フィッソに向けて出発!

 それから8日後。


 ヴィオレットが予言した通り、再び伝令が息急き切ってやって来た。



「アルタヴィオ王子様。あの、四神将の方々は……」


 敬礼しながら目であいつらを探す。

 いつもなら気を落とすとこだが今日は違う。ヴィオレットの言う事が本当なら遂に俺の出番がやって来たって事だからな。


「あいつらは皆、国中に散らばっている。落ち着いて俺に報告せよ」


 そんな偉そうな物言いをしつつ、心の中はウキウキだ。


「ハッ! フィッソの村が魔物に占拠されました」

「魔物に占拠⁉︎」


 そんな話は聞いた事がない。

 奴らは思想無く彷徨って、見つけた生き物を片っ端から襲う、ただそれだけの存在だ。


「間違いないの? 占拠、で言葉は合ってる?」

「ハッ。すぐに避難したため人的被害は殆ど無いのですが、魔物は村人がいなくなった村に留まって動いておりません」

「ほう。占拠っぽいじゃないか」


 未踏破領域マイルヘイムに接する辺境、ニューウェイ州フィッソはそんな所にある。その昔、ヴィクトリア軍とマイルヘイムの魔物達の壮絶な戦闘があった土地と聞いている。


 少し田舎だが……『英雄アルタヴィオ』の第一歩に相応しい。


「分かった。俺が向かう」

「ハッ……は? あの、王子が?」

「そうだよ」

「それは、やめた方が宜しいかと」

「どうして?」

「いえ……恐れながら、王子はまだ実践経験がございませんし……偵察からは魔物の数は百を超えるという報告が上がっています」

「実践経験が無いのは皆が俺にやらせてくれないからだろ!」

「まあ、王子ってそういうものですし」

「『そういうものですし』じゃない! ……という訳でこれが俺の初陣って奴だ。まあ任せとけ。これも何かの縁だ。お前も一緒について来い。従軍レポーター、書記係として」

「ええぇ……」


 フッフッフ。

 胸が高鳴って来た!



 ―――

 更に3日後。


 急いで編成を行い、何とか百名の数を揃えた。ちと心許ない数だが、副将には歴戦の猛者ユリウスとその一人娘のラダがいる。大丈夫だろ。


 出掛けに城に唯一残っていた《念話》が出来る魔術士に南方へ出陣済みのリーンハルトと繋いでもらう。


『バカな! 絶対にダメです。我らが戻るまでお待ち下さい!』

「無理だね。その間、避難している村の人々はどうする。他の村や街が襲われないという保証は?」

『それはそうかもしれませんが、しかし……』

「まあ任せとけ。ユリウスとラダも一緒だし」

『……分かりました。護身短剣はお持ちで?』

「ああ、ちゃんと机にしまってあるよ」

『机にしまってどうするんですか! いついかなる時も必ず懐にしまっておいて下さい!!』

「ハイハイわかったよ。これからそうする」

『ユリウスの言う事をよく聞いて、ラダから離れず、無茶だけは絶対にしないで下さい。アルタヴィオ様に何かあったら私は……』

「分かった分かった。全く過保護な奴め」


 そうして一方的に接続を切る。


 念話が出来る魔術士は万が一の為、という名目で城に残した。一々、リーンハルトから今は大丈夫ですか、とか言われたらゲンナリだからな。


「さ、ユリウス、ラダ。行こう」

「承知しました。ラダが御身の元を離れません故、御安心を」

「このラダ、一命を賭してアルタヴィオ王子をお護り致します」

「よし。じゃあ出発だ!」



 ―――

 王都パーンのあるヴィクトリア州からニューウェイ州境界まで大体4日。そこからフィッソまで1日だ。こんな距離で魔物が村を占拠しているなど見過ごせるものではない。


 ニューウェイに入ると州の長官が挨拶にやって来て驚いていた。


「ア、アルタヴィオ様⁉︎ 何で王子が」

「何でって四神将が出払ってるんだから皆で協力しないとだろ」


 長官は顔面蒼白になっていやいやいや、とか抜かす。


「王子の身に何かあったら私の首一つ程度では贖い切れません。お引き取り下さい」


 どいつもこいつも過保護な事だ。過保護なのはリーンハルト達だけで十分だ。

 だが今は仕方が無い。まだ何の実績も無いお坊ちゃんだからな。


「まあ落ち着けよサーベルス。俺なんかじゃ心許ないのはわかるが、その為にユリウスとラダがいる。彼らの腕は、知ってるだろ?」

「は、はぁ……」

「状況を報告したまえ」


 問答無用とばかりの口調に、彼は渋々といった感じで話し始めた。


 現在観測されている魔物の数は百~二百。種類はごちゃ混ぜで大方は 食屍鬼グール骸骨剣士スケルトン、ゾンビといった不死系アンデッドである。

 中型級のレヴァナントやデュラハン、ドラウグルも散見される。

 未確認情報として死霊使いネクロマンサーと思われる、黒い女がいた。



 黒い女?



