星爆発して山河もなし 三十と一夜の短篇第59回

白川津 中々

 故郷から離れるのは大変辛いものがあった。

 窓から見える星の爆発。衝撃波に揺れる船がギシと軋むように感じた。もう二度と帰る事のできなくなった我が母星へ想いを馳せるとホロリ涙が溢れる。飼っていたウーホやワオスは死んでしまった。自分達だけ生き残る選択をしたのは果たして正しかったのか。考えても、答えは出ない。



 漂流中の生活は貧しく辛いものだったが、船にいるノマルフは皆同じ気持ちである。一人嘆くわけにはいかない。苦しみと喜びは分かち合うもの。故郷の言葉が私を救ってくれる。助け合い、手を取り合い生きていけば、如何なる困難の中においても活を見出せるのだ。マルハムと子供達と抱擁を交わす。共に生きよう。



 星が見つかった。奇跡だと思った。

 観測すると空気も水もある。森も川もある。それにルマニア。ドルバやエスムのようなルマニアがいるのだ。これはドゴの導きだとノマルフ達は口々に讃えた。私もそう考えた。しかし、観測員の言葉に皆が押し黙った。


「ノマルフ型のルマニアがいる……ナリイアだ……」


 騒めきが広がり、すぐに審議が始まった。着陸すべきかどうか。残された物資は少なく、この選択は生きるか死ぬかを問うのと同意であった。降った決断は、生き残る方であった。



 大気圏を抜けて星に降り立つ。重力は故郷よりも軽く少しばかり酔うが、これも慣れであろう。環境はなんとかなりそうだ。しかし問題はナリイアである。彼ら先住民の文化水準や性格如何では先の決断が単なる死の先延ばしとなりかねない。願わくば、高い知性と技術を有している事を期待する。


 

 調査の結果、ナリイアは自分達を人間と呼称している事が分かった。彼らは多数の部族に分かれ、それぞれ閉鎖的に暮しているようだ。まるでジンティフのフドゥワのようだと少し微笑ましくなる。



 人間達は未熟ながらもそれなりの技術を要し高い水準の生活をしている事が分かった。エネルギー分野や工学に関しては故郷と比べ数世紀程劣っているようだがそれ以外においては遜色なく、むしろ先鋭化され凌駕している点も多々あった。環境による進化、発展とは面白いものだ。以降、私は彼らに敬意を評し、この星の流儀に従う事にする。既に言語は習得したのだから、上手くいくだろう。



 この星では労働に対価が付与され、その対価により様々な物を得られるようだ。対価は金というらしい。食料を買うのも家を建てるのも金が必要だそうだ。随分不健全というか、非合理的なシステムである。互いに分担して成果物を分かち合えば早いと思うのだが、しかし、流儀に従うと決めたのだから、そうしよう。



 困った。仕事が見つからない。

 店に入って頼んでも履歴書だの住民票だのを用意しろと言われる。それはなんだと聞くと「帰れ」と追い払われる始末。挙句、塩まで投げつけられた。人間は思いの外交戦的なようだ。しかしどうしたものか。食料はもう僅かだ。



 不思議な事にマルハムが金を手にして帰ってきた。それをどうしたのかと聞いても俯くばかりで応えてくれず、終いには泣き出してしまった。生理だろうか。そっとしておこう。



 子供達が空腹だとうるさい。仕方がないのでルマニア……この星では動物というのだった。そう、ルマニアを狩って食べた。顔の赤い不気味なドルバ……鳥だったが、味は悪くなかった。



 自生している野菜から種を取り育てる事にした。自給自足すれば金はかからない。もっと早く気がつくべきだった。今日また顔の赤い鳥を食べた。マルハムがまた泣いていた。




 なんという事だろうか。マルハムが身体を売っていた事が発覚した。あの売女め。なんて汚らわしい。一発ぶん殴ってやったが気が治らない。



 マルハムが消えた。あの女逃げやがった。



 子供達がうるさい。どうやらマルハムが居なくなった事が気に入らないようだ。いったい何を考えているのか。あんな女いない方がいい。ひとまず殴って黙らせた。どうも、人間の暴力性が伝染したらしい。



 子供達までいなくなった。まぁいい。これで食料の節約になる。願ったり叶ったりだ。



 カリヘンが妙な液体を持ってきた。酒というらしい。一口飲む。これはいい。私も探そう。



 酒をくすねてきた。コンビニとやらに並んでいるものを根こそぎ掻っ払ってやった。店員は馬鹿だから気づかなかった。これでしばらくは楽しく生きていられる。




 頭が痛い。吐き気がする。死ぬのか私は。あぁ……ドゴよ……



 体調は戻った。しかし何もする気になれない。気分転換に街をぶらつくと、マルハムがいやがった。あの女何をほっつき歩いてるんだ。許さねぇ。



 身体が痛い。マルハムの旦那とやらにこっ酷くやられた。クソ。タダじゃおかない。



 マルハムの住処に火をつけてやった。ざまぁない。いい気味だ。



 酒。酒。酒。




 ノマルフ達が私を避けている。気に食わない。上等だ。出て行ってやるよ。



 コンビニに店員が一人しかいない。馬鹿な奴だ。ぶん殴って酒をいただいた。




 何やら小さな家が公園とやらに建っていたので私も真似してみた。翌日、小便に出た隙に壊されていた。犯人は必ず殺す。



 酒が切れたのでまたコンビニを襲った。酒さえあればいい。



 酒酒酒。




 やる事がない。酒を飲む。妙にイライラする。気に入らない。



 手が震える。やる気が起きない。




 頭がぼうっとする。酒だ。酒を飲もう。




 何者かの襲撃を受ける。奥歯が折れた。血が止まらない。痛い。酒だ。




 身体中が痛い。傷から膿が出ている。化膿したようだ。くそったれ。酒だ酒だ。




 寒い。想像を絶する寒さだが、酒を飲めば温まる。なんだ。白いものが降ってきたが、冷たい。




 身体が動かない。寒い。酒酒酒酒。




 ……




 起きると血塗れになっていた。寝ている間に吐血したらしい。身体中が痛い。動かない。内臓が溶けるような感覚がある。酷くうるさい。まるで火薬が爆ぜているような音が耳の中から聞こえる。苦しい。苦しい。なんとかして酒を飲むも、瞬間に吐き戻す。酔う事もできず、気を失う事もできず、ただただ辛い。目を閉じると。宇宙空間で爆発する故郷が浮かび、叫ぶ。叫んだつもりが、声が出ない。灼熱感と渇きに気がつくと、途端に胸が締まり、呼吸が整わない。これはなんの罰だろうか。私がいったい何をしたというのか。故郷が滅び、あえなく宇宙を漂流し、やっと辿り着いた地で生きていこうとしただけなのに、どうしてこんな仕打ちに遭わねばならぬのか。ドゴよ教えてくれ。私が何かしただろうか。ただ生きようとしただけで、こんなにも苦しまなくてはならないのは何故なのか。あぁ痛い。頭が割れる。骨が軋む。神経が裂ける。肉が離れていく。私はこれからどうなる。死ぬのか。こんなところで、こんな風に。嫌だ。死にたくない。死にたくない。こんな事なら、故郷で死ねばよかった。残してきたウーホやワオスと共に、爆発の中で死ねばよかった。どうして生きる道を選んだのだ。どうして助かろうとしたのだ。私が生きていける場所は、故郷以外になかったというのに。あぁ、故郷に帰りたい……

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