初めての共同作業

 フィッソに向かう途中に大きな森がある。無論人が通る為そこには道が出来ている。が、三百もの兵士が通るには細く、足場も悪い。


「アルタヴィオ様。この辺りで」

「ああ。そうしよう」


 野営だ。日も暮れて来た。近くに小川があり、兵士が駐屯出来る様に少し森を切り拓き、人工的に広場を作っている場所。それがここ、ハドック広場だ。


 今回の事態と同じ様な事がかつてあり、当時の十七旗将、ハドック・イーゼルがフィッソに向かう際に作ったと伝えられている。


 残念ながらハドックはそこで命を落としたらしいが彼の作ったこの広場は現在まで受け継がれ、常に平地となるよう整備されていた。


 配下達が食事の用意をする間、テントに入って瞑想する。瞑想といっても俺の場合はヴィオレットとの会話なんだが。


 さて……


『呼んだか?』


 うん。ひとつ聞いておきたい。


『フフン』笑いながら俺の目の前で胡座をかいて気持ち良さげに空中を漂う。


『アタシを使ってうまく戦えないか、か』


 当たり前だがお見通しだな。

 そうだ。別に死霊系アンデッドと一対一で負けるとは思わないが今回は数が多い。チマチマ1匹ずつ倒していても目立たないだろ。


『ハッ。お前の考えそうな事だな。残念ながらお前に魔法で一網打尽にする様な力が無い以上、アタシがどうこうできるもんじゃない』


 やっぱりか……地道に行くしかないか。


『但し、だ』


 話しながらまたもヒラヒラと宙を泳ぎ出す。

 本来、無茶苦茶エロい筈の『黒いタイツ越しのパンツ』がチラチラ見えるのだが不思議と一切欲情しない。


『そりゃアタシがお前だからだ。お前、鏡見て欲情しないだろ?』


 そんな事はどうでもいい。但し、の後を言え。


『但しアタシがお前と繋がっている間、お前はアタシを操る事が出来る。そしてアタシは幽体ではあるがお前が武器を携帯していればそのイメージを使い、物理的な作用を起こす力を持っている』


 物理的……つまり攻撃出来るって事か!


『そうだ。アタシは幽体だから素手で掴んだり殴ったりは出来ない。が、例えばお前が持つ剣のイメージがあればそのイメージを物理に転換出来る。正確には相手の心と体にそのダメージを。相手がヒトだろうが魔物だろうが、知恵があろうがなかろうが関係無くな』


 ほへーー。それはアドバンテージ高いな。

 だがお前、俺の言う事、ちゃんと聞くの?


『アタシは自我を持ってはいるが根源はお前だ。お前が望む動きをせざるを得ない』


 ほう。お前、最初に『俺と表の人格を代われ』って言ってたよな。つまりヴィオレットが今の俺、つまりその根源ってやつになり、俺は『俺(元本体)』みたいになるって事か。分かりにくいが。


『そういう事だ。イメージする時は武器は携帯しているだけじゃダメだ。手に持てよ』


 ふーむ。なんか裏がありそうだが、そういう事なら……と腰の剣の柄に手をかけ、ヴィオレットに剣を振るうイメージを思い浮かべてみた。


 するとどうだ。ヴィオレットの腰に俺と同じ聖剣レグニトが発現、俺と同じ動きで宙を斜めに切り裂いた! しかもスピードは段違いだ。


 幸いテントには当たらなかったが、危ない危ない。だがこれは使える。英雄のみ成せる技っぽくないか?


『クックック。そうだな、そう思うぜ? アタシも。アタシの存在は誰にも見えやしない。つまりお前は剣でも魔法でも無い、オリジナルの能力を手に入れたって事だ』


 嬉しそうに笑うヴィオレットだが、どうしてだ?

 そんなに俺に使われるのが嬉しいのか? お前にとっちゃあ面倒臭いだけだろうに。


『クク……クク……まあ気にするな。さっさとお前が英雄になり、アタシと代わってくれるのを待っているだけだ』


 ギロリと目を剥いて笑いながら言うが、どうも信用ならないな。土壇場で裏切られた時の事も考えておかないとな。


『裏切るなんてとんでもない。ダメージは共有しないがしている。お前が死ねばアタシも死ぬ。アタシが死ねばお前も死ぬ。アタシ達は一蓮托生なんだ』


 まあ、今はお前を信じるか。

 まずはこの戦いを終えてみて、だな。


 他には何か良い戦い方は?


『お前の命が危うい時には違う方法で戦う事も出来るが……』


 その時テントの外から女性の声がした。


「アルタヴィオ様、よろしいですか?」


 ラダだ。

 そっちに意識を取られた一瞬の内にヴィオレットは消えていた。全く気味の悪い奴だ。


「どうした?」

「夕食の準備が整いました」

「わかった。すぐ行く」



 ―――

 翌日、夕刻前。


 フィッソの村に到着した。


「何も、ないですな」


 ユリウスがポツリと言う。

 本当だ。何も無い。


 人がいないという事を除けば何もおかしな所はない。聞いていた様な魔物の群れは見えない。

 平地にあるこの村には元々五百人程が住っていた。今は避難している為、人の気配は全くない。


死霊系アンデッドだけに夜にならないと出てこないとか?」


 ラダがそれらしい事を言う。


「そうかもしれないな。村の中で休むのはヤバいだろう。少し離れて様子を見よう」

「畏まりました」


 そうしてフィッソの村を遠巻きにして野営の準備を開始した。


 その時!


