Episode3-21 【聖女】争奪戦、開始
「その誓い……決して破らないでくださいませ」
そう言って聖女様は俺を抱きしめる。
聖女様の体は頭を包み込んでくれて、柔らかい。
対して、俺は気持ちもアソコも固い。
リオン団長やシスター山脈には及ばないものの十分に沈みこむ大きさの聖パイ。
谷間からは服を貫通して、優しい柑橘類の香りが鼻腔をくすぐる。
逃げたい……! これがマドカや団長なら、なんだかんだ拒否できるんだが、相手は聖女様。
聖女様が慈悲深い愛情で俺を包み込んでくださっているのに、どうして突き放すことができようか。
気づかれないように太ももをキュッと締め、盛り上がるのを防いだ俺は呼吸を止めて匂いで興奮しないように努める。
持ってくれよ……! 俺の心臓……!
「あなたは私の騎士。家族なのです」
「……」
「私は二度と家族を失いたくありません」
「…………」
「生きて帰れば反撃の機会がある。けれど、死んでしまっては全てが終わり。それを胸に刻んでおいてください」
聖女様を見つめ、コクリと頷く。
「信じていますよ、私の騎士」
そう言った聖女様が解放してくださった瞬間、うつむいたまま一気に息を吐きだした。
し、死ぬかと思った……!
人間頑張ればなんとかやれるものだな……!
すぐさま呼吸を整えて、違和感を与える前に立ち上がる。
「さ、さぁ、学園長室へと向かいましょう……どうかしたか、二人とも」
「いえ、改めて目の当たりにすると驚きが勝ると言いますか」
「聖女様にあんなにも愛されているなんて、先輩は本当に規格外なんだなぁって思っただけだよ?」
「いや、聖女様はお優しい方だから同じ聖騎士なら誰だってあれくらいしてくださると思うぞ? 俺は前回の任務に成功したから少し目をかけてもらえているだけさ」
「……うん! そういうところは昔のままでボクは本当に安心してる!」
「ルーガ先輩の鈍感は筋金入りでしたか……」
二人が何を言っているかわからないが、あまり構ってばかりもいられない。
「ルーガ副団長。手を握ってくださいますか? こちらの方が突発的な人さらいにも対応できますでしょう?」
流石は聖女様。学園内であろうと危険への対策は妥協しない。
外に比べれば間違いなく安全度は高いが、わずかな油断が命取りになる。
そもそも聖女様にお願いされたなら、よほどでもない限り断らないが。
「承知いたしました。失礼します」
そっとガラス細工を扱うように握ると、隣に並んで廊下を歩く。
それに合わせてマドカとシスターが後ろ。ミツリが先導役になって、自然と立ち位置が入れ替わる。
「ふふっ、たまにはこういうのもいいですね」
そう言って聖女様は活気あふれる屋台が並んだ中庭や生徒たちを眺める。
中には男女が仲睦まじく食べさせあう姿も見受けられた。
「私も……あんな姿に少し憧れてしまいます」
チラリと聖女様の青い瞳がこちらに向けられる。
……なるほど、さすがは聖女様。
おそらくシスターの気疲れをすでに見抜いていたのだろう。
彼女は訓練を受けていない一般人。リフレッシュできる機会を設けて、ストレスを軽減させるべく自ら食べ歩きをしたいと提案してくれたのだ。
しかし、聖女様が素直に提案してもシスターは断るだろう。そこで俺の出番というわけだ。
任せてください、聖女様。サポートさせていただきます。
「ええ。時間に余裕があれば回ってみますか?」
「まぁっ! エスコートを楽しみにしておきますね、ルーガ副団長」
「はい。全員で屋台巡りをしましょう」
「全員……ええ、そうですね。みんなで楽しみましょう」
こういうお祭り事は人数が多ければ多いほど楽しさも跳ね上がる。
シスターだけでなく、普段はハメが外せない聖女様も思い出を作っていただければ幸いだ。
「あ、あのルーガさん。私たちは気にせずに聖女様とお二人でいかがですか?」
「はははっ。遠慮しなくても大丈夫ですよ。聖女様もシスターと回りたいと思っていらっしゃいますよ」
シスターも俺と同じで聖女様から直接お世話係に指名された組。
きっと気に入られているからだと思う。
なのに、どうしてそんな必死にブルンブルンと顔と胸を左右に揺らすのだろうか。
気になってチラリと聖女様を見やる。
「?」
やはり聖女様はいつもの微笑みを浮かべている。
