第120話『マガゾ激震』


 翌朝、マクスウェルに代わり、新しくレジスタンスのリーダーとなり、民衆軍の代表となっていたペイトが、血相を変えて皆の眠るアジトへと駆け込んできました。

 そしていち早くピエタとペロッティの眠る部屋へ行くと、大賢者を叩き起こしたのです。


「んむ? どうしたのじゃ? ペイトよ・・・」


 まだ眠い目をこすり、あくびをしつつ、ピエタは顔色を悪くしているペイトに応答します。


「賢者様、大変です!! マガゾの、マガゾの国民達がっ象皮病に罹りはじめているんです!!! すぐに皆を起こして、集合させてくださいっ」


 ペイトの指示通り、すぐに起きたペロッティが他の仲間達を起しに向かい、レジスタンス地下のアジトにある会議室へと集合させました。


「それで、国民の容態はどうなのじゃ? ペイトよ?」

「すでに国民の2割ほどは感染して、酷い状態のようです。現在マガゾの精鋭医師団が全力で治療にあたっていますが、どうも普通の象皮病と異なり、強い毒性があるらしく、放置しておくと死にいたるらしいのです・・・このままでは、またマガゾはカラカタ病に続いて、再び死の病の蔓延する国に・・・うう・・・・。」


 ペイトは、まさにこの世の終わりといった様子で、集まっていた一同に、うっすらと涙を浮かべつつ、この国の惨状を嘆いていました。


「ふむう・・それは不味いのう。突然一体どういう事じゃ? 理解ができぬ」


 困り果てているピエタに対し、グラウスは冷静に語りだしました。


「ひょっとして、その象皮病、悪霊の祟りではないですかね」

「祟り? どういうことじゃ? グラウスよ」


「私とアグニが孤児院でハインさんが来るのを待っていたとき、トネリのいう象皮病に罹った少年を調べてみたんです。そうしたら、悪霊が現れて・・・幸い駆けつけてくれた漣さんが片付けてくれたのですが、その悪霊は、自らをトガレフに使役されてるとか何とか言っていました・・・」

「ええ、それなら私も聞いた。確かにグラウス君の言ってたとおり、使役とか何とか言っていたわよ」


 グラウスの言葉を裏付けるように、漣もピエタに告げました。


「使役? 悪霊を使役じゃと?」

「おそらく、今このマガゾ中で蔓延し始めている象皮病は、その使役されてる悪霊達の仕業ではないかと・・・」


 グラウスも、話している途中で、どんどん顔を青ざめさせていきました。


「なるほど。。。して一体どうすればよいのじゃ? 悪霊をマトモに退治できるのはグラウスだけじゃぞ? とても一人でだけでは手に負えん」

「もし今象皮病を蔓延させているのが、使役された悪霊たちなら、使役主であるトガレフを倒せば、皆に憑依した悪霊も全て消滅する可能性が高いです。そもそもその悪霊自体がトガレフの一部なわけですからねっ」


「そうか・・・では、ワシらは早急にトガレフを討たないとならないわけじゃな」


 ピエタも渋い顔をしていました。ペイトは困り果て、座り込んでしまい、マテウスとライカールトの二人に介抱を受けました。


「でもそんなどえらい数の悪霊を使役してるって。トガレフって、一体何者なの? グラウス君、魔族って、悪霊とか使役するわけ?」


 勇者は胸に浮かんだ問いをグラウスにぶつけます。


「いえ、魔族に悪霊が憑くことはあっても、そのような力は無いはずですが・・・」

「じゃあ人間っていう事?」

「いえ、霊を操るのは死霊使いの類ですが、人間ではなく、怪物です」

「じゃあ、トガレフは怪物なんだね?」

「さあ、直接見てみないことには何とも・・・」


 グラウスも、自分の理解の及ばない出来事に、困り果てている様子でした。


「困ったな・・・一体事前に何の魔綬をかけておけばいいんだ?」


 勇者も困り果てています。


「グラウス、その悪霊を使役できうる怪物って、どんな奴だ??」


 リョウマがグラウスに尋ねました。


「そうですね。超高位魔法使いとか、死霊使い、種族だと・・・エルフ・ドワーフ・ホビット族等が出来る可能性が考えられますね」

「なるほどね。純粋魔族の可能性は、少なくなってきたね。」

「このマガゾには、エルフもドワーフも妖精さんも存在しないよ、竜の国だからね」


 ハインは何故か陽気な調子で歌うように言いました。


「それホントなの? ハインちゃん?」

「本当でござい」


「禁断の地とか、禁足地にもか?」


 リョウマも思わず尋ねます。


「うん。エルフ達、精霊族は世界のどこにいるのかわからない、神聖な存在なんだよ」


 そのときです。ピエタが重い口を開きました。


「ひょっとしたら、そのトガレフという者、賢者かもしれぬ」


 それを聞いた一同は、衝撃を受けました。


「賢者ですって? ピエタ様と同じということですの??」


 アグニはピエタに詰め寄ります。


「断言はできぬが、トガレフという名前は、賢者の国ジャスタールの、大賢者のみ名乗る事が許されているのじゃ。ワシは純潔の血の持ち主だから迫害され、その名を頂けなかったがのう。」


