『回想1』

 初めて会ったのは夏の暑さがジワリと残る九月。

 文学女子である私が初めて向かったオリジナル作品の即売会だった。


 私と同じ本を愛する人の手によって作られた作品の数々。

 そんなキラキラとした作品たちが大事に詰め込まれているその空間がまるで天国の様で、私はニコニコふわふわと足を進めていた。



 すると橙、紫、ピンク、赤。

 いろんな色が混じった夕日と女性が流れてきた。


 グッと私を夢から覚ますような気持ちを感じ、立ち止まる。

 幻想的な夕日を見ている後ろ姿の女性が描かれた表紙。

 タイトルは「それは朝で、それは暮れ」。



 その本は目の前に立つとなお魅力的だった。

 理由もなく、本能的に触れたいと思う儚さがあり、知りたいという希望があるそんな本。


「「あの、これ下さい。」」


 横を見ると驚いた顔をしている男の人がいた。

 きっと私もこの人と同じような顔をしているのだろう。


「ぷっ!」


 見つめあってしばらく後、男の売り子さんが耐えきれずに吹き出した。

 それに釣られて、私も男の人も笑う。

 しばらくその場所を笑い声が満たしていた。



「にしても、見事にハモってたね〜。」

「本当ですよね〜。私、すごくびっくりして。」


 3人とも笑い続け、気が解れたのか。

 お会計が終わった後もなかなか立ちされず、気づけば雑談に興じていた。


 雑談の中で男の売り子さんは、作者さん本人だということが判明した。



「私、あの綺麗な夕日の表紙を見た瞬間に欲しいなと思ったんです。」

「え、僕は綺麗な朝焼けだと思って欲しいなと思いました。」

「朝焼け? 夕日じゃなくてですか?」

「はい、朝焼けです。」



 私と男の人との会話を聴いて作者さんは嬉しそうにした。


「なるほど、お2人さんはそれぞれそう捉えたんだね〜。」

「どっちが正解なんですか?」


 私が尋ねると、作者さんはウインクをしそうなぐらいのルンルンとした表情でこう言った。



「どっちで取るかは読み手次第。読んで夕日だと思うなら夕日だし、読んで朝焼けと思うならそれは朝焼け。読み手によって表紙が変わるってイメージでこうしたんだ。面白いでしょ?」




 その後、作者さんは「本に作者名載せ忘れたんだよね〜。」と言いながら名刺を渡してくれた。


「ユウって言います。SNSのアカウントもあるから、気が向いたらフォローしてね!」

「はい!」


 ユウさんのセールストークに元気よく返事をする。すると、


「あの、ここで会ったのも何かの縁だし、良かったら連絡先交換しませんか?」


 男の人から意外な申し出があった。

 彼は喋った感じ人見知りそうだった。

 お話大好きでさっきからずっと喋りっぱなしの私は関わり合いたくないタイプかと思っていた。


「喜んで!」



「いやー、青春だね〜。」


 茶化すユウさんを横目に連絡先を交換する。


「改めて、松口 暁斗あきとです。」

「宮地 夕華ゆうかです。」



 ユウさんに別れを告げ、私は暁斗さんと同時に歩き出した。


「次はどこに行くんですか?」

「私は電車で親戚の家に。暁斗さんは?」

「電車で少し遠くの古本屋に行くんです。」

「え、いいですね!場所教えてください!」


 話しながら駅までの道のりを並んで歩いた。



 暁斗さんと目線を合わすために少し顔を上げる。

 お昼真っ盛りの青空を背負った暁斗さんが、昼の陽の光に照らされてキラキラと輝く。

 そんな記憶。

 それがあなたとの出会い。

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夕日と月と雨 淡雪 @awaawa_snow

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