第123話 『まさかのボス戦』

「つまりピエタちゃんのあれはプリン味のマシュマロっていうことで、いいね」

「うむ・・・その認識でよい」

 

 勇者とピエタが視線を合わせ、真剣な表情でしょうもない会話をしていた時、突然、アグニが天空を見上げ、男の声が入り混じった咆哮を上げました。


「どうしたのアグニちゃん、突然叫んで」


事態を飲み込めていない様子の勇者が、悪役令嬢と化したアグニに遠巻きに声をかけます。ハイン、リッヒにモントーヤトリデンテの二人も、アグニのレベルが突然不明状態になったことに驚いていました。


「不味いっ」

「まさか、こんなときに・・・」


 状況を理解したグラウスとピエタは身構えました。


「ふうう・・・・この某の力を押さえ込むとは、流石大賢者ピエタ、よくやってくれたなぁ・・・」

「なんじゃ、アグニの声に、男性の声が入り混じっておるぞい??」

「やはり凶悪化したんですよ、ピエタ様っすぐに人格変性呪文で押さえ込みましょう」

「うむ。確かアグニは凶悪化するとレベルが100倍に膨れ上がるんじゃったのう。今のアグニのレベルが見えなくなったから、恐らく10万ほどということか・・・」


「お嬢様、どうなさいました?」


 これまでとは違うアグニの様子に疑問を覚えた武人は、躊躇なく彼女に近づいていきます。



「ライカールト、馳走だ、馳走を持ていっ某は、空腹だ・・・」

「アグニお嬢様、お気を確かに」

「マテウス、お前も蜘蛛や蛇を持って来いっ今すぐだっ某は、空腹だ・・・」


 アグニに言われたマテウスは、彼女の全身から放つ異常な圧力に、畏怖の念を覚えていました。


「皆の者、アグニが暴れだすぞっワシとグラウスが全力で人格変性呪文をかけるから、それまでアグニを押さえ込むのじゃっ」

「気をつけて下さいっ今のアグニのレベルは10万ほどあります。下手に近づくと危険です」


「10万?? アグニが? リッヒじゃあるまいし。そんな人間、この世にいるの?」

「突然どうしたっていうんだ?」


 事態を全く飲み込めていないマガゾ人の二人は、心配そうにアグニを見つめます。


「ハイン、リッヒよ、説明は後じゃっお主らは避難せい」


 ピエタは聖女と竜人に下がるように指示します。


「むっ・・・・この臭い・・・魔族の血を持つ者がいるな? 魔族は一人残らず、皆殺しっ」


 そう呟くと、アグニは不可避の火炎球を漣に向かって放ちました。


「イグナ・ネオメガ・グラムスッ」


「えっ速っ」


「危ないっ漣っ避けろっ」


 勇者が漣に避けるよう促しますが、時既に遅し。彼女は胸当てに火炎球をマトモに食らってしまったのです。そして胸当ての一部は粉砕され、漣はあっさりと気絶してしまいました。


「しっかりしろ、漣、漣っ」


 ルクレは意識を失った漣を抱きかかえますが、彼女は既に反応がありません。


「なんという事じゃ、さっ漣が、漣が一撃で気絶してしまったぞい・・・・」

「しかもあの速度、不可避です。レベル10万の魔力は、あそこまでの領域にいきつくものなのですか?」

「今は無駄話している場合では無いぞっグラウスよっもっと魔力を極限まで高めるのじゃっ」

「失礼、承知しました」


 二人が魔力を高めている間、獣人化したペロッティがアグニを挑発し始めました。


「アグニ様、私をなぶってくださーーーーいっ」


「馬鹿もん、ペロッティッお主、殺されたいのか??」

「私が時間を稼ぎますっお二人とも、今のうちにっ」


「この臭い、獣人族か・・・某は、人間以外は・・・好きじゃないっ」


 そしてアグニは恐ろしい速度でペロッティに接近すると、豪快に彼を蹴り上げました。ペロッティは激しい痛みとマゾヒストらしく恍惚感に溺れつつ、地面に倒れ込み、意識を失ってしまいます。しかし、意中の人であるアグニから厳しい一撃を受けたことで、マゾヒストな性質の彼は時空魔法が強化され、更に新たな技や特殊能力に目覚めていたのでした。