「名前? それに一体何の意味がありますの?」


 何時になく渋い表情をするピエタに、無知なアグニは自然に尋ねました。



「うむ。そうじゃのう・・・この世界にはな、名乗る事によって特殊な力を得られる秘術が込められた名前が存在するのじゃ。クシャーダ言語という代物で付けられた物でな。その名を名乗る事によって、加護を受けたり、新たな力に目覚めたり、時には自らの精神に甚大なる大きな災いを及ぼすこともあるのじゃよ。トガレフという名は、そのクシャーダ言語で作られた特殊な名前の一つでな。その名を与えられた者は完全なる大賢者となり、強力な加護と膨大なる魔力、見識を得るとされておるのじゃ」


 大きな瞳を細めて語るピエタに対し、アグニはやはり理解力が乏しく首を傾げています。内容を理解した勇者が、ピエタに言葉を返しました。


「まあ、要するに、解りやすく言えば改名で運気向上とか、襲名制度とか、そういう類のことだよね? ピエタちゃん」


「うむ、まあ、その手の認識で間違いないじゃろうな」



 その話を興味深く聞いていたリョウマが、今度は自らが割って入りました。自らがリョウマというクシャーダ言語を知らぬうちに勝手に付け、強い加護を受けている事を、彼女は全く知らなかったのです。


「じゃあ、今そのトガレフって名乗ってるのは、ただの人間の賢者ってことがか?? それともクシャーダ言語を悪用してるだけの奴がか?」


 言葉を聞いたピエタは、更にゆっくりと口を開きました。


「それはわからぬ・・・真の賢者の資質は、善良な志の固まりの持ち主しか目覚められぬからな。しかも種族は関係ない。仮に魔族であっても、賢者になることは修練次第では不可能ではないのじゃよ。じゃがジャスタールで大賢者や賢者、魔法使いに選ばれた者は、ワシのような純潔の血を持った者を除いて、全員が国外へ出るのを禁じられておる」


「てことは、そのトガレフっていうのもピエタちゃんと同じく、国から追放された大賢者かもしれないってこと??」


 勇者はピエタを問い詰めます。


「その可能性も考えられる、ということじゃ。恐らく、グラウスが言っていた悪霊の中には、強力な邪気術が込められているはず。そうでも無ければ、悪霊が死の細菌を持って暴れまわるなどということは、考えられぬからのう」


 ピエタは苦渋に満ちた表情をしていました。


「私、どうしよう。あの象皮病、聖女の血も効かなかったんだよ? こんなことになったら、今度こそ、マガゾは終わりだよ・・・」


 ハインは瞳を潤ませていました。隣にいたリッヒも同様です。


「考えられるかぎり、最悪の事態という事は間違いない。賢者さん、何か策はないのか?!」


 リッヒがピエタに詰め寄ります。


「グラウスの言うとおりじゃ、今すぐトガレフを討伐する。これ以外の策はあるまいて・・・」


 その言葉を聞いた一同は、決意を固めました。そして、グラウスはこう話し始めました。


「せめて相手が賢者かどうかはともかくとして、種族とか、持っている能力とか、体質などが事前に把握できれば、ある程度戦略も練られるのですが・・・今のままですと・・・戦いが厳しくなる可能性がありますよ、ピエタ様」


 グラウスは渋い表情をしてピエタに目線を送ります。


 それを聞いた勇者ルクレティオが、徐に口を開きました。


「・・・今から言う事は、僕と漣達が大魔王理を沢山討伐して回ってきたから言えることだけど、そのトガレフって奴、相当きな臭い予感がする。僕、戦線離脱してもいいかな?」


「ならんっ勇者よ、お主は必須じゃっ最悪の場合、回復要員にもなるしのっ」


「わかってる、冗談だよ。回復要員は嫌だけど、とりあえず相手が仮に大賢者だとしても、種族がわからないんじゃ、話にならないね。相手の名前、種族、所持している特殊能力、特殊体質が解る能力か・・・・戦闘においてもっとも重要なのは情報だからね。情報無き戦闘には悲劇しか待ってないよ。相手の情報が解る能力、もしかしたら作る事が出来るかも知れない。僕が何か奴の情報が解るような能力を、今すぐ精製するよ」


 勇者の発言に、漣を除く皆が驚きました。


「能力を、精製?? 一体どういう事じゃ? 勇者よ??」

 

 ピエタが大きめな瞳を丸くしています。


「そんなことが可能なのですか? 勇者殿」


 ペロッティも、ピエタに続いて言葉を発します。


「ああ、出来る。僕の特殊能力、特殊能力精製を使えばね・・・・」


 勇者はやや悲壮感溢れる表情でそう言いました。


「まさか、ルクレ、あれをやる気なの?」


 漣が不安そうにルクレに視線を向けます。



「うん。どうやら久しぶりに新能力を作らないと行けないときがきたみたいだね。正直やりたくないけど」


 ルクレは不敵な笑みを浮かべました。


「確実に勝つには、魔綬が必須。敵が何者か解らないなら、何者か解る能力を作ればいいのさ」

「・・・ほんとにそんな人智を超えたことが可能なのか? 勇者よ?」

「うん。だって僕は、これでも女神の祝福を受けた伝説の勇者だからね。きっと上手くいくよ、任せてくれ」


 勇者は力強く、ピエタに言葉を返しました。 

 

 そしてルクレは、ペイト以外の仲間達をレジスタンスのアジトの外の大きな道路に連れ出しました。

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