第2話 「可愛くなった」 

 それから、私の女磨きが始まった。私は毎日食べていたお菓子をやめ、お母さんの作ってくれる夕飯も少ししか食べなかった。お母さんはそんな私を心配したけど、「ダイエットだから」と言ったら、バランスを考えた食事を少し少なめに作ってくれた。学校から帰ったら筋トレとランニングも欠かさず行った。メガネもちゃんとコンタクトにして、お化粧の練習もするようになった。


 「咲子、最近可愛くなったんじゃなーい?」

真由美がニヤニヤしながら言ってきた。

「そう?ありがと」

正直なところ、自分でも最近の自分結構可愛いんじゃない?なんて思っていた。


「岡田さん!」


…え。この声は…。


山本君だ…。


「これ、岡田さんのと違う?」

山本君の手を見ると、私の消しゴムが…。

…ああ…消しゴムになりたい…。消しゴムが羨ましい…。…ていうかなんで私の消しゴムってわかったの?


「あっ…ありがと…」

私は震える声でお礼をいい、山本君の手の中の消しゴムを手に取った。そのとき少し、ほんのすこーし山本君の手に触れて、全身に電気が走ったような感覚に陥った。


 山本君は「どういたしまして」と少しだけ微笑んだ。八重歯がチラッと見える。大人びた顔の山本君が、笑うと幼く見えるのはきっとこの八重歯のせいだ。


…もう死んでもいいくらいだ。こんな間近で山本君のこの笑顔を見れるなんて。

実は私、山本君と話したことがない。近寄るのすら恥ずかしくて堪らなくていつも避けてしまっていた。こんなに近くで顔を見たのは初めてかもしれない。



「なんか、岡田さん最近変わったね、可愛くなった。いいよ、その感じ」



 一瞬何が起こったのかわからなかった。

さっきの声は山本君…?え…なんて?『可愛くなった』?『いいよ、その感じ』…?

私に言ったの?『岡田さん』ってたしかに言ったよね…?え?嘘でしょ…?

頭の中は大パニックだった。まさか、あの山本君が私に『可愛くなった』なんて言ってくれるなんて、信じられる…?


 山本君が去った後も、私はその場で呆然と立ち尽くしていた。山本君の柔軟剤のような匂いが、山本君がいなくなったあともほんのりと残っている。


 「…咲子!」

真由美が私を呼んでいた。私はハッと我に返る。

「ちょっと〜!やったじゃん!山本君に可愛くなったって言われたね!」

「…夢じゃないんだよね…?」

「夢じゃない夢じゃない!よかったね!」

「…う、うん!嬉しい!!」


 本当に本当に嬉しい!! 

たったあれだけのことだけど、少しだけ山本君に近づけた気がした。


 ん…?

何か視線を感じた。

視線の感じる方を向くと、吉川美緒がこちらをじっと睨んでいた。


 さっきの気持ちとは裏腹に、何か嫌な予感がした。







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あの娘になりたい 赤井林檎 @kamo0529

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