 おい。まさかヴィオレットじゃないだろうな。


 するとヴィオレットがヒョイっと長官サーベルスに肩車された感じで現れる。


『アタシじゃないぜ? アタシには死霊使いの能力などないからな』


 そういやヴィオレットの姿は誰にも見えないって言ってたな。


 真面目くさったサーベルスの顔と相まってその姿がシュールで噴き出しそうになるのを堪える。


 だがそうか。良かった。

 いくら俺の英雄ロードを飾る為とはいえ、さすがに国民に被害をもたらすのは絶対にダメだ。


『分かってるよ。アタシは《悪》だけどあくまでお前の中の、が付くからな。無闇矢鱈と騒動を起こす様な事はしない』


 そうか。それを聞いて安心したよ。

 だがじゃあ、誰なんだ?

 フフッと笑うヴィオレットが身軽に一回転しながら宙を舞う。


『さあな。だがそいつは確かにいる。前見た時にそいつが動き出したのを見て時間的に一週間の間には報告が入るだろうと思っていたんだ』


 なるほど。お前、やっぱり有能だな。

 で、俺はどうすればいい?


 その問いに首を傾げ、ヴィオレットはヒラヒラと空中を行き来する。


『どうするもこうするも、お前英雄になるんだろ? ちゃっちゃとやっつけろよ。言っとくがアタシに相談した所で頭の中はお前と同じだからな? は与えてやれるかもしれないが、お前に無いはアタシからは出て来ないぜ』


 おお。そういうもんなのか。言われてみれば納得だ。だが俺に無い、見聞きした知識を持っているだけでも全然違う。


、お前の良心が無意識にブレーキをかけているアイデアなら提案してやるがな……フッフッフ』


 可愛い顔でそんな事を言っても怖くないぞ。元々俺なんだから怖がりようもないけどな。



「アルタヴィオ様?」


 ラダが心配そうな顔で覗き込んでくる。


 彼女はラダ・ランベール。魔法を操る双剣使い。

 黒い髪、黒い瞳を持つこの国の生まれでユリウスの一人娘だ。ユリウスがかなり歳いってからの子供なので親父がアレにしてはまだ若い。25、6位ではなかったか。


 剣士として鍛えられたが魔法の才能を四神将、闇の大魔導師オクタヴィアに見出され、ヴィクトリアでは珍しい魔法剣士の道を歩んでいる。


「体調がすぐれないのですか?」

「いや、バリバリ元気だよ」

「そうですか。少し視線が定まらない感じでしたので」


 それはあいつヴィオレットがあっちこっち行くからだ。


「はは。大丈夫だよ。有難う」

「さては初陣で緊張しているのですかな? 安心なされ。このユリウスがいる限り、御身の元には魔物など一匹たりと寄せ付けません」


 ニヤニヤしながら自慢の白髭を撫でているが、それだと困るんだよ。


 この爺さんはユリウス・ランベール。

 もう現役ではないが、元々は四神将とは別枠の王国守護、十七旗将の一人だった。

 今は一線を退き、若手の訓練長をしている。確か60歳は超えていた筈だが鍛えられた筋力は健在でリーンハルト達からの信頼も厚い。勿論、俺も彼を信頼している。


「大丈夫よお父さん。近付く奴がいても私がいるしね」


 ラダが腕を組んでニコリと笑う。

 確か四六時中、俺の元を離れずに護るって言ってたな。普段ならむしろ俺の方から密着したい位だが……今回は邪魔だ。


 むしろ俺がラダを助けるシーンがあれば最高なんだがな。


「さて状況はわかった。このままフィッソに向かう」


 こんな所で時間を潰していても仕方がない。英雄への第一歩、さっさとクリアさせて貰う!


「大丈夫ですか? お休みなされてはいかがですか?」

「何を呑気な事を。サーベルス。一刻も早く魔物共を殲滅しないと村人達が困るだろう。被害は小さい内に対処しなければならん」

「仰る通りです。御立派になられて……」


 ユリウスが横からウンウンと感心する事しきり。この爺さんには小さい頃から剣を習っていたからな。まるで息子を見る様な目で俺を見ているが気持ちは分からんでもない。


「よし、じゃあフィッソに向けて出発!」

「ハッ!」

「ハッ!」


 州兵二百余りを追加して再び前進を開始した。

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