第116話『冷遇勇者と悪役令嬢』
夜も更けた頃、眠れずにいた漣は、アジト内部を探索していました。そして開いた部屋の一室で、静かに座っている人間のペロッティの姿を目撃したのです。彼女はそんな彼に声をかけようと、室内に入りました。
「ペロッティ、まだ起きてたの?」
「ああ、漣殿。明日の事を考えると、眠れなくなりまして」
「私も。何か、妙な胸騒ぎがしちゃって。でも、地獄病、治ってよかったわね」
「そうですね。あれは本当に生き地獄でしたよ・・・もう二度と、あんな病気にはかかりたくありません。たとえ治してもらえるとしても、私は嫌です」
そう呟くペロッティの腕は震えていました。彼の心の中では、未だに地獄病の恐怖が残っている様子でした。
「ペロッティ・・・」
「漣殿、明日はお互い生き残りましょうね」
自らの内に孕んだ恐怖を押し殺し、ペロッティは美青年としての美しい笑顔を漣に向けます。
「ええ、生き残りましょう。あなたのレベル下げには期待してるのよ」
「それは嬉しいです。ありがとうございます」
「そうだ。実はこんな時間にあれなんだけど、私の、完全なる
「イミタゼーション? どんな能力ですか?」
「そういえば、あなたにはちゃんと説明して無かったわよね。私の特殊能力、完全なる
「それは凄く珍しい能力ですね。私は攻撃力は高くありませんが、回避率と素早さ、会心率の高さなら、皆さんの誰にも負けない自信があります。超聖櫃砕き《ネオ・アーク・ポゥ・トゥーレ》なら、一時間で200回程度はお見せできますよ」
「ホント? お願いできるかしら?」
「勿論、当日は本体を見つけるまでパーティーが別々になりますからね。ぜひ覚えていって下さい」
ペロッティは漣の申し出を受け入れ、レイピアに手をかけました。
「ありがとう、ペロッティ。紳士的で、優しくて、大好きっ」
「きょっ・・・恐縮です」
一方、虹色の勇者ルクレティオは、レジスタンスのアジトの直近くにある丘で、一人、パパイヤンのカジノの景品で手にいれた謎の穴を使用しようかどうか、思案していました。
「つ・・・使いたい・・・・だけどそれをしたら、僕の勇者としての尊厳が・・・」
「勇者様」
突然後方から、アグニが勇者に優しく声をかけました。
驚いたルクレは、思わず声を上げてしまいます。
「うわああっあっアグニちゃんっどうしたの? こんな夜中に?」
「ちょっと、眠れなくなりまして。夜風にあたりに来たのでございますわよ」
そう言うと、アグニは笑顔で勇者の横に座りました。
そんな彼女の姿を見て、ルクレは徐に、とある事を尋ねてみました。普段は明るく陽気なイケメンな声をした勇者様でしたが、そのときは、何故か柄にも無く、少し低音のカッコいい声を出していました。
「ねえ、アグニちゃん?」
「なんですの?」
「勇者の僕の事、尊敬してる?」
その問いに対するアグニの答えは明確でした。
「勿論ですわ。だって女神の祝福を受けた伝説の勇者様ですもの。それに美男子ですし、ぽっ」
アグニがそう言うと、勇者は瞳に涙を溜め込み、アグニの腰元に抱きつき、そしていつもの調子で捲くし立て始めたのです。
「ゆっ勇者様? 一体どうなさいまして??」
「聞いてよ、アグニちゃん。僕は、勇者なんだよ? 女神の祝福で選ばれた存在なんだよ? なのにピエタちゃんには回復勇者と揶揄されるし、リョウマちゃんは僕を撃ち殺そうとするし、漣は僕を見下すし、グラウス君は最近僕に冷ややかだし、ペロッティ君は僕のご飯の量を少し減らすし、ハインちゃんは能天気で何考えてるのかわからないし、マテウスちゃんには振られるし、ライカールト君には存在を否定されるし、リッヒ君はやたら上から目線だし、ゼントの糞野郎なんか、僕を、この僕の事を、勇者のクセに生意気だっとか言いやがったんだよっ皆、皆、僕という人間を敬う気持ちが、無さ過ぎるんだよっ酷いと思わないかいアグニちゃん? 僕は仮にもこの中央世界の危機を救った英雄なんだよ? 女神の祝福を受けた伝説のぉっ勇者なんだよ? 特攻魔法が使えるんだよっ色んな能力持ってるんだよ??? 神魔法だって、直に使えるようになったよ?? とにかく皆には、もっと僕のことを、ピエタちゃんのように敬って欲しいわけなんだよおおおおっ」
涙ながらにそう訴える情けない男、勇者ルクレティオに、それは日ごろの行いの所為では無いかとアグニは少し思いましたが、口には出さず、爽やかなイケメン顔の勇者様に聖母のような微笑みを返しました。
「うう、全くキミだけだよ、僕を尊敬してくれるのはっ」
「私はお父様と同じぐらい、勇者様を尊敬しておりますわよ」
「ホント、嬉しいよ。ありがとう、アグニちゃん。お父さんと同じぐらいなんて」
「だって私、お父様が本当に大切なんですもの。お父様を守るためなら、この命だって、惜しくないぐらいですわっ」
それを聞いた勇者は、アグニから体を離し、涙を拭い、話し始めました。
