Episode3-20 ルーガ・アルディカの名に懸けて
「では、ミツリさんは本選が始まるまでは私たちのそばについてくださるということですね」
「ばっちり任せてください! ボク、めちゃくちゃ強いので」
「ふふっ。ルーガ副団長が目をかけていた方が味方についてくださるのは嬉しいです。頼りにしていますね」
「ボクと先輩の学園首席コンビにお任せください!」
自信満々に胸を叩くミツリ。
【剣舞祭】は予選:勝ち抜き方式とトーナメント方式、本選の三部構成になっている。
まずランダムで選ばれた五人グループで総当たりし、最も勝ち数の多い者が予選突破(勝利数同数の場合は対象者同士の対戦結果を優先)。さらにそこから一対一のトーナメントをして勝ち上がった数十名が本選へと駒を進める。
ミツリが本選まで俺たちについているというのは、現時点での学園十席は予選を免除されているからだ。
というか、さらりと流していたが……。
「ミツリ。お前、首席だったのか」
「もちろんですよ。先輩の後を引き継いでちゃんと首席かっさらっといてあげましたから。なにせ自慢の後輩で一番弟子でもありますからね」
チラチラと露骨にマドカへ視線をやって、アピールするミツリ。
マドカの瞳にはメラメラと炎が燃え盛っている。
言い返さないのは先ほど俺が注意したことをきちんと守る意識があるからだろう。
【聖女近衛騎士】としての務めを果たそうと、聖女様から身を離さずに食ってかかりはしない。
まるで妹たちが姉妹喧嘩をしているかのような微笑ましさだ。
「ぐぬぬ……」
「あらあら」
「お二人はとても仲がよさそうですね」
「ありえません。ええ、決してありえません、ライラさん」
マドカは否定するが、俺もシスターと同意見だな。
絶対に二人は気が合う。ちょっとすれ違っているが、こんなにも好みが一緒で、好戦的なイイ性格をしている。
同年代で好敵手に飢えているミツリ。第六番団に近い実力を持った相手がいないマドカ。
二人が出会えたのは偶然の副産物だが、互いにいい刺激になりそうだ。
まぁ、いがみ合う要因になっている俺が言えたことではないのだが。
「とにかくミツリが本選までこっちに付きっきりでいられるのは助かるよ。聖女様も女性の方が安心できるでしょう」
「ええ、
そう言ってニコリと微笑む聖女様。
聖女様は聖騎士に対して高い理想を持っていらっしゃる方だ。並の男性聖騎士ではクリアできないどころか不興を買ってしまうかもしれない。
俺も全然高潔で立派な聖騎士ではないし、なんなら性騎士と罵られてもおかしくないのだが、勘違いに勘違いが重なっているだけなのだが。
それでも指名していただいたからには命を懸ける気概で臨む。
だから、まずは目の前の困難を乗り切らないとな。
俺たちの前方――聖騎士養成学園の正門。学園を囲むようにビッシリと等間隔で並んだ聖騎士たち。
その中心にニタリと嗤って、笑う男が立っていた。
「聖女様」
「問題ありません」
悟られないように短い言葉で意思疎通する。
露骨に表情に出てしまいそうなシスターを除いて、
立ち止まることもなく、至って自然の流れで学園へ向かって歩く。
「これはこれは聖女様。お久しぶりでございます」
「おはようございます、ジャラク団長。精が出ますね」
「もちろん。貴女様は人類にとっての宝です。私は貴女様のためなら何でもするでしょう」
「それは心強いですね」
話を広げることもなく、貼り付けた微笑みでジャラクの対応をする聖女様。
聖女様とお話させてもらうようになってわかったが、普段はあんな血の通っていない笑顔を浮かべる人ではない。
違いにジャラクが気づいた様子がないのは、奴の前で聖女様はずっと警戒したまま過ごしてきたのだろう。
俺がジャラクが黒幕候補と進言した際にあっさりと受け入れてくれたのは、聖女様も日々の中で感じてきたからだ。
より近くで聖女様と会話するジャラクを観察して、確信した。
奴は聖女様を欲のはけ口とする一人の女として見ている。
