第114話『混浴風呂で大騒ぎ・前編』

 決戦を控えた前夜、アグニ一行はマガゾの名物の一つである温泉に入る事にしました。マガゾ人の温泉好きは有名で、カラカタ病が蔓延する前は観光客が温泉に多数訪れていた経緯があります。そしてマガゾ人は裸を見られることに抵抗はなく、温泉は木製で作られた簡単な敷居はあるものの、基本的には混浴なのです。


 混浴である事を知った漣は、ありえないといった表情で叫びました。


「信じられない!! 私は入りたくないわっそもそも温泉なんて信じられないっ私の国ではシャワーだけで・・・」

「まあまあそういわず、入らんか。温泉は気持ちがよいぞ」


 温泉好きのピエタの説得に渋々応じ、漣は更衣室で胸当てを脱ぎ始めました。


「入るのはいいですけど、男女入れ替えにしてもらえないかしら」

「お主も意外と我侭じゃのう」

「普通の事を言っているだけです!!」


 更衣室も特に敷居のような物はなく、男女が同じ室内で着衣を脱ぐ事になるのです。


 この世界の温泉は混浴が常識である事を知ったルクレティオは鼻血を出して喜びました。


「嘘だっ夢みたいっこんな機会はもう二度と来ないぞ~」


 それを聞いたリッヒは、ルクレに忠告しました。


「我々マガゾ人は裸を見られることを躊躇ったりしないが、触ったり、あまりジロジロ見るのは良くないぞ」


「リッヒ君。僕とキミとの仲じゃないか。そんな固い事言わないでおくれよ~、一緒に楽しもうって」


「馬鹿な事を言わないでくれ、俺はそんなことをしたりはしない。というか、大した仲でも無いだろうが」


 リッヒはルクレを冷たくあしらいました。


「合法的に女の子の体が見られるんだよ! こんな素敵な事ってあるかい?? 無いだろ? これは千載一遇のチャンスだよ!!」


 他の男子達がもくもくと着衣を脱ぐ中、ルクレティオは延々と同じことを叫び続けました。

  

「全く、勇者殿ときたら、嘆かわしいな」


 グラウスは、ルクレにほとほと呆れはてたといった様子で呟きました。


「ちょっと! こっち見ないでよ、変態!」


 さっそく生着替え中の女性陣の方に、恥ずかしそうに視線を向けたルクレティオは、漣に石鹸を投げつけられました。が、勇者は煙の魔人でいとも容易く避けました。


「くっ! まったくもう、能力を悪用ばっかりして!! 少しは正しい事に使いなさいよね!」

「いいじゃないか漣、ちょっとぐらい。キミは、その、本当に胸が綺麗だね~」


 胸当てを外していた漣と、すでにシュミーズのアグニの後姿を、ルクレは少し鼻血を出しつつ、見つめます。

 その視線に気がついたピエタは土魔法による防御障壁を唱え、男性陣と女性陣の間に敷居を作りました。


「あっ畜生!! ピエタちゃん、ひどいよ!! そのバリアを消しておくれよっ」

「ひどいのはお主の方じゃろうがっ礼節をもたんか、礼節を!!」


 シミーズ姿のピエタはルクレに説法しますが、彼は言う事を聞きません。


「そうだ、こんなもの、透明になって~、煙の魔人ですり抜けちゃえばいいんだな」


「馬鹿な事を言ってないで、そろそろ入るぞ」


 ルクレが能力を二つ同時に使おうとした瞬間、リッヒが彼の腕を掴んで湯船に連れていきました。グラウスとペロッティはすでに湯に浸かっていました。


 「ああもう、くっそう!!」


 ルクレは悔しそうに指を鳴らします。


 そして温泉に浸かった一同は、旅の疲れを取り、満足げでした。


 徐に、漣がアグニに話しかけます。


「アグニ、トネリ君のとき、私をかばってくれて、本当にありがとうね」


「なっ私は別に、あなたの為に言ったわけじゃないわっ」


「うふふ」


 そっぽを向くアグニを見て、漣は大人びた笑みを浮かべました。


「いや~~~たまるか~~~こいつはめっちゃ良い物だな~~」


 すっかりリラックスした状態のリョウマは、極楽気分でした。


「リョウマって、ホントに胸がないわね~」


 湯に浸かるリョウマの上半身を見たアグニは笑いました。


「ほたえなっこれでも最近少しは膨らみかけてきたぜよ! ウチの成長は、これからだっ」


「ホントかしら?」


「本当じゃい!」


「これ、喧嘩はやめんかっちゃんと湯に浸かって疲れを取るのじゃぞ。明日の戦いは、きっと想像を絶するものになるからのう」


「そうよ。よく解らないけど、相手は強敵よ、強敵。油断はできないわ」


 漣は強く凛凛しい眼差しで女性陣一同に視線を向けました。


「私は回復専門術士です。回復は全て私に任せて、皆さんは攻撃に集中してくださいね」 


 マテウスはにこやかな笑みを浮かべ、言いました。


「よ~~し、明日は撃って撃って撃ちまくるぜよ~~!!」


 リョウマは立ち上がり、拳を天高く突き上げました。


 一同は、あえてゼントの死に触れようとはしませんでした。この戦いが無事に終わったら、彼を弔う儀式をしよう。大賢者のピエタは、一人そう考えていました。


「うおー、この敷居、隙間があるよ! 隙間がっ」


 ルクレは敷居の隙間を目ざとく見つけ、湯船につかる女性陣の様子を眺めようとしました。


「おい、ルクレ。そういうことはやめろよっ」


 リッヒがルクレを注意しますが、彼は言う事を聞きません。


「何言ってんだよ、リッヒ君! キミは女の子に興味ないわけ??」


「いや、そういうわけじゃないが・・・・分別、というものがあるだろうが」


「分別なんてどうでもいいよっ! こんな絶好の機会、逃すわけにはいかないんだよぉっ」


 ルクレは透明になり、敷居の隙間から湯につかる女性陣を覗こうとしました。


「やれやれ・・・勇者様があれでは、明日の戦いが思いやられるな」


 グラウスは一人嘆息します。


「大丈夫ですよ。勇者様なら、きっと活躍してくれるはずです」


 グラウスの隣に浸かっていたペロッティが、ルクレを擁護しました。


「なあリッヒ殿、トガレフ・・・・あいつは、やっぱり魔族、なのかな?」


 グラウスは胸に秘めていた不安を、リッヒに投げかけました。

 ペミスエと相対して、魔族の恐ろしさを改めて痛感していたのです。


「分からない。あの強さは魔族のそれだが、異なる可能性もある。体毛が濃いから、やっぱり俺は魔族と獣人族の混血児ではないかと思ってる。でも悪霊を飛ばしてきたし、その正体は皆目検討がつかない、というのが正直な意見だ」


「(混血児・・・悪霊・・・検討もつかない相手か・・・レベル70しかない私が戦える相手なのだろうか?)」


 グラウスは天を見上げ、明日の戦いに想いをはせるのでした。相手はレベル99999の今だかつて見たこともないような相手です。グラウスは、ピエタに言われた言葉を反芻しつつも、内心恐れを抱き始めていました。

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