Episode3-19 いつまでも自慢の後輩

 朝食を終え、いよいよ学園へ。


 まだ早朝といっても差し支えない時間帯だが、大通りからはすでに盛り上がりの声が聞こえる。


 聖騎士養成学園はこのあたりでも一番規模の大きい建物だ。


【剣舞祭】期間中は一般公開されているので、チェックさえ受ければ誰でも入ることができる。


 名物行事と化しており、学園の運営費の足しとしてバカにならない金額が動くので今年も例年通りにたくさんの来場者がやってくるだろう。


 聖女様を守る立場として特に今年は遠慮してほしいのが俺の気持ちだが……後輩たちの輝かしい未来を壊すわけにもいかないか。


「聖女様。体調はいかがですか?」


「ええ、問題ありません。とても元気です」


 そう言うと彼女は余った袖をプラプラと揺らす。


 ご機嫌な聖女様は正装の上から俺の第六番団専用のジャケットに袖を通していた。


 それを微笑ましく見ているシスターとうらやましそうに眺めているマドカ。


「……わ、私には先輩のシャツがありますし……」


 ボソリと呟き、何を張り合っているのか。


 それと隊舎に戻り次第、彼女と少し話し合いをする必要があるようだ。


 ついでに一緒に寝るのも禁止にする。


 今度は負けない。後輩に絶対に負けない。


「それでは自分が外の様子を見てきますので、少しお待ちください」


 二階の食堂で待機してもらい、俺だけが先行して入口周辺を確認する。


「ん……?」


 ドアの前に人の気配を感じる。だけど、殺気はない。


 そもそも暗殺者ならこんなわかりやすい真似はしないはずだ。


 警戒は解かずに扉を開ける。すると、ちんちくりんの見慣れた亜麻色髪。


「せんぱぁ~い。今日は可愛いボクが先輩の相手をたくさんしてあげ痛い痛い痛いっ!?」


 なんとも腹立たしさを覚えさせる甘い声を出したのは後輩のミツリだった。


 言葉を遮って、今はアイアンクローを決めている最中である。


「おい。どうしてここに俺たちがいると知った?」


「が、学園長から! これを渡すように頼まれたの!!」


「学園長が?」


 彼女はプルプルと震えながらポケットから出したのは、確かに聖騎士養成学園の学園長しか使えない印璽が押された手紙だった。


 とりあえず、これ以上姿を見られるわけにはいかない。


 俺はミツリを暫定でシロと決めて、宿の中へと引き込む。


 そのまま放り投げると、彼女はビターンと床に倒れ込んだ。


「ぐえっ」


 俺は彼女の手から手紙を取ると、そのまま読み始める。


『手数足りてないんだろ? ミツリは裏取ったが、ただの自称かわいい後輩だ。


 学外に連れ出すのは困るが、学内なら自由にしていい。


 生半可な相手なら返り討ちにできる程度の実力はある。 


 あと、昨日ずっとうるさかったから、ちょっとかまってやれ』


 なるほど、カルキア学園長からの援護だったか。


 正直ミツリが第二番団や裏の奴らとつながっているのは想像できなかったが、こうして確信が得られたのは嬉しい。


 それと最後の一文……。うーむ。


「ちょっと先輩! 乙女をなんて扱いするのさ! なんか扱いがひどくなってない!?」


「違う。俺の自慢の後輩であるミツリなら受け身を取ってくれると信じていたからこそできたんだ」


「そ、そうなんだ。それなら仕方ないね。ボクは自慢の後輩だもんね」


「わかってくれて嬉しいよ」


 思ったよりあっさりと納得してくれたミツリ。


 褒めれば簡単に引き下がってくれる辺り、なんとも扱いやすい。第六番団に入ってから面倒くさい絡みの捌き方もレベルアップしたみたいだ。


 そんな風に言いくるめていると、ドタドタと階段を下りてくる音がした。


「先輩! 物音がしましたが無事ですか!?」


「ああ、それなら大丈夫」


「それと俺の自慢の後輩という声も!」


「地獄耳か?」


