ヴィオレット

 その日はウキウキし過ぎて朝まで眠れなかった事を今でも鮮明に覚えている。


 これからやって来る困難、それを乗り越える俺。

 拍手で称える国民達、それに手を振ってフッという俺。

 妻にして下さいと申し出る美女達、全員を快諾する俺。


 来た。俺の時代が。遂に ―――



「……ヴィオ様、アルタヴィオ様?」

「フッ」

「は?」


 は? あ、しまった。


 あれから何週間も過ぎているというのに未だにあの日の事を思い出して妄想してしまう。


 あの日以来、ヴィオレットアルタヴィオ(悪)は姿を見せなくなった。そのせいかどうかは分からないが、時々、俺が俺で無くなるような感覚を覚えていた。正確に言うとたまに全てを赦す神の様な心を持ってしまうというか……



「すまん。考え事をしていた。なに?」


 困惑気味の伝令だったが、再び敬礼ポーズをとった。


「申し上げます。ヴィクトリア王国内で現在、4つ問題が発生しております」

「ほう。では俺が全て解決してやろう」

「何を御冗談を。ここに丁度4人、揃っているではないですか」


 リーンハルトが笑いもせずに真面目くさった顔付きで言った。

 何だよ。俺じゃないの?

 ヴィオレットは一体何をしてるんだ。


「ひとつ目ですが本国最南端、パーレーンの海に大海賊モールが現れ、付近の街を脅かしております」

「パーレーンか。距離は遠いが転移装置ゲートの近くだな。モールが現れたのなら放っては置けない」


 リーンハルトが皆に説明する様に言う。


「ふたつ目はパーレーンと東のリマの中間地辺りに炎の精霊が大量発生、未確認情報ですが炎の精霊王の姿を見たという報告が上がっています」

「こりゃまたえれえ遠いな。だが相手が火なら俺が行こう」


 今度はヘルムトの奴が腕組みをしてニヤリとしている。あいつは水神と言われ、水属性最強の斧使いだ。精霊王なんて恐ろしい肩書き相手によくあんなにポジティブになれるもんだ。


「みっつ目は隣国エルゼニアとの国境付近の山の中にキュクロープスが現れたとの事です」

「キュクロープス……また手強いのが出たのね」


 愛しのシルッカ・メイリーが伝令を睨む様にして言う。3歳年上だけどそんなのは俺には何の関係無い。


「最後ですが最東端リマの更に東の荒れ地にダンジョンが発生致しました。早急にクリアし、封印が必要です。調査班の報告では難易度8との事で魔神級の主がいる可能性があります」

「そりゃやばいね」


 身を乗り出して短く答えたのは魔導士、オクタヴィア。やばいね、とか言いつつちょっとニヤリとしているのが腹立つ。


 だが確かにどれもこれもなかなかキツそうだ。腕に自信はあるものの、俺はまだ実践経験が無い。過保護なこいつらのせいで、だけどな。


「王子。私の方で仕分けてもよろしいでしょうか?」


 リーンハルトが決まりきったいつものセリフを言う。


「どうぞーー」

「ハッ。ではまず海賊モールは私が行こう。炎の精霊はヘルムト。だが無理はするな。本当に精霊王が顕現していたら俺に報告を入れろ。キュクロープスはシルッカが行け。これも複数体いる様であれば連絡しろ」

「分かりました」

「任せとけ」


 淡々と決まっていく。

 今回も俺の出番は無さそうだ。


「最後のダンジョンだがオクタヴィアの部隊だけではキツイだろう?」

「核となる前衛が足らないな」

「だな……」


 リーンハルトがチラッと俺を見て「そうだ」と言いながら何かを思い付いた様に手を打った。

 え? ひょっとして。遂に?


「ヘルムト。君の部隊にいたあの兄弟、オクタヴィアに貸してやってくれないか」

「あいつらか。そうだな、良いかもしれないな」

「すまないオクタヴィア、それでどうだ?」

「お釣りが来るね」


 あーー。まあそうだろ。

 ここまで過保護にされてんのにいきなり難易度8のダンジョンの前衛やれなんて俺に言わないよな。

 一瞬でも期待した俺がバカだったぜ。



 これがこの国の誇る一騎当千、最強の将軍達。

 その名も『ヴィクトリア四神将』だ。



 この日の軍議はそれで解散、彼らは出陣の準備に取り掛かり、王城は一気に慌ただしくなった。



 その日の夜。


 ベッドの上で頭の下に両手を置いて寝転がり、久し振りにため息をついていた。


「何だよ、結局出番無いじゃん」


 すると突然俺の下腹の辺りに胡座をかいた漆黒の美少女が現れた。


「ヴィオレット!」


 それは俺の中の悪の部分が具現化した奴。


 狂気を孕んだ赤い瞳で俺を見下ろし、ニヤニヤと笑うヴィオレットは……とても可愛かった。


『ハ、ハァ? どういう感想だ、お前』


 声に出さなくても考えてる事わかるのか?


『当たり前だろうが。アタシはお前だと言ったろう』


 お前の言葉もひょっとして?


『お前の頭にしか聞こえないし、姿もお前以外には見えない』


 そかそか。


 でだ。

 考えてる事がわかるなら何で俺が溜息連発なのかもわかるよな? お前、俺に言った事覚えてる?


『フフン。もう成果は出ている』


 あ、その自慢げな顔、ちょっと可愛い。


 じゃなくて! 今日も美味しいとこ、あいつらに全部持ってかれただろ!


『お前、あんなレベルの制圧出来んの?』


 む。いやだって俺未経験だし?

 自信はまあ、はっきり言って無い。


『だろ? むしろあれで四神将が出払う事になっただろうが」


 ん……あ!


 まさかお前が?

 それを見越して!?


『精霊王とダンジョンはたまたまだけど、大海賊モールとキュクロープスはアタシが仕込んでやった』


 な、なんと!

 お前、そんな事出来んの!?


『出来るさ。アタシの有能さを思い知ったか? ただ海賊とキュクロープスを、お前としまったけどな』


 切れて? どうゆう事?


『こうやってアタシが姿を現していてもはお前の人格に影響は無いが、アタシが誰かに取り憑き、操っているとお前と切れてしまう。つまりお前の人格から『悪』の人格が消えるのだ』


 へー。

 時折、神の様な心を持ってしまっていたのはこいつが切れていた時という事か。


 なるほど。今更ながら、ヴィオレットは本当になんだな。


『クックック。悪の、な? ……さてあと一週間も経てばもうひとつ問題が起きる。そっちはアタシが何かした訳ではないが……とにかく起きる。お前はそこで英雄への第一歩を歩め』


 おおお。

 ありがとう、俺!

 いや、ありがとう。ヴィオレット!


『クックック……』


 愉しそうに目を細め、口の端を歪めて笑うと彼女はスーッと空間に溶け込んで見えなくなった。

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