Episode3-18 母は強し 

 俺を意識の底から引き上げたのは太陽の眩い光ではない。


 言葉で言い表せない息苦しさだ。


「…………んん」


 それも二つの相反する感触が俺に気持ち悪さを覚えさせている。


 息苦しさともう一つは包み込まれるような優しい温かさ。


 顔を動かそうにも金縛りにあったように微動だにしない。


 頭だけじゃない。体全体をガッチリとホールドしていた。


 しかし拘束具はフニフニと柔らかく、とても俺を縛るにふさわしいとは言えないだろう。


 ここまで冷静に分析して、俺が危機感を抱いていないのは決して敵襲ではないからだ。


 ……さて、現実逃避はそろそろやめよう。


 目の前に広がる肌色。幾度となく経験してきた柔らかさ。


 昨晩就寝した時の態勢。……間違いない。


「ふふっ……んふ……」


 シスターに抱き枕にされている……!


 いったいどんな寝相をしているのか。


 まさか指をつないだところから、抱きしめに繋がるとは誰が予測できそうか。


 不幸中の幸いなのは誰も起きていないことか。


「えへへ……【お金玉公】……」


 俺は夢の中でも【お金玉公】呼びなのか……個人の自由なので構わないけど。


 とっととここから抜け出して……うん? あれ……? なんだかシスターの力が強く……!?


「ふぐぅ……!?」


 頭を特級巨乳へと押し付けられる。


 これは不味い展開になった。


 特級巨乳は条件を無視して即座に理性を奪うレベルの危険物(ルーガ調べ)。


 口に触れる谷間の蒸れた汗。乙女の甘い香りと石鹸の優しい匂いが混ざり合って、鼻から体内に侵入する。


 それらは男の細胞を活性化させて、強制的に理性を剥がして本能へと殴りかかってきた。


 感じるぞ。血流が加速し、ドンドンと股間へと栄養が送られていくのが。


「んー!! んんっ……!!」


 最悪の事態を免れようとシスターの腰を叩くが、彼女は一向に起きる気配がない。




「【お金玉公】は……誰も欲情しない私の体で……上司様からお守りします……」




 余裕で欲情するが!?




 はっ!? 逆ギレしている場合じゃない。


 このままでは俺は理性を失い、情けなく剣ではなく腰を振る猿にまで落ちぶれてしまう。


 思い出せ、ルーガ・アルディカ。


 俺を送り出してくれた故郷のみんなを。【剣聖】になる俺の夢を叶えるため、少なくないお金を払ってくれた最高の両親を。


 父さん……母さん……あっ、母さんの顔を思い浮かべたら一気に理性が回復した。


「シスター、少しだけ失礼しますよ……っと」


 腕を掴んでゆっくり外して、シスター山脈包囲網から抜け出す。


 俺の代わりに枕を抱きしめさせると、彼女は満足したようで寝返りを打った。


 もう俺の視界にあの凶悪なおっぱいは映っていない。


 ありがとう、母さん。


 おかげで今日も俺は無事に生き残れそうです。


 故郷のある方角へ手を合わせて感謝すると、俺はいそいそと端っこへと移動して隊服へと着替える。


 隊服が戦闘に適しているからだ。決してこっちの方が勃起がバレにくいとか、そんな邪な理由ではない。


 もはや誰にしているのかわからない言い訳を頭に並べながら、俺は聖女様たちが起きる時間まで日記をつけて時間を潰すのであった。

 



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「んっ……ふわぁ……」


 ずっと同じ生活リズムを整えている私はいつもと変わらぬ時間に目を覚ます。


 緊張した昨晩は少しだけ寝つきが悪かったから、まだちょっとだけ眠いけど……。


 隣に私が愛を捧げる人が寝ている。普段は【聖女】としての振る舞いを心がけているけれど、こればかりは許して欲しい。


 ようやく見つけた欲しい人なのだ。胸の高鳴りはどうあっても抑えられない。


 だから、少しばかり強引な手段を使ってしまっても、乙女の特権で許されると思う。


 貴重な【命令】の【加護】を一回分消費してしまったけど、十分な対価は得られたので後悔はなかった。


 それにまた祈りを捧げれば女神様が新たに回数を与えてくれる。


 さて、私の騎士はどこに……?


「おはようございます、聖女様」


 キョロキョロと姿を探していた私の上から耳が幸せになる声が聞こえる。


 見上げれば、すでに服装を整えた彼がいた。


 彼は羽織っていた上着を脱ぐと、私の体を隠すように被せてくれる。


「この時期といえど朝は体が冷えますから。これで素肌をお隠しください」


「……ありがとう、私の騎士」


「いえ、自分のためでもありますので」


「……?」


 最後の言葉がどういう意味なのかはわからないが、まぁいい。


 上着からは彼の匂いがして、包まれているみたいで安心する。


 確かに少しでも涼を得ようと首回りが緩く、肌面積も広い寝間着を選んだけれど起きた直後は寒い。


 彼は女性ばかりの第六番団にいるので、そういう気遣いもできるのだろう。


 ますます気に入ってしまう。私の騎士はどれほどまで私の理想を叶えてくれるのか。


「私の騎士。今日一日、上着を借りていても構いませんか?」


「もちろん構いませんが……重たくありませんか?」


「気になりません。これがあるだけで私も安心できるのです」


「…………」


「私の騎士?」


「……いえ、なんでもありません。すでにシスターとマドカが朝食を準備しています。それまでにお着替えをよろしくお願いします」


「そうですね。なら、ルーガ副団長にお手伝いをしてもらって」


「すぐにマドカと交代して参ります」


「あっ……行ってしまいましたか」


 将来の旦那様あなたにならばいくらでも素肌は見られても気にしませんのに。

 とはいえ、私たちにはまだまだ時間はあります。


 ゆっくりと距離を縮めていけば問題ありません。


「そのためにも何としても【剣舞祭】を乗り越えなければいけませんね」


 頼りにしていますよ、私の騎士。











◇感想欄で教えていただいたのですが、未読話数が本来より多くなっている人はおそらくこちらの特別短編(Episode-Service おっぱいの日)を読めていないと思うので、解消のためにリンク張っておきます。


https://kakuyomu.jp/works/16816452218933293838/episodes/16816700426342695582

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