第98話『竜姫』

 新しいレジスタンスのアジトに一同が向かっていた頃、ゼントは墓参りにやって来ていました。

 そこには六年前の冒険で死亡した仲間達の墓があります。


「ハツラ、オノエ、バラ・・・そして。。。ウジョウ。帰ってきたぞ」


 ゼントは1人呟き、夫々の墓標に綺麗な花を飾り、手を合わせていきました。


 ヤガミ・ウジョウは女性で、当時まだ少年だったゼントの初恋の相手でもありました。夕闇の塔に行く前、ゼントに今は無き高級な剣を買ってくれたのもウジョウでした。


 以下はその時の回想です。


 当時十二歳の少年だったゼントは、陽気で美しいヤガミに手を引かれ、武器屋へと足を運びました。


「剣なんて、もう持ってるからいらねぇよっ」


「だ~め。いい、ゼント、今回の任務はあなたがとっても重要なんだから、とにかく最高級の剣を買いましょう」


 そう言うと、ヤガミ・ウジョウは店員に一番切れ味の良い剣を下さい、と、溌剌とした声で言いました。彼女はその美しさから周囲からよくヤガミヒメ等と呼ばれていることもありました。


 剣を受け取ったウジョウは、ゼントと目線を合わせ、優しく購入した剣を差し出します。


「ほら、持ってみて。あなたチビだけど、きっと使いこなせると思う」


「チビは余計だっ」


 悪態をつきつつも、剣を抜き、巧みに振るうゼントの姿を見ていたヤガミは、非常に嬉しそうでした。


「ゼント、所詮剣なんて使い捨てになるんだから、手加減なんかせずに、とことん使いたおすのよ! わかった?」


「ああ、わかった。でも、大事に使うよ」


「うん、まあ、できるだけ大事にね」


 そう言って、ウジョウはゼントに優しく微笑みました。その笑顔を見た幼き日のゼントに、かすかな心の揺らぎが生まれたのですが、それが恋であるとは、当時の彼には知る由もなく、そして戦場で、ヤガミヒメことヤガミ・ウジョウは帰らぬ人となってしまったのです・・。


「ウジョウ・・・・お前に買ってもらった剣、失ってしまったよ・・・すまん」



 昔の事を思い出し、まるで独り言のようにゼントは言葉を発すると、十束剣を抜き、猛毒状態のまま地面に突き刺しました。すると周囲の風に煽られた枯葉の挙動が止まったのです。


「世間は・・常かくのみとかつ知れど、痛き情は、忍びかねつも・・・・」


 ゼントは猛毒状態のまま、自らの心中を思う歌を詠み、宙を見上げました。



 その頃、マガゾの首都王金にある要塞内将軍の部屋では、リッヒ・シュワルツァが亡霊兵士からレジスタンスアジト襲撃失敗の知らせを受けていました。


 尖がった髪型に鋭い眼差しをした美男子であるリッヒは、亡霊兵士達に、引き続きアジトを探し出して襲うよう指示を出しました。


 そして調度品に囲まれた室内でも異質の大きな鏡の前に立ち、何者かと会話を始めました。


「トガレフ様、申し訳ありません。作戦は失敗に終わりました」


「ふむ・・・・そうか。気にするな、まだ策はこちらにある。リッヒよ、今後も我の手足となり動くのだ」

 

「はっ」


 リッヒは畏まった調子でそう言うと、鏡から離れ、部屋の奥の窓から見える魔導雲に視線を投げかけました。獣教の教祖、トガレフは表向き民の味方をしていながら、その裏では軍部と接近し、彼らを巧みに操っていました。そしてリッヒも彼の傀儡と化してしまっていたのです。


「レジスタンス・・・次はどんな手で来るつもりだ?」


 新しいアジトの目の前には、それぞれ色の異なる五匹の大き目の竜が鎮座していました。


「あ、あなた達~、来てたんだね~」


 ハインは竜達に近づいていき、頭を撫で始めました。


「一体なんじゃ、その竜は?」


「この子の名前はウンゴーリ。アンシャーリーの子供なんだよ~」


 ハインは溌剌としていましたが、どこか気の抜けた調子の声で言いました。しかし、その言葉にルクレティオが過剰な反応を示しました。


「え?? ウンコ??」

「ウンゴーリッ」

「馬鹿もんっ」


 ピエタは杖でルクレの頭を強めに小突きました。


「勇者ともあろうものが、ウンコウンコなどと、下品な言葉を申すでないっ排泄物と言わんかっ排泄物とっそもそもウンコという言葉はな、品性の欠片もない俗人が使う言葉じゃっ。お主も勇者なら、二度とウンコなどど申すでないぞっウンコと言ってはいかんぞ、ウンコとっ」

