俺とアタシで英雄になる話 〜配下が有能且つ過保護過ぎて出る幕がなく悶々としてたら俺の分身(美少女・悪)が現れて出番を用意してくれた〜
南祥太郎
第1章 俺の中の悪、ヴィオレット
それは俺の中の《悪》
不意に現れたそいつは背が俺より低い。
体の線が細く、そのラインに膨らみと縊れがある。
腰まである黒のロングヘアー。
黒を基調に細く斜めに黄緑や紫のラインのあるブラウス、黒い膝丈スカート、黒いタイツ、黒いブーツ。
そして真っ赤な瞳と悪そうな笑みを湛えている形の良い唇。
つまりは女だ。
俺の美的感覚だと『性格はとても悪そうだがムッチャクチャ可愛い同い年の女の子』と言った所か。
それが突然目の前に現れた。
「は? 誰?」
『おや酷いな。今の今、契約した所だというのに』
ニヤリと笑って左手を肩の上から後ろ髪を横にかき分ける様な仕草でサラッと通す。
「はう! 俺なのか⁉︎ 声や仕草までそんな可愛くなって……」
話は半日程前に遡る。
◆◇◆◇
会議室。今日は1人だ。
最近よくここに入り浸っている。別に何かを議論したい訳じゃない。立案したい訳でもない。何故俺がここに入り浸っているか? それは……
バタンッ!
来た! ノックもせず唐突に扉を開く
これを待ってたんだ。
「あ……これは王子。失礼致しました」
俺はこの国の王子だ。嫡男なのでこのまま順調に行けばその内自動的に国王となる。だが今はまだ16歳。親父もピンピンしている。身動き出来なくなるまでに、やりたい事が俺にはあるんだ。
伝令であろう彼は手短に俺に一礼してから誰かを探す様にキョロキョロと部屋の中を見回した。
「きゃ、きゃま、構わないさ。どうした?」
焦るな焦るな。
「えっと……将軍達は……」
「残念ながら不在だ」
「そうでしたか。では城内を探して参ります」
頭を下げながら扉を閉めようとした。
「待て待て待て待て」
ようやく訪れたチャンス、逃してなるものかと急いで扉の方へ行き、にこやかに部屋の中へ伝令を招き入れる。
「遠い所大変だったろう。まあ座れ。まず座れ。よし肩を揉んでやろう」
えっ? えっ? と慌てる伝令を無理矢理椅子に座らせて肩の上に両手を置き、もう立ち上がれないように力を込めながら揉む。
「不幸な事に
「は、はぁ。ではえーっと……南の郊外の森に魔物が大量に発生致しました。街の住民には避難指示を致しましたが至急の応援をお願い致します」
またか。この所トラブル続きだな。
だが、クックック。
遂に出番だ。この俺のな!
「そうかそうか。それは困るだろう。国民に万が一の事があってはいかん。早速俺が行ってぶっ飛ばしてやろう」
「ええぇ⁉︎ それは流石に……」
「まずくない。王とは国民を守る為にいるのだからな。王子も同じよ」
「はぁ」
心の中でガッツポーズをし、渋い顔を取り繕って踵を返し、伝令が入って来た扉の方へ早足で向かった。
だがそこで立ち止まる。出口を塞ぐ様に1人の男が立っていたからだ。
「流石ですアルタヴィオ王子。今の御言葉、このリーンハルト、生涯忘れません」
グ……何て事だ……もう帰って来やがった。
リーンハルト・ウォルタニア、26歳。
女性的な整った顔を持ちつつ無敵の強さを誇る男。この国を支える4人の将軍の筆頭。
こいつ、つい先週、かなり遠くまで魔物討伐に出掛けた所じゃないのか。
「リーンハルト……帰り、早くない?」
「最近魔物騒ぎが多いので急いで帰って参りました。悪い予感が当たった、という所ですね」
間に合ってよかったです、と言いたげに眉を下げて快活な笑顔を見せる。
そのリーンハルトの肩に両手を置き、首を振った。
「リーンハルト。お前は帰って来た所だ。この件は俺に任せてゆっくり休め、な?」
「ハッハッハ、御冗談を。王子に働かせて休む兵士がどこにいましょう」
「『御冗談』じゃない。俺はお前に休んで欲しいんだ。お前がいなくなったらこの国はお終いだ。な? ここは俺に任せて」
「何とお優しい王子か。ですがそれを聞いたら益々引き下がれない、いや気力体力共に充実して参りました」
「いや、お前な? たまには俺の言う事を……」
俺がそう言いかけた時、リーンハルトの後ろからヌッともうひとり現れた。
「では私が行きましょう」
ヒッ。
リーンハルトは俺より頭ひとつ背が高いが、こいつはそのリーンハルトよりも更に一回り以上、縦にも横にもデカい。
「ヘルムト……何で、居るんだよ」
「妙な事を仰いますな。我らこの国に命を捧げております。休んでなどおられましょうか」
したり顔でそんな事を言う。
あ~~クソックソッ! 2人も将軍がいたんじゃとても俺の出番は無い。
「そうか……」
観念した。今日も無理だ。この感じじゃ明日も明後日も無理だろう。リーンハルトとヘルムトに「じゃあよろしく。いつもありがとう」と言い残して自分の部屋に帰った。
頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺める。
幼い頃から英雄の絵本や物語が好きだった。
英雄カース。彼の様になりたいと思い、武術の修行に明け暮れた。
だというのに、だ。
「あいつら、強過ぎるんだよなぁ……」
この国の将軍達は強い。特にあの4人だ。それはもう、ただただ強い。滅法強い。
個体の強さは現在、世界最強と言っても過言ではない。
彼ら4人の役職は世襲制だがその親達、つまり先代の将軍達が声を揃えて言う。「今の世代は世界最強だ」と。
俺だってかなり強い筈だ。個人的な感想だが王子としては世界最強じゃないか?
