Episode3-17 だが、翌朝にどうなっているのか彼は知らない
拝啓 お父様、お母さま
木々が緑の衣装を羽織り、太陽が空に昇っている時間が長くなってきたこの頃、いかがお過ごしでしょうか。
私はおっぱいに挟まれる夜を送っております。
それも片や手に収まりきらない巨乳のシスター。片や聖騎士隊の最高権力者であります聖女様の形美しい胸です。
私はベッドに横たわった時からわずかな身動きも取れておりません。
それもなぜかお二人とも私の方を向いて、寝ていらっしゃっているからです。
目線をちょっとでもずらせば、おっぱいが視界に飛び込んできます。
切実な願いです。
助けてください。
「……ふぅ……」
……さて、現実逃避もここまでにしよう。
聖女様の【加護】の影響を受けた結果、俺は全員と同じベッドで眠ることが決定した。
弁明しようにも、まさか聖女様に操られましたなんて言えるはずがない。
俺も以前ミュザークと大聖堂で一戦交えようとした際に聖女様に止められた感覚があったから、思い至れただけ。
救いだったのは俺を挟み込む人物が聖女様とマドカだったことなのだが……自慢の後輩はシスターと位置を変更されている。
理由は簡単だ。聖女様の鶴の一声である。
マドカがここ最近の癖で俺に抱き着いて寝ようとした瞬間、聖女様によって寝る位置を変更されていた。
はっきり言ってアホだ。
俺たちは聖女様の護衛なのに、身動きを封じるような真似をしてどうする。
移動させられるのも当然の結末と言えよう。
おかげで俺は特級巨乳と聖女様の美乳に挟まれるはめになったわけだが……。
「これは想像以上にまずいな……」
愛棒が勃つのは生理現象。抑える方法がいくつしかない。
心を清らかにしようと深呼吸をしても部屋に満たされた甘い香りが肺を満たし、余計に興奮させる悪循環。大浴場で体を清めた後の乙女たちからはいい匂いしかしない。
ここの空気を瓶に密封して売り出せば、即座に完売するだろう。
ならばと、最近習得した
睡眠状態なら人の気配や殺気を感じればすぐに起きれるが、完全に意識を落としてしまえば体のセンサーが働かないからだ。
かといって不眠不休では間違いなくパフォーマンスのレベルが下がってしまう。
つまり、俺は正攻法で安らかなる睡眠を勝ち取らねばならない。
くそ……そんな方法、養成学園でも教えてもらわなかったぞ……!
「すぅ……すぅ……」
「んんっ……んっ……」
気配だけでわかる。
二人が身じろぎしながら、こちらに近づいた。より圧迫感が強くなる。
そんなに俺を追い込んで楽しいか……?
そもそもシスターは俺の味方をしてくれるはずなのに、今のところ一緒に攻めてくるのはなんで?
「……いや、今までだってシスターは奇想天外な方法で助けてくれたじゃないか」
精神的に余裕がないと、どうしても悪い方向へと考えが偏ってしまう。
まだ【剣舞祭】が始まってすらいないのに、こんなところで精神を摩耗しても仕方がない。
……そういえば今日の日記を書いていなかったな。
どうせ寝れないのなら、今にでもつけておこうか。
起こさないようにこっそりとベッドから抜け出そうとしたのだが、隣で寝ていたシスターも寝ぼけ眼をこすりながらムクリと起き上がった。
「……【お金玉公】?」
「すみません。起こしてしまいましたか」
「いいえ。私も少し眠りが浅くて……」
そう言って、シスターは恥ずかしそうに寝間着の裾を握る。
……それもそうか。
命を狙われているのは聖女様だが、彼女もまた一緒に被害を受ける可能性がある。
荒事を経験済みの俺たちや覚悟が完了している聖女様とは違って、つい先日まで彼女はただの一般市民だった。
そう簡単に命を失うプレッシャーがある中で眠れるわけもないか。
普段頼りにしているせいで失念していた。
「シスターは紅茶でいいですか?」
「えっ?」
「自分は眠れないときはよく温かい飲み物を飲むのですが……よかったらシスターもいかがです?」
「あっ……なら、いただいてもいいですか……?」
「ええ、もちろん」
俺は慣れた手つきで紅茶を淹れると、シスターと向かい合うように座る。
彼女はふぅふぅと息を吹きかけると、一口含んで固まっていた頬をほころばせた。
「美味しいです。【お金玉公】はお上手ですね」
「これくらいしかできませんよ。基本は戦闘バカですから。シスターの料理もとても美味しかったです」
