恐るべき数字

神聖暦しんせいれき7年、3の月、31日目。深夜‐

 そろそろ日付が変わろうとしているこの時に、カルデラは息を切らしながらアンティーヌ城の廊下ろうかを走っていた。

そして目的の場所に到着するとカルデラは深呼吸しんこきゅうをして乱れた呼吸を整える。

そして「カルデラです。入室してもよろしいでしょうか?」と、アマンの部屋の前でノックをしてたずねるカルデラ。

「どうぞ。お入りなさい。」と程なくして返答が返ってくる。

「失礼いたします。」

そう言ってカルデラはゆっくりと扉を開け、入室する。

カルデラはアマンの部屋に入ると、まず深々と頭を下げる。

「本日、ケージ送りになった平民の総数そうすうが出ましたのでご報告にまいりました。」

カルデラは任されていた仕事の報告を行う。

「そうですか。では報告をお願いします。」

アマンは髪の手入れでもしているのだろうか?カルデラには一切目いっさいめもくれずに先程からくしを片手にかがみとにらめっこしている。

「はい。本日ケージ送りになった平民の数は282万2116人です。」

本来であれば驚くほど多い数字ととらえるものだろう。

300万人にせまるほどの人間が生活を奪われケージに送られたのだから。

しかしアマンは驚くどころか、顔をにやけさせる。

「そうですか。残りの平民はあとどれくらいですか?」

「現在こちらが把握はあくしている限り、残り約400万人程です。」

「ふふふ。これならばあと2年もあれば平民は一掃いっそうできそうですね。これは陛下に良いご報告が出来そうです。」

悪人と呼ぶにふさわしい笑みを浮かべるアマンはやはり平民を1人残らずケージ内に送ろうとしているのだろう。

「カルデラ。昼間話した予定通り明日から平民街へいみんがい区画整理くかくせいりに入りなさい。平民街へいみんがい規模きぼ縮小しゅくしょうし、余った土地の場所と面積を正確に私に報告しなさい。いいですね?」

承知しょうちいたしました。」

カルデラはアマンの命令に対し一切の疑問を持たず、忠実に実行する。

カルデラの心の中では疑問だらけなのかもしれない。しかしそんな事を口にすれば自分の立場があやうくなる。

現在この帝国で皇帝にぐ権力を持つアマンに歯向かえば自分など簡単につぶされてしまう。

それを充分に分かっているからこそ、カルデラは何も言わず、機械の様にあたえられた仕事を粛々しゅくしゅくとこなす。

「報告ご苦労様です。あなたも今日はお疲れでしょう。ゆっくり休んで明日にそなえなさい。」

アマンからのねぎらいの言葉を受けると、カルデラは腹部ふくぶに右手を当て、頭を下げる。

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。何かご用命ようめいがあればお呼びください。すぐに参上さんじょういたします。」

「えぇ、分かりました。早くお休みなさい。」

アマンはがらにもなくカルデラに優しい言葉を掛ける。その言葉を聞くとカルデラは「失礼します。」と言ってアマンの部屋から出て行った。

「軍神ファービスの部下も今では忠実な私の僕。ふふふ。人と言うものは実に面白い。」

アマンは1人自室であくどい笑みを浮かべながら髪の毛の手入れを行っていた。



 「今日だけで約282万人がケージ送りになったそうですよ?」

ザヒールは皇帝の自室の椅子いす太々ふてぶてしく座り込み、言葉を発した。

もちろん皇帝に対してだ。

「分かっている。」

皇帝は少し不愉快ふゆかいな顔をしながらザヒールの問いかけに答える。

「どうやら今年も妹君いもうとぎみは見つからなかったご様子ですね?」

皇帝に対し意地いじの悪い質問をぶつけるザヒール。

この言葉に皇帝はひたい青筋あおすじを浮かべるが、以前の事があるので、深呼吸をして何とか怒りをしずめる。

「それはそうと…陛下?下民を追いやるのはいいとしてもなぜ生かしておく必要があるのです?」

「いずれ時期が来たらケージにいる人間は皆殺しにするつもりだ。ケージとて大切な我が国の領土からな。」

恐ろしい会話が繰り広げられているが、アマンでさえ疑問に思っていたケージ内の人間を生かしておくと言う発想はどうやら皇帝の発案はつあんらしい。

「私としてはいささか理解に苦しむところではありますが、この国の君主はあなたです。私が口をはさむような事ではありませんでしたね。」

そう言いながらザヒールは持っていたティーカップを口元まで運び、ゆっくりと紅茶をすする。

「どの口が言っているんだ?貴様は今まで何度も口をはさんできたではないか?」

ザヒールの言葉にさすがに黙っていることが出来なかったのだろうか、皇帝は少しあきれたようにザヒールに向かって言った。

「口ははさんでいませんよ?私はあくまで主の言葉をあなたに伝えているだけなので。」

ザヒールの言う主と言うのはアヴァンワールの権力者けんりょくしゃと言うのは間違いない。

そのことに関しては皇帝も分かってはいるが、それ以上の詳しい事は皇帝本人もよく分からないでいると言うのが正しいだろう。

ザヒールは単なる伝達者でんたつしゃでしかない。しかしその裏には強大な力を持つ者がいるのは明白。

これに逆らえば、いくら一国の王だとしてもただでは済まないだろう。

元より皇帝としては7年前のクーデターの際に力を借りたおんがある。それを無下むげにして逆らうことなどできるはずもなかった。

「そうであったな。いつの日かそなたの主に会えるのを楽しみにしているぞ。」

皇帝はつくろうように言葉を並べる事しかできない。

皇帝の言葉を聞いたザヒールはにっこりと笑い、「その言葉を聞けば我が主も大層たいそうお喜びになるでしょう。」とご機嫌きげんだ。

皇帝であっても決して逆らう事が許されない存在。それこそがザヒールなのである。

ザヒールがご機嫌きげんで笑みを浮かべている中、皇帝はザヒールに見えないように静かにきちびるむことしかできなかった。

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没落貴族の下剋上 新哺乳類 @shin-honyu-rui

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