なにも断る理由などないと言うのに……あぁ、そうか。
「金銭なら気にしないでください。ここは自分が持ちます」
「そ、そういうことではなくてですね、えっと、えっと……」
「……ライラさん、諦めてください」
「こういうことに関しては先輩にあまり期待してはいけません」
「は、はい……」
後輩二人の援護射撃もあって、シスターも納得してくれた。
これでも守護騎士団の副団長なのだから、それなりにはもらっている。
俺からの提案なのだから、シスターが気に病む必要などない。
気を張り詰めてばかりでも疲れが増すだけだから、こんな時こそパァ〜ッと散財するくらいがいいのだ。
「それでは決まりということで。楽しみですね、聖女様」
「……ええ、本当に。ふふふふふ……」
また一つ聖女様との距離を縮められた気がする。
聖騎士隊に入隊した時には、こうやって会話することさえ考えられなかったから本当に自分は恵まれている。
みんなとの交流の機会を設けた後は、ジャラクに告げた通り学園長室へと足を運ぶ。
今日から始まる【剣舞祭】の開会式。聖女様は専用の部屋から顔を見せ、そのまま予選を観戦する流れになっていた。
「聖女様。ほんとうによろしいのですね?」
「問題ありません。開会式から閉会式、優勝トロフィーの授与まで平時と変わらずに行います」
俺たちが聖騎士隊内部に疑惑を向けている事実は知られてはいけない。
混乱を招くだけだからだ。
【聖女近衛騎士】のような護衛の立場は例年通りなので誤魔化せるが、プログラムや催事の変更をしてしまえばいらぬ勘繰りをジャラクに与えてしまう。
現状、奴が聖女様のお考えに気づいているかわからないが、下手な手は打ちたくなかった。
「暗殺が怖くて、聖騎士隊のトップは務まりませんから」
若くして威厳を見せつける堂々とした姿。
まさしく聖騎士を束ねる【聖女】。
「……かしこまりました。それでは聖女様はいつものお席へ。アルディカ、場所はわかるな?」
「把握しています。問題ありません」
「よし。ならば、早速移動しよう。ミツリもそちらにいて構わない」
「やった! どうせ予選なんて退屈だったし、先輩と一緒にいようと思っていたから任せておいてくださいっ!」
「油断していると足元すくわれるぞ」
「違うよ、先輩。ボクは先輩と同じように絶対的王者として勝ちたいだけ」
その声にいつもの朗らかさはない。彼女は本気で言っている。
「相手が誰であろうと自分の型を貫いて小手先の技術も、破壊的な暴力も、すべてをねじ伏せる。そうじゃなきゃいつまでたっても先輩に追いつけないもん」
さも当然のように言い放つミツリ。
可愛らしい顔からは想像できない圧をヒシヒシと感じる。すでに見据えている未来が彼女は他の生徒たちよりも一つ、二つ先にあった。
……なるほど。これならば俺の杞憂も無駄に終わるだろう。
ミツリは候補生でありながら、候補生でない。
「まぁ、そういうわけだ。俺が護衛に推薦した理由もこれで誰もが納得してもらえたと思う」
「……正直カルキア学園長が彼女を送り出したと聞いた時は『裏切り』かとも思ったのですが……」
「ま、まさか聖女様。そのようなことはありません……!」
「ええ、もちろん。誤解は解けましたから安心してください。それよりも……もう舞台の準備は整っているのですね?」
「観客への注意事項を説明しているころでしょう。あとは聖女様が観覧室にご登場すれば大会は始まります」
「わかりました。では、赴くとしましょうか」
観覧室へ姿を現せば、ついに戦いが始まってしまう。
誰もが、どこからでも命を狙える舞台。
ミツリの表情は引き締まり、マドカはそっと剣の柄に触れた。シスターも胸の前で両手を構えて、気合を入れている。
そして、俺もまた瞼を閉じると意識の中でスイッチを切り替えた。
「――私たちの戦場へ」
◇近々、読者の皆様へご報告がありますので近況ノートと更新を見逃さないようにユーザーフォローして頂けると幸いです。(悪いことじゃないです)
その時まで、胸をバルンバルンと夢と希望に膨らませて、もうしばらく楽しみにお待ちくださいませ。
ちょっと忙しいので感想返しが遅れてます! ごめんなさい!◇
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