第97話『狂気の首長』
「アグニ、どうした?!」
「リョウマ、大変なの! グラウスが左腕を失ってしまってっ」
アグニは必死にグラウスに起こったことをリョウマに説明しました。
「心配しないで、腕ならあるわ。聖女様に接合してもらう、とか、できないかしら??」
焦燥感に捕らわれたアグニとは対照的に、漣は冷静に自らの短いスカートを切り裂いた布で包んだグラウスの腕を、リョウマ、ペロッティ、そしてやって来たペイトの三人に見せました。
「なんということでしょう、直にハイン殿を呼んでまいりますっ」
ペロッティは、急ぎ足でアジトの方に向かっていきました。
それから時を前後して、魔族の住処となったブリジンの城の魔人の間で、玉座に座すザンスカールとザルエラが対面していました。
「どうしてキミが直接行かなかったんだい? ザルエラ君?」
「この私が行こうとしたのですが、ペミスエの方が、自分が行くと。私と二人で行けば一番かと思いまして・・・」
「つまり、この首長である僕の命令を完全に無視した独断、というわけだね?」
「申し訳ありません・・・」
ザンスカールにとって、ペミスエの死は誤算でした。スナイデルには優しい母親が必要だったからです。しかし、魔族の長である彼は、ザルエラとの価値観の相違、不協和音から、彼の死を強く望んでいました。魔族が同族を殺すことは禁忌とされています。そのため、ザンスカールは、ザルエラに戦場で死んでほしいとずっと考えていたのです。出来れば勇者と相対し、そこで彼が戦死することを期待していたのですが
、異なる結末となってしまいました。
「・・・僕は言っただろう? 勇者君を舐めるな、と。結果的に、僕達は、また大事な命を大量に失う事になったんだよ?」
「・・・返す言葉も、ございません」
額に汗を流しつつ頭を垂れるザルエラを見たザンスカールは、左腕にかかえたぬいぐるみをなでつつ、更に話し始めました。
「ザルエラ君。キミもわかっているだろう。このオフェイシスにおいては、人間こそがマナにとって負の源泉であり、万物の理を乱す象徴であることをさ・・・」
「・・・承知しています」
「いいや、君は理解していない。君が考えているのは、人間の滅びだろう? だがそれは間違いだ。マナが生み出される力の根源は、人間達の幸福感。マナを調律する立場である僕らの目的は、人間達の滅亡じゃない。彼らに圧倒的な絶望感と、恐怖を植えつけ、押さえ込む事だ。彼らが幸福感を覚えれば覚えるほど、世界のマナは増えていき、この世界は崩壊に近づいていくんだよ。幸福や豊かさを求め続けた先にあるものは、滅びしかない。だが愚かな人間達は、清貧を許容しない。どこまでも、どこまでも、貪欲に、欲望のままに豊かさや幸福を享受し続けようと動く。だからこそ、僕達魔族が管理するしかないんだよ・・・」
「管理して、絶望を・・・」
「植えつける。そして、恐怖で押さえ込み続ける。僕達、魔族の目的は、人間達の絶滅じゃない。生かさず、殺さず、永遠になぶり続けることさ。だが今回のキミの行動は、少し行き過ぎている、と僕は考えている。いい加減、解ってくれないか」
「・・・理解はできますが、納得はいきません。やはり人間は、滅ぼすべきと・・・」
ザルエラは全身から放たれるザンスカールの圧に怯え、額からは汗を激しく噴出させつつも、いつものように自らの持論を述べようとしました。
ザルエラに視線を送るザンスカールは人間と変わらぬ姿をしており、漣と同じ髪色をした、この世の物とは思えぬほどの美しさと高潔さを兼ね備えた、ゼントに負けず劣らずの美青年です。
しかし、右腕は例によって白骨化しており、左腕にはうさぎのぬいぐるみを抱いていましたが、何とも形容しがたい異様な雰囲気をもかもし出しています。
「全く・・・それ以上、話は聞きたくない。終わりにしよう。君には失望したよ、今度こそ上手くやってくれると、信じていたのに」
「申し訳ありません、ザンスカール様。次こそは、必ず作戦を成功に導いてみせます」
「あのさ、君、次なんて機会があると思ってるのかい? ザルエラ君、僕はね、今、もの凄く怒ってるんだよ? 僕の大事な部下達が、キミの独断と失策で、一体何人死んだと思ってるんだい?」
「申し訳ございません、ザンスカール様。実はもう一つ、悪い情報がございまして・・・」
「・・・なんだい?」
酷く無粋な調子で、ザンスカールがザルエラに応答しました。