「なんと、ペロッティまでも一撃で気絶してしまいおったっ」

「不味いっ最悪の事態です・・・」



「お嬢様、これ以上のお戯れはおやめ下さいっ」


 ライカールトは巧みにアグニの背後にまわり、彼女を羽交い絞めにします。



「黙れライカールトッ某に口答えするな」


 アグニは自らを拘束する武人の腹部に、全力で右ひじを打ち込みました。その一撃は強烈で、ライカールトも拘束こそ解かないものの、苦悶の表情を浮かべます。


「馬鹿なっあのライカールト殿を一撃で悶絶させるとは・・・本当にレベル10万なのか?」

「集中せいっグラウスっ」


 流石に手加減している場合ではないと判断したライカールトは、鬼となってアグニを更に力強く拘束しました。


「これでどうです、お嬢様??」

「むぐぐっ離せっ離せいっむ・・・そこの美男子よ、貴様を待っていたっ某に、某に子種を寄越せいっ」


 苦しみもがくアグニの視界にはグラウスが入っていたのですが、勇者が一方的に勘違いしました。


「え? 美男子って、ひょっとして、僕のことかな」


 既におりょうの加護で自分の身を守っていたリョウマが、とある策を思いつきます。


「そうだっピエタ様、グラウス。人格変性呪文の入った無明の破片を投げつけるぜよっ」

「そうか、その手があったかっ直にやってくれ、リョウマよっ」


 二人の指示通り、リョウマは人格変性呪文の入った無明の破片をカバンから瞬時に取り出し、アグニの頭部目掛けて投げつけました。


 すると、効果があったのか、彼女は本来の様子に落ち着いたのです。



「はうっ・・・あれ、私、一体どうしてたの。ちょっと、ライカールト何で私にしがみついているの? あなたの子種は要らないわよ? 離して頂戴っ」


 しかし、このリョウマが投げたSSランクの無明の破片には、他の下位ランクの破片よりも少し効果範囲が広い、という特徴がありました。本来ならアグニだけにかけるはずの変性呪文が、ライカールトにもかかってしまったのです。


「なっなんだ」


「ふっふっふっ」


「なんだか、今度はライカールト殿の様子がおかしいですよ??」


 不穏な気配を感じ、グラウスは再び身構えます。


「俺の名前は、リオネル・ライカールトだ。今から貴様ら、皆殺しっ」


「なっなんじゃとっ」


 驚くピエタ達でしたが、無理もありません。人格変性呪文は、対象の人格を逆転さるのです。究極の善人であるライカールトは、呪文の効果で冷酷な悪の殺人鬼になってしまいました。しかもこの人格変性呪文は、かければかけるほど、呪文が解けたときの反動が大きくなるのです。アグニが悪役令嬢に戻るたびに凶悪度が増していくのはこの為です。人格変性呪文を人にかけ続けた経験がないピエタは、この事実を知らずにいました。


「くっアグニの次はライカールトまでもがっ」


「おかしいぜよっうちはアグニだけを狙ったはずなのに・・・・」


「まずはそこのクズ勇者、いいや、悪魔の子よっ貴様から、ぶっ殺しだ!」

「悪魔の子だって? キミっ伝説の勇者に、随分な物言いじゃないかっ少しは敬えよっ勇者だぞ」

「敬えるかっ死ねっ」


 人格変性呪文の影響を受け、殺人兵器と化したライカールトは、アグニを放り捨て、斧を構えると、勇者に真正面から突撃して行きました。重装備の割に俊敏な武人に、勇者は虚を突かれ、その筋骨隆々の両腕で抱きつかれてしまったのです。


「しまったっ」

「まずは背骨からへし折ってやるぞっ」

「させるかっ」


 勇者はとっさに機転を利かせて煙の魔人を使い、ライカールトの拘束からゆるりと煙になって逃れると、元に戻り、空中で体を捻らせ、ライカールトの背後に回り、首を両腕で拘束し、締め落としにかかりました。完全に頸動脈に入ったため、武人は直ぐに意識を失ってしまいます。


「おお、見事じゃ、勇者よ」

「一体何ですか? 今の技は? というか、その動きは?」

「ちょいと首を絞め落として、失神させたよ。加減できなかったから、暫くは意識を戻さないと思う・・・」


「ライカールト、あなた、一体どうしたの??」


 倒れ込むライカールトに、マテウスは近づき、起こそうと体を揺すりますが、武人は反応を示しません。アグニはきょとんとしています。 


「一体何でだ? なんでライカールトもおかしくなってしもうたんだ??」


「気にするでない、リョウマよ。今はそんなことを考えている場合ではない」


「・・・とりあえず、これで残っているのは、私とピエタ様、勇者殿、リョウマ、マテウスさん、ハインさん、リッヒ殿、そしてアグニだけですよ。皆が起きるまで待ちますか?」


 グラウスはため息を吐きつつ、ピエタに意見を求めます。


「いや、急がねばならん・・・このまま行くぞい」


「では、一応三人の元に、超秘霊薬を置いていきましょう。万が一のときに使えそうですしね。リョウマっ例の超秘霊薬をっ」


「おうっばっちり増えちょるぜよっ」


 リョウマは昨晩グラウスから受け取った超秘霊薬を取り出し、気絶している三人の傍に人数分置いていきました。


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