「ピエタちゃんの方が連呼してるじゃんかぁ・・・でも、ごめんね、ハインちゃん。ちょっとウン・・、じゃなかった。排泄物の色の皮膚してたから、つい・・・」

「いいの、平気だよ。気にしないで。私も少し思ってたからねぇ」


 そう言って、ハインは笑ってその場を和ませます。


「この茶色い竜がウンゴーリ、赤い竜がマンゴーリ、黄色い竜がチンゴーリ、黒い竜がヴァギゴーリ、白い竜がシッコーリだよ」


 それぞれの竜を紹介していくハインでしたが、ルクレティオはその名前の際どさと可笑しさに、笑いを堪えるのに必死でした。


「この子達はリッヒの竜なんだけど、突然彼の言う事をきかなくなってしまってねぇ。今は私が面倒を見ているんだぁ」


「一体何を食べるんだい?」


 ルクレの問いかけに、ハインは明るく、綺麗な空気と簡素に答えました。


「竜にはね、食事はいらないの。綺麗な空気か、ただ優しく撫でてあげるだけでいいんだよぉ」


「お主、随分竜に精通しておるのう」


 驚きの表情を見せるピエタに、ハインは更に驚くべき事を口にしました。


「私ね、実はクシャーダ人だったの。そのときはお姫様でぇ、アメノウズメっていう名前だったんだけど、昔一度殺されちゃったんだぁ。でも同じ時代を生きてたリッヒに蘇らせてもらって、この時代に純潔の血を持って転生してきたんだよ~」


「なんじゃと? 純潔の血? 転生? それは真か?」


 ピエタは酷く驚いた様子でハインに言葉をぶつけました。


「うん。リッヒも私の後を追って、この時代に転生してきたの」


「なんと、お主、年は幾つじゃ?」

「わかんないです。六年前までは、15歳で、それから年齢が止まってしまって。8000年ぐらいは今の状態のままみたいなんですぅ。なんか純潔の血を持つ人って、凄い長寿で、若いときが長いらしいですからね~。最近怖くなってきちゃいましたよ~あんまり長生きするのもな~って」


 ハインはとても上品で色気をもかもし出す体は成熟しきった細身の聖女ですが、やはりどこか人としては欠陥があるようでした・・・。


 ハインとピエタが話しこむ最中、唐突に、アグニの脳内にファルガーが語りかけてきました。


「あっファルガー? どうしたの? え? ライカールトがこっちに向かっている?」


「どうしたの、アグニ。独り言なんか言って」


 漣が疑問に満ちた表情を浮かべていました。


「交信術よ。ファルガーの特殊能力なの」


 丁度その時でした。歩行によって重厚な鎧の軋む音が聞こえてきたのです。その正体は、魔族殺しのライカールトでした。    


「アグニお嬢様・・・。探しましたよっ」


「ライカールト!!!」


 アグニはライカールトに駆け寄り、抱きつきました。ライカールトは両手に抱えた宝箱を地面に置いて、彼女を優しく受け入れました。


「また来てくれたのね、嬉しいわ~」


「モントーヤ公からのお届け物でございます。どうぞお納め下さい」


 ライカールトはアグニを抱き終えると、早速地面に置いた宝箱を拾い上げ、蓋を開けました。そこには一億ジェルと魔法の手袋が入っていました。


「まあっこの手袋、すごい素敵っねぇマテウス?? あなたもそう思うでしょ?」


「ええ、とても素敵ですよ、お嬢様」



 マテウスは美麗な笑みを浮かべて相槌をうちます。

 アグニはさっそく手袋を装備しました。


「気に入っていただけて光栄です」


 ライカールトは嬉しそうに笑いました。そしてマテウスに視線を合わせ、互いに無事を確認し合いました。


「ライカールトよ、また来てくれたか、ありがたい。実は少し面倒な事になっていての・・・」


 ピエタはライカールトにこれまでの顛末を語りました。


「なるほど。モントーヤ公から命令を受けました。アグニお嬢様が旅先で困っていたら助けになるようにと。このライカールトも、微力ながら皆様に協力したいと思います」


「おおそうか、お主が居てくれれば、非常に心強いわいっ」


 ピエタは安堵の表情を浮かべ、ライカールトに手を差し伸べました。ライカールトは満面の笑みを浮かべ、ピエタの小さな手を優しく握りました。


 マクスウェルはライカールトの唐突な出現に驚き、閉口したのでした。

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