『世界一プリンス決定トーナメント』でもあれば優勝する自信がある。
だがさっきの様に彼らが俺を大事にし過ぎる為、俺には出番が無い。
俺だって人々を救いたい。
本音を言えば救った人達からワイワイキャーキャー言われたい。
もっと本音を言えば人々から『英雄アルタヴィオ』と称賛され、俺が崇拝する英雄カースの様に何人もの美しい奥さんが欲しいんだ。
「王子なんてつまんねえなぁ」
俺には弟や妹がいる。俺がいなくてもこの国は上手くやっていけるだろうが、突然いなくなったらあいつらが悲しむだろうと考えると簡単に家出とかは出来ない。
まだ16歳なのにもうこのまま朽ちていくしかないのか。親父も『救国の王』とか『炎の英雄王』とか言われ、若い頃はバリバリ戦場に出たと言っていたぞ。
ハァ。
いつしか夜になっていた。
今日こそはと思っていた為に落胆もでかい。ストレスは発散するどころか蓄積する一方だった。
「はぁ~~俺も英雄になりたぁい……」
溜息混じりに月に向かって言ってみた。
その時、突如として寒気が全身を襲う。
口から出た溜息がドス黒く変色し、空中を揺蕩っていたかと思うと徐々に形を成し、やがて人間の姿に変わった。
「うわっ」
腰を浮かし身構えた。
月の光を背に立つ真っ黒な影。
輪郭は人間のそれだ。
だが人間ではない。人間は溜息から出てこないからな。だがどこか見覚えのある姿をしている。目鼻口がないので感覚的なものだが。
「誰だ?」
俺は王家に伝わる腰の聖剣の柄に手を掛け、静かに腰を落とした。
『アルタヴィオ……よう、俺』
気持ちの悪い、二重に聞こえる声だった。
だがその声は聞き覚えがある。
「俺?」
『ふ~~フッフ。そう。俺は、お前だよ』
「何だこいつ」
いや、だがなるほど。何か聞き覚えのある声だと思ったら俺の声か。
『意外に平気そうだな』
「平気じゃない。チビりそうだ」
だがチビると英雄の資質を疑われてしまう。俺は必死で耐えていた。
そして感覚でわかる。こいつは
「斬るか」
『まあ待てよ。俺はお前だと言ったろう。お前の中の《悪》だ』
「で?」
『俺を斬るとお前も死ぬ』
「ほう」
何だこいつは。
突然出てきて俺はお前だとか。
実体が有るようで無い。
ユラユラと揺らめいて捉えにくい。
「で、何の用?」
不思議と素直にこいつを受け入れた。
言葉で表現するのは難しいし、現実的に信じられない話だが、とにかくこいつは俺の様だ。
『アルタヴィオ。どうだ、俺と契約しないか?』
「お前と、契約?」
『お前、英雄になりたいんだろ? 良い活躍の場を与えてやる』
「代償は? 契約と言うからにはあるんだろ?」
『話が早いな。フッフ。人々から英雄と呼ばれる様になり、お前の望みが叶った暁には俺と
「乗った」
『え。決断早くない?』
何とタイムリー。
流石は
こいつが出て来た原理はわからんが、とにかく俺に活躍の場を与えてくれるらしい。
こいつは俺の中の悪だと言う。
ならば入れ替わったとしても他人と変わる訳じゃない。本物の『アルタヴィオ王子(悪)』は存在するのだから親父や母さん、妹と弟にも分からんだろう。多少『悪い俺』になった所で反抗期位に受け取ってくれるだろう。そもそもこの国はリーンハルト達がいれば安泰だしな。
『まあいい。契約成立だな』
俺(悪)の姿が再び黒い煙に変わる。
少し揺蕩ってから消えていくのかと思いきや、不意に黄緑、紫、赤などの彩りを増やしながら形を変え始めた。
またも人の形を作りながらもさっきの俺の黒いモヤの様な輪郭だけの姿とは全く違ったものになり始める。
背が俺より低い。
体の線が細く、そのラインに膨らみと縊れがある。
腰まである黒のロングヘアー。
黒を基調に細く斜めに黄緑や紫のラインのあるブラウス、黒い膝丈スカート、黒いタイツ、黒いブーツ。
そして真っ赤な瞳と悪そうな笑みを湛えている形の良い唇。
つまりは女だ。
俺の美的感覚だと『性格はとても悪そうだがムッチャクチャ可愛い同い年の女の子』と言った所か。
それが突然目の前に現れた。
「は? 誰?」
『おや酷いな。今の今、契約した所だというのに』
ニヤリと笑って左手を肩の上から後ろ髪を横にかき分ける様な仕草でサラッと通す。
「はう! 俺なのか⁉︎ 声や仕草までそんな可愛くなって……」
形の良い脹脛の先にある小さな足の踵辺りからニョロッと細い紐の様な物が伸びて途中で一本になり、俺の頭と繋がっている様だ。
客観的に見るとかなり滑稽な気がする。
だが、可愛い。気に入った!
『気に入ったか? まあそりゃそうだろ。アタシの好みはお前の好みと完全一致だからな』
こいつ……さては天使!
と俺が思うのと同時に、彼女は小さく鼻で俺を笑った後、顎を上げた。
『アタシは《悪》だぜ? それは忘れない方がいい。暫くはお前のそのしょうもない望みを叶える為に力を貸してやるがな』
「分かった。お前に名前が欲しいな」
『はあ? アタシの名は
いや、そんなんじゃない。理屈としてはそうかもしれないが感情としてそれは嫌だ。
よし決めた。
「お前の名前は、『ヴィオレット』だ!」
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