「お父様が、大切か。・・・僕は、両親も、妹も、親族と、友達も、皆異世界の理に殺されてしまったからね。家族や妹の生首を、見せつけられたよ・・・」
「まあっ残酷・・・」
アグニはその話に驚き、思わず口元に手をあてました。
「僕のお父さんは、柔道っていう僕の異世界にあった武術の達人でね。だから僕は、子供の頃からずっと柔道を叩き込まれていたんだ。子供の頃の夢は、プロの柔道選手になることだったんだよ」
「柔道? それって一体何ですの?」
「人を投げ飛ばしたり、間接を決めたり、寝技っていう奴で押さえ込んだりするのさ」
「まあ・・・なんか、私がファルガーに叩き込まれた格闘術とは、ちょっと違う感じですのね」
「まあね。ちょっと特殊な技術の技だから。中央世界にも存在しないみたいだし。アグニちゃん、体術得意そうだから、いつか機会があったら、僕が教えてあげるよ」
「ぜひお願い致しますわ。それにしても、仲間が皆殺しにされるなんて・・・悲惨ですわね」
「うん・・・あの光景を見せ付けられたときは、流石の僕も堪えたよ。今はもう、漣しか仲間は残って無いしね・・・」
そう語る勇者の瞳は、一瞬影を含みました。
「勇者様は、あのクソ魔・・・漣の為なら、死ねますの?」
「さあ、どうかな・・・。昔ならともかく、今の僕は、死ぬのは御免だからね。自分の命が一番大切な男になっちゃったから。明日、そういう局面が来ない事を祈るばかりだよ」
「そうですわね」
「ところでアグニちゃんは、何か夢とかあるの?」
「ございます。私には、素敵な殿方から子種を沢山いただいて、モントーヤの血を残すっという重要な使命がございますのっ。私はお父様の一人娘ですから。モントーヤの血を絶やす事のないよう、子孫を繁栄させたいんですのよ。誰でもいいわけではありませんわっ」
必死な剣幕でそう訴えかけるアグニに、流石の勇者も引き気味でした。が、
「そっそっか。じゃあ、その素敵な殿方とめぐり逢うまで、アグニちゃんは死ねないね」
「勿論ですわ。勇者様も、明日の戦いも、これからも、絶対に生き残りましょうっ」
「う~ん、それはどうだろう。僕は、常に魔族に狙われてる身の上だからね。アグニちゃんにはまだ希望があるけど、僕には、多分、もう無い。ドラガリオンを封印された僕なんて、ただの羽虫程度さ」
勇者は物悲しい表情でそう語りました。
「そんな勇者様、自分を卑下するようなことは、おっしゃらないでっ」
「ああ、ごめんね。なんか、僕達、似てるよね。お互いに死と戦ってるところが。僕はもう無理だと思うけど、アグニちゃん、キミにはまだ希望があるから。僕が勇者の力で、とりあえずキミを日ノ本までは連れて行ってあげるよ。だから明日の戦いは、絶対お互い生き残ろうね」
「はいっ勇者様っ」
話が終わると、勇者は徐に立ち上がりました。
「さて、そろそろ寝ようかな。じゃあね、アグニちゃん。お休み~」
「では、私は外に行って魔物狩りに行って参りますわ」
「えっこんな時間に一人でかい? 僕も行こうか? 回復ぐらいならしてあげるよ?」
「大丈夫ですわ。アイテムもリョウマから沢山買いましたし、獣人族は、レベルと攻撃力が極端に高いだけの雑魚ばかりですもの。今のこの私の魔力なら、一発か二発で屠れますわよっ」
「・・・そっそうなんだ・・・・なんか・・・すごいね・・・」
「それではまた明日」
「ああ、また明日ね」
そしてその夜、アグニは一人で獣人族相手に明け方までレベル上げを行い、自らのレベルを一気に1000にまで引き上げたのです。
この世界の怪物達も、戦闘に勝利することによって様々な恩寵を受けることができます。アグニはその恩寵によって自らの素のレベルを上げる事が出来る唯一無二の存在ですが、他の者達も、恩寵を授かる事により、様々な技や魔法、特殊能力等を習得しやすくなります。素のレベルが低ければ低いほど、基礎体力は高レベルの者達に比べ大幅に劣りますが、その分得られる恩寵は大きくなり、強力な技や魔法、特殊能力等を習得しやすくなるのです。唯一アグニだけがその例外です。彼女だけは、どんなにレベルが上がっても、戦闘によって得られる恩寵は、少なくなるどころか、むしろレベルが上昇していくほど膨らんでいくのです。
そんなアグニは、神魔法のイグナ・フラーが使えるようになりました。更に幾つかの新たな特殊能力も身につきました。
そしてレベルが1000を超えたことで、凶悪化の特殊体質が強化され、真凶悪化となりました。
これによってアグニが凶悪化し、本来の悪役令嬢に戻ると、レベルが1000倍に、魔力が1万倍に跳ね上がるようになったのです。
ただその事実を、本人も仲間も知らないことによって、大激戦を前に、大惨事が起きてしまうことになるのです・・・。
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