「いえ、あれくらいしか私にはできませんから! 本当に……ご迷惑をおかけしないか心配です」
「それなら問題ありません。俺とマドカが必ず二人の命は守ります」
「……ありがとうございます。【お金玉公】ほどの人物にそう言ってもらえて私は幸運ですね」
……多少は緊張がほぐれたようだが、まだ不安を払しょくするほどでもないか。
口約束くらいならだれでもできるしな。
「シスター。遠慮せずに俺たちを頼ってくださいね」
「……その、いいのでしょうか? あまり【お金玉公】に負担をかけるわけには」
「これくらい負担にもなりませんよ。俺にできることならなんでも言ってください」
「じゃ、じゃあ、抱き枕代わりにしてもいいですか……?」
「すみません。それは俺にできないことですね」
おっぱいで死んでしまうから。
「え、えぇっ。や、やっぱり私の身体が下品だからですか?」
「違います。聖女様を守るために自由に動ける状態でいたいので」
「あっ……すみません。マドカさんが注意されていたのを忘れていました」
本当に体のいい断る理由があって助かった。
聖騎士になってから綱渡り的な生活が続いている気がする……。
そんな自分の不幸はさておき、今はシスターの不安を取り除いてあげるのが最優先だ。
「シスター。つけているロザリオを貸してもらっても?」
「もちろん大丈夫です。これが何か?」
「ええ、少しばかり施しを」
黒刀を取り出すと自分の指を少し切って血を吸わせる。
そして、血を吸った状態の黒刀でロザリオに俺の名前を刻み込んだ。
「これでよし。俺の【加護】の力を使って……って、シスター!?」
彼女は切り傷を作った俺の指を手に取ると、そのまま口に咥える。
え? えっ……?
現実に思考が追い付かないまま固まっていると、処置が終わったのか指にはいつの間にか布が巻かれていた。
「血は止まったので大丈夫だと思います。痛んだりしますか?」
「いや、あれくらいは慣れてるから大丈夫。それよりもさっきのは……」
「……?」
「あっ、いや、問題ありません」
シスターの心底不思議そうな顔に、彼女にとっては何も疑問に思わないほど当たり前の処置なのだと無理やり納得することにした。
きっと消毒処置といったところだろう。
うん、そうだ。シスターは善意で傷の処置をしてくれただけ。
だから、指を舐められた感覚はすぐに忘れろ……! また眠れなくなるぞ……!
「シスター。これはお返しします。後ろに俺の名前を刻んでいますが、仕掛けが発動すれば消えるので安心してください」
「え、えっと仕掛け、ですか?」
「ええ。ロザリオを手にもって、俺の名前を口にしてください。そうすればシスターたちを守る仕掛けが展開されますから」
「わかりました。……ありがとうございます、【お金玉公】」
そう言って微笑んだ彼女はぎゅっとロザリオを握りしめると、いつものように山脈の谷間へと仕舞いこむ。
よくよく考えればシスターはあそこからロザリオを出したんだよな。
渡された時、ちょっと生暖かかったのはそのせい――
「――ふんっ!」
「【お金玉公】!?」
「気にしないでください。改めてみんな無事に帰るぞと気合を入れ直しただけなので」
「そ、そうですか。なら、いいのですが……」
「さぁ、そろそろ寝ましょうか。明日も早いですし、夜更かしはよくありませんから」
「はいっ。おやすみしましょう」
ティーカップを片付けて、再びベッドに横になる。
追加ダメージを受けた気はするが、意識は切り替えられたので余計なことを考えなければ眠りにつくことができるだろう。
薄いタオルケットを一枚羽織って、
ふぅ……なんとか今夜は乗り切れそうだ。
「……【お金玉公】? 寝てしまいましたか?」
返事をせずに、いかにもな寝息をたてて誤魔化す。
心痛むが、この数時間が安全な未来に繋がるのだ。
「……少しだけですのでお許しください」
そっと手に指が触れて、そろりそろりと赤子のように指先だけを握られた。
「おやすみなさい」
そして、すぐに隣から規則正しい寝息が聞こえる。
……これくらいならいいか。
シスターの可愛らしいワガママに思わず心が温まった俺も安らかな気持ちのまま目を閉じた。
◇ここでサブタイトル見て◇
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