪険に扱われた。たまに話を聞いてくれたかと思えば、最後には胡乱な目でこちらを見て黙って去って行った。
途方に暮れた私を、夕暮れが惨めに照らす。
仕方なく路地裏に入って、一晩を過ごそうとしたその時だった。
『ねえあなた、噂の新参者?』
可愛い、とてもかわいい女の子が、声をかけて来た。
心身共に疲れ切った体は、空腹と休息を求めていたけれど、どちらを優先すればいいのかさえ分からず。
地面に力なく座り込んだ私にゆっくり歩み寄りながら、彼女は小さな手で、私の頭をぽむ、と撫でた。叩いたのではない。
『かわいそうに。この街は冷たいから』
そしてそのまま、おいで、と私に告げて歩き出した。
『秘密の場所を、教えてあげる。ご飯でも食べながら、お話ししない?』
信じていいのか分からない。だけど、信じるしかない。
もう少しの我慢だから、と自分に言い聞かせるようにふらふらと私は立ち上がって、彼女について行く。
やがて辿り着いたのは、彼女だけの秘密の場所だった。
――数年前の夏。これが、彼女と私の出会い。
※ ※ ※
「生まれ変わったら、何になりたい?」
「んー…………なんでもいいよ。一緒なら」
「そう? あたしは、人間がいいなあ」
「人間かあ。だったら、同じ所に生まれたい」
他愛のない会話。今は冬。とても寒くて、秘密の場所も雪まみれ。
それでも私達は、一緒に居てお互いに触れ合いながら、暖を取る。
もっとあったかい場所はあるけれど、危険と隣り合わせだから、ここでいい。
最近は食欲も落ちて、体がずっと怠い。彼女も同じで、だから私達はずっとここに居る。動かず、食べず、一緒に。
「そうだね。次は、一緒に行こう、あの場所に」
「うん。今度は、最初から一緒に居よう」
互いに頬ずりをしあって、眠りにつく。
――この会話を最後に、私達は最後の眠りについた。
※ ※ ※
扉。
取っ手がなくて、白くて、見上げるくらいの大きな扉。
ためらわず開ける。どんなに小さい手でも、簡単に開いた。
溢れる光を受け入れて、ふんわり浮く体が扉の向こう側へと運ばれていく。
ねえ、神様。
奇跡なんて望める生き方はしてないけれど。
私とあの子のささやかなお願いだけはどうか、叶えて下さい。
※ ※ ※
「ねえ、知ってる? 交通事故の女の子の幽霊の噂! 未だに出るって言われてるそうよ」
「あの交差点でしょ? もう十年以上経つのにね」
「確かあの事故は、他の子も巻き込んだのよねえ。その子も亡くなったって……まだ若かったのに」
「そういえば数年前だったかしら? 隣町の空き地で、二匹の猫が寄り添って死んでいたそうよ」
「まあ。確か数年前と言ったら、それはすごい寒波だった年だったかしら? 野良猫とはいえ、可哀想にねえ」
――日曜の昼間から立ち話に花を咲かせる近所のおばさん達の傍を、私達は手を繋いで通り過ぎていく。
「こんにちはー!」
「こんにちはー!」
「あら、双子ちゃんじゃない。こんにちは。今日はどこかへ出かけるの?」
「いい天気だものねえ。気を付けて行ってらっしゃい」
ニコニコして頷きながら、私達は公園へと向かう。
くすくす、くすくすと笑い合って。
「良かった、一緒になれて」
「ほんとう。神様にお礼を言わなきゃ」
私達以外は知らない、沢山の秘密を私達は持っている。
だから、死ぬ時も一緒だよ。そして、次に生まれ変わる時も。
――それこそが本当の、神様からの贈り物なんだって、私達は知っているから。
-fin-
gift 宮原 桃那 @touna-miyahara
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