 そんなところまで聞こえているなら、全文聞き取れないのだろうか。


「マドカは聖女様のところに戻って。俺は少しミツリと話すことがあるから」


「そうそう。どっちもボクが原因だから気にしないで。先輩自慢の後輩であるボクが優秀すぎたのが悪いんだから」


「は……?」


「これからボクも聖女様を守るお手伝いをしてあげる。よろしくね、ただの後輩ちゃん」


 なぜか互いににじりより、ガンを飛ばし合う二人。


 バチバチと火花が散っている幻影まで見える。


 平常時なら好きにやらせるが、今はいがみ合っている場合ではない。


 パンパンと手を鳴らして、中断させる。


「マドカ。俺たちは世界で最も大切な任務中だ。聖女様のもとへすぐに戻れ」


「……承知いたしました」


「ミツリ。これは遊びじゃない。任務に支障をきたすなら俺はお前はいらない。……言いたいこと、わかってくれるな?」


「うん、ごめんなさい。ちょっと浮かれてた」


「わかってくれたならいいんだ」


 そう言って俺はミツリの頭を撫でる。


 彼女は頭がちょうどいい位置にあるから、こうやってよく撫でてやったっけ。


「褒めて」「慰めて」となにかと理由を付けては撫でられるのを要求していたミツリのことだ。


 こうすれば機嫌もよくなるだろう。


「な、ななな……」


「…………ふふっ」


「っ……! ルーガ先輩!」


「どうした?」


「私も頭撫でてほしいです!」


「ちゃんと任務を果たしたらな。聖女様を早くお呼びするんだ」


「せ、先輩のバカー!!」


 俺を罵倒しながら階段を駆け上がっていくマドカ。


「……どうしたんだ、あいつ?」


「さぁ? ボクもわかんないや」


「そうか……いや、それよりもミツリ。今日は学園内の寮から、ここまで来たんだよな?」


「うん。学園長に言われた通り、凄い遠回りして追手がいないか気を付けながら。ボクの【加護】も使ったし、誰にも気づかれていないはず」


 流石は学園長。そのあたりはちゃんと対応してくれていたか。


【透明化】の【加護】を持っているミツリだし、あまり気にしてはいなかったが。

 それに俺が聞きたかったのは追手の有無ではない。


 あらかじめ各守護騎士団の聖騎士たちがどこに配備されているのか知らされているが、万が一のために確認しておきたい。


「なぁ、ミツリ」


「なに? 今日の夜なら空いてるよ?」


「学園の正門で指示を出していた奴は誰だ?」


「えっとね。第二番団のジャラク団長かな。……ねぇ、先輩。そういうこと?」


「……可能性の話だ。ただお前もこちら側につくなら頭に入れておいて損はない」


「うん、わかった。ボクは先輩がいる方の味方だから、ちゃんと動向見ておくよ」


 このやり取りで俺が言いたいことをすべて理解してくれるあたり、彼女は自分の立場がちゃんとわかっている。


 ミツリは学園内で自由に動ける人物だ。俺たちが宿で聖女様の周りを固めている間の動きを把握してくれると、ずいぶんと犯人が絞りやすくなる。


「危なくなったらすぐに俺たちは切り捨てていい。無関係だと主張すればカルキア学園長が助けてくれるさ」


「……先輩はボクを誰だと思っているの? 先輩の自慢の後輩のミツリちゃんですよ?」


 そう言うとミツリはパシンと俺の腰を叩く。


 胸を張って、自信満々にしていろと言わんばかりに。


「ここで大活躍して、いろんなところからスカウトもらって~……それ全部フッて先輩のいる団でまた後輩になってあげちゃいますから」


「……ああ、ありがとうな」


 もう一度、彼女の頭を髪が跳ねないように優しく撫でれば、ミツリは心地よさそうに目を細める。


 そして、今度は聖女様を抱えた状態でマドカはドタドタと降りてきた。


 ……あとでマドカには説教だな。

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