上手く擬態しているつもりだろうが、どす黒く醜い劣情はそうやすやすと隠せるものではない。
……聖女様の聖騎士への理想像が高い理由が理解できた気がするな。
「ところで、聖女様。その隊服はいかがなされたのですか? 見たところ、第六番団のものだと判断しましたが……」
「少しでもカモフラージュになればとルーガ副団長に貸していただきました。おかげで、ここまで誰からも注目を浴びていません」
「そうでしたか。しかし、どうやらサイズが大きいように見受けられます。私は見ての通り、背も高くないのでよろしければ私の方を」
「――聖女様。カルキア学園長がお待ちしておりますので、そろそろ」
「そうでしたね。では、ジャラク団長。失礼します」
会話を遮り、早々に割って入る。
【聖女近衛騎士】として第一に考えるべきは聖女様のこと。
こうして多少強引にでも助け舟を出しても、今の俺の立場からすれば問題ない。
実際、ここに聖女様をとどまらせる理由もなかった。
そんな俺の態度が不満だったらしく、ジャラクは目が笑っていない笑みで声をかけてくる。
「……アルディカも頑張っているようだな」
「はい、【聖女近衛騎士】として聖女様をお守りするため全力で取り組んでおります」
「ああ。なによりも聖女様の無事を優先しろ。その結果、死んでしまったとしても、それは名誉なことなのだからのう」
「言われなくとも……死んでも誰にも聖女様は渡しませんよ」
「それはそれは……立派な心掛けではないか」
蓄えられた顎肉を撫でたジャラクはこちらから目を切る。
どうやらこれで奴からの忠告は終わりらしい。
いたって普通の会話に聞こえるが、間違いなく今のが最後通告だった。
これから風俗街への単身調査とは比例できないほど危険な日常が始まる。
正門を通された俺たちは振り返らずに、学園長室へと続く道を歩く。
「……ルーガ先輩。先ほどのは」
「あれでいいんだ。わかりやすい構図が出来上がるからな」
マドカが危惧しているのは、俺の命まで狙われる可能性が高くなったことだ。
しかし、俺からすればそちらの方がやりやすい。
聖女様を誘拐するためだけに全力を注ぐより、俺を殺して聖女様を誘拐するという条件の方がジャラクたちにとって難易度は跳ね上がる。
だから、ヘイトを買ってでも俺に怒りを向けさせるのは悪い手じゃない。
どんな事情があるか完全に理解したわけじゃないが、少なくとも聖女様の隣に俺がいる今の状況は奴にとって許しがたいだろう。
「万が一、俺が負けそうになったらみんなは遠慮なく聖女様と共に逃げてほしい。警備には第六番団も来ているから、リオン団長と合流できればなんとかなる」
「……それはルーガ副団長としての命令でしょうか?」
「そうだ。引き受けてくれるな?」
「……承知いたしました」
マドカは何か言いたげな様子だったが、グッとこらえて呑み込んでくれた。
……賢い子だ。朝の件からすぐに意識を切り替えて、聖騎士として正しい選択をしようとしている。
将来有望な後輩の様子に安心していると、服の袖をクイッと引く人がいた。
「……私の騎士」
「どうかなさいましたか、聖女様」
「死んではなりませんよ」
その声は脳の奥にまで届くような透明なものではなく、大きな感情に揺らされて震えている。
「絶対に死んではなりません。私との約束です。いいですね?」
思わず全員が立ち止まってしまうほどに気持ちがこもった、【聖女】としてではなくフレア・クレオドールとしての感情が入り混ざった言葉。
聖女様の【加護】でもなく、ただの懇願。
だというのに、俺の体は勝手に反応して、目の前の少女を悲しませてはならぬと心が吠えている。
とっさに俺は片膝をついて、頭を垂れた。
「……はい。ルーガ・アルディカの名に懸けて――決して聖女様に涙を流させないと誓います」
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