 手前のある民家の中から誰かが俺を見ていた。


「誰だ⁉︎」


 だが次の瞬間もうそこには何も無い。


「どうしました?」

「ラダ。今、あそこに誰かいなかったか?」

「え? いや、見えませんでしたが……」


 俺の見間違いか?

 銀色の髪っぽいのと女性らしき姿がチラリと見えた気がしたが。


『い~~や。いたぜ? アタシにははっきりと見えた』


 突然隣に現れた美少女は勿論ヴィオレットだ。俺と同じ方向を見てニヤリと笑っている。

 腕を組みながら更に付け足した。


『ちなみに……アタシにはまだ見えているがな。どこに隠れようがあの独特の気配は隠せない』


 独特の気配……ほう。何もんだ?


『あれは死霊使いネクロマンサー。サーベルスが言っていた未確認の目撃情報と一致する。が、どうもそれだけじゃねぇ気がする』


 なんだと。それが本当ならそいつを倒せば一気に解決するんじゃないのか。


『そうだな。今なら死霊達が湧き出す前にやれるかもな』


 確かにそうだ。

 兵の被害は無いに限る。


「気になるな。すまんラダ。ちょっと見てくる」

「え? 村へ行かれるのですか?」

「うん。誰かがこっちを見ていた。ひょっとするとサーベルスが言っていた死霊使いネクロマンサーかも知れない」


 我ながらすっとぼけたセリフだな。


「ユリウスにはお前から言っといてく「いけません!」ひえ!」


 突然眉を吊り上げ、声を大きくしたラダの剣幕にビビってしまった。


「王子が単独で動くなど以ての外。ダメです。却下です。どうしてもと仰るのなら私もついて行きます!」

「お、おう……」

「ですが、まずは夕食にしませんか? 皆も王子が偵察に行ったと知ったら食事どころではないでしょうし」


 確かに腹は減った。

 今飛び込んで死霊共が湧き出し、長期戦にでもなったらもたない気もする。


「確かに。ラダの言う通りだな。そうしよう」


 ラダがニコリと笑顔に戻り、では、と簡易的なテーブルへと誘う。


 実践経験の無い俺があーだこーだ言っても説得力はあるまい。ここは大人しくラダに従っておくか。


 隣でヴィオレットが俺を見て愉しそうにククククと笑っているのがとても腹が立った。



 ―――

 夜になった。


 月は高く上り、虫の声が激しくなる。

 だが村の様子は特に変わらない。


「何も起きませんな」


 ユリウスが腕組みをし、村を睨んでいる。


「起きないな。だが伝令やサーベルスが嘘を言ったって訳でもあるまい。誰かルーカスを呼べ」


 ルーカスというのは城にいる時に飛び込んで来た伝令だ。今回、俺の英雄の記録をさせるべく従軍レポーターとして付いてくる事を命じている。程なく走ってやって来た。


「お待たせ致しました。ルーカスに御座います」

「わざわざすまないな。お前が魔物の群れを見たのは夜か?」

「はい。もう少し深い夜と記憶しています」

「そうか。ならもう少し待とう」


 やっぱり夜か。もう少し深いという事は夜中って事だな。



 待つ事暫し―――


 兵士達が交代で村を見張る。


 俺も気になり、何度か足を運んだが何も起こっていない。


 ガセじゃないだろうな。心配になりだしたその時、不意に虫の声が鳴り止んだ。


『来た』


 それとほぼ同時にヴィオレットが現れる。


『湧き出した。村の中央だ』


 何? だとするとここからは見えない。


『もの凄い勢いで湧き出している。あの調子だとここももうすぐ魔物で一杯になるんじゃないか』


 それはマズい。

 皆、何も起こらないため気が緩み始めている。


「全軍、戦闘配置!」


 一か八か、ヴィオレットを信用して号令を掛けた。これで何もなけりゃあもう二度と俺にチャンスは無いだろう。


「急にどうされました⁉︎ 敵影は見えませんが」


 隣で俺を護衛しているラダが驚く。


「敵だ。見えないが、いる。そんな気がする。気をつけろ」


 ラダはキョロキョロと辺りを見回し、怪訝げな顔で俺を見た。

 だが、それはすぐに驚きの顔に変わる。


「で、出た!」


 民家の外まで湧き出した死霊系アンデッド! その数はどんどん増え、そして一様にこちらを伺い、向かって来た。


「す、凄い数! アルタヴィオ様は後方へ!」

「ラダ、危ない!」

「え⁉︎」


 ラダの頭上に不死霊レイスが数匹漂い、彼女目掛けて襲い掛かっていたのだ。


 腰の聖剣レグニトを抜き、同時に呼ぶ!


 ヴィオレット!


『任せろ!』


「てぇぇぇぇぇいっ!」


 目を見開いて驚いているラダを背中で護り、レグニトを横に薙ぎ払う!


 それと同調する様に空中のヴィオレットが瞬時に不死霊レイス達を霧散させた。



 これが俺とヴィオレットの初めての共同作業バトルだった。

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