第124話『非常なる決断』
「やむ終えん、この三人は置いていく。残ったワシらでトガレフを討ちにいくぞいっ」
「このメンバーでですか? 流石に無謀では??」
ピエタはグラウスを諭しつつ、マテウスに話を振ります。
「このままだとマガゾの民達がどんどん死んでしまう。一刻を争う事態じゃ、グラウスよ。マテウス、三人は時間がかかりそうか?」
「勇者様のおっしゃる通り、少なくともライカールトは、二時間ほどは目が覚めないでしょう。漣さんも。ペロッティさんは、何故か幸せそうな顔で眠っていますが・・・」
マテウスは顔をゆがめ、意識を失っているライカールトの頬に触れつつ、ペロッティの多幸感あふれる寝顔には違和感を覚えていました。
「ライカールトさんは、昨晩温泉で頭を強く打ったんです。その影響もあるかもしれませんね」
「頭を打った?? それは真か、グラウスよ?」
「はい、風呂場で転倒して、強打したようで」
「さようか・・・じゃがライカールトには、テレフネーションがある。意識を戻したら、二人を連れて、直に駆けつけてくれるであろう。あの殺人鬼のような状態になっていなければ、の話じゃがな」
「可能性に、かけてみましょう」
ピエタは意識を失った三人の身を案じつつ、騒ぎを聞きつけ「何事ですか?」と外に出てきたペイトの方を見ました。リッヒがペイトに声をかけます。
「ペイト、今倒れてる三人の近くに、断罪者の塔の場所を記した詳細な地図を置いておいてくれないか」
「うん。わかったよ、リッヒ」
この非常事態に、ただでさえ戦闘に不慣れな聖女は、怯えの表情を隠せずにおり、体を震わせていました。
「ライカールトはともかく、なんでクソ魔・・・漣とペロッティまで意識を失っておりますの??」
自らの過失に無知なアグニは、やはりきょとんとした表情で倒れている三人を見つめています。
「全部お前のせいだぞっアグニっ」
「まあ、この私が? 全く身に覚えがありませんことよ。罪を押し付けないで頂戴っ師匠」
そのときでした。ピエタは眉を尖らせ、残された仲間達を一つに集めると、激を飛ばし始めたのです。
「皆の者、聞くがよい! 戦いに勝利するには、情報を得ることが全て! 情報無き争いには、敗北以外ありえない!! 幸いワシらには勇者の特殊能力がある。まずはトガレフを解析し、手札を揃え、そして、戦略を練り、確実に勝利するぞ! じゃが戦さには、心弱き者は必要ない!! これから始まる大戦に挑む覚悟の無い者は、この場に残るがよい! お主たちの決断を、尊重するぞっ」
ピエタの力強い言葉に、他の者達は一瞬沈黙しますが、皆挑む覚悟は出来ていたので、動揺は見せず、その場を離れようとする者はおりませんでした。唯一、ハインだけは少し狼狽の仕草を見せましたが、リッヒに優しく肩を叩かれ、「大丈夫、お前は俺が守る」と言われ、安堵し、奮起しました。
「ハインよ?」
「いっ行きます。覚悟は、出来てますっ」
「うむ・・・ならよい。」
そしてリッヒが徐に前に歩み出て、やはり少し語気を強めてこう言いました。
「皆、俺の竜を使って、断罪者の塔のある砂漠地帯へ行こう!」
ピエタ以外の仲間達は、了解! と声を合わせて叫びます。大賢者の表情が少し和らぎました。
その後、空から巨大な羽を生やした黒い皮膚で立派な角と長い尻尾のあるドラゴンが地面に降りてきて、立ち尽くしていたアグニの傍に何故か顔を近づけてきました。アグニはあまりのことに瞳を丸くしましたが、何故か恐怖は感じませんでした。
「おわ、ドラゴンだっアグニちゃん、離れるんだっ」
勇者は現れた巨大な竜を見てとっさにアグニの手を掴むと、引っ張りつつ安全な位置まで下がります。
「でっでかい。しかもレベルが見えない・・・これは、魔王級なんてどころでは」
グラウスも、少しだけ畏怖の念を覚え、身構えます。
「安心してくれ。こいつは善良な竜だ。俺の命令しか聞かない」
「左様か。その竜で、目的地まではどれぐらいかかるのじゃ、リッヒよ?」
「かなり遠いが、二十分あれば、何とかなるだろう。念の為、竜をもう一匹置いていく。その竜も、断罪者の塔の場所を知っている。これで彼らが早々に目覚めてくれればいいのだがな・・・」
リッヒは腕を組みつつ、心配そうにつぶやきました。更にやってきたもう一体の黒色竜は、先に来たものと同様、体躯10メートルはあろうかという巨体でした。
「ペイト、もし三人が目覚めたら、私達は先に向かったって言っておいてね」
ハインがアジトから出てきたペイトに告げます。
「わかりました。皆さん、どうかご武運を・・・」
ペイトと残された仲間達は、倒れている三人の体を引っ張り、アジト壁の日影になっている部分で寝かせることにしました。急ぎのため、室内まで運ぶことは出来ませんでした。鎧を着込んだ重装備のライカールトや、胸当てをつけた漣の体が予想以上に重たく、リッヒと勇者、グラウスの三人がかりでも、壁際に動かすので精一杯だったのです。「三人のことは、僕に任せて下さい」とペイトが精悍な眼差しで大賢者に告げたため、一同は彼に後を託すことにしました。そしてピエタが再びこう告げます。
「皆の者、作戦変更じゃ。パーティーは分散させず、全員一丸で本体を見つけ、突撃することにするぞいっ」
一同はピエタの指示に同意し、そして各々思いを抱えつつ、巨大な竜の背に乗り込みました。ある者は畏怖、ある者は覚悟、ある者は虚無、ある者は飄々と、ある者は平常心、ある者は志高く、心中は微妙に差異がありましたが、皆マガゾ人絶滅の危機を防ぐ、という強い気持ちだけは一貫していました。特にリッヒとハインのマガゾ人二人は、ひときわその思いを強く胸に抱いていたのです。
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