「実は・・・スクナ・コネホが・・・・殺されておりました・・・」
「なっ・・・何だとっ」
ザンスカールはぬいぐるみを抱えたまま、思わず玉座から立ち上がりました。
「一体どういうことだ? 誰にやられたっ」
「詳しい事はわかりませんが・・・ミネルバ州で、墓を見つけまして・・・相当な数の刀傷と、頭部に、恐らくは神魔法によると思われる大火傷を負っていました」
「なんということだ・・・彼ほど優秀な魔族が殺されるなんて・・・あり得ない」
「良くない話ばかりで、大変申し訳ございません・・・」
ザンスカールは、白骨化した右拳を握り締め、溢れる怒りと喪失感を、ザルエラにぶつけました。
「ねえ・・・ザルエラ君。君に、首長としての罰を与える。右腕と左足、どっちを食べて欲しい?」
そう言葉を吐いたザンスカールは、正に狂気に満ちた笑みを浮かべていました。
「う・・・でっでは、左足で・・・お願いします・・・」
ザルエラの言葉に弱さを感じたザンスカールは、ぬいぐるみを抱いた左腕の指先をちょいと動かしました。すると、なんとザルエラの右腕が切断され、魔人の手中の白骨化した右腕におさめられたのです。そしてザンスカールは、ザルエラの腕を思い切り良く食べはじめました。
「ふむ・・・やっぱり、力のある同族の肉は美味いね」
「ぐっ・・・ザンスカール様・・・」
「キミは魔族だ。腕なら、また生えてくるだろ? 今度失敗したら、・・・わかってるよね? 今度は初手から攻めにいきなよ」
ザンスカールの猟奇的な罰に、ザルエラは失った腕の再生も忘れ、頭を垂れるばかりでした。
ザルエラが腕を失った頃、レジスタンスのアジト内では、ハインの透明な血液により、グラウスの腕が無事に接合されていました。
「ありがとうございます、ハイン殿」
「どう致しましてぇ~。でも、一日ぐらいは無理に動かさない方がいいよ~。またポコッと取れちゃうかもしれないからね」
「はっはぁ・・・解りました。」
グラウスは、ハインに心からの謝辞を述べました。
「やれやれ、もうこうなってはどうしようもないのう。マクスウェルよ。先ほどの話の続きじゃが、一体懸案事項とは何なんじゃ?」
ピエタは落ち着いた口調で、マクスウェルに尋ねました。
「ええ、実はマガゾの国教はクシャーダ教なのですが、今から5年ほど前に獣教なる新興宗教が生まれて、内戦で精神的に弱っていた多くの民が、その宗教を信仰するようになリ始めたのです。」
「なるほど、して、その獣教とは、どのような信仰なのじゃ?」
「その具体的な調査を、仲間のリッヒが単独で行っていたのですが、戻ってこず、寝返ってしまったのです。その獣教こそが第三勢力。私達レジスタンスにとって、もう一つの敵です」
そう話すマクスウェルは、実に苦渋に満ち満ちた表情をしていました。
「不自然なんだぁ。突然竜達が、リッヒの言う事を聞かなくなっちゃってね・・・」
ハインが横から口を挟んできます。
「ふむ・・・その獣教、何か裏がありそうじゃのう。して、今後の策はあるのか?」
「はい・・・本当はこの後魔導雲を通じて、獣教の要塞内にメンバー達と乗り込み、破壊工作を行う予定だったのですが・・・」
「魔導雲?」
「最近マガゾの砂漠で発掘された古代の遺物です。クシャーダ人の知の結晶です。」
「ほう・・・」
「ですが今の一件で、レジスタンスのメンバーが足りなくなってしまいました。このままでは、とても作戦を遂行できそうにありません・・・・一体どうすれば・・・」
「・・・さようか。」
話を聞きつつも、大賢者に、助けを差し伸べようという志は存在しませんでした。下手に他国の内情に絡んだら、旅どころでは無くなってしまいます。ピエタは申し訳なさそうな表情で当たり障りの無い撤退文句を考え始めていました。
しかし、マクスウェルの話を聞き、涙ぐみ、いえ、既に泣いていたアグニが、突然感情をぶちまけたのです。
「賢者様っなら私達が協力してあげましょうよっ」
「お嬢様っいけませんっ」
アグニを叱責するマテウスに、彼女はうるさいと一喝し、ピエタに迫り、両肩を強く握り、逃げられない状態に追い込みました。賢者は息を吐き、こう切り替えしてきました。
「アグニよ、そなた、自分の事情を理解しておるのか? ワシらは急ぎの旅をしておるのじゃぞ? レジスタンスやマガゾの民達には気の毒じゃが、こんなところで貴重な時間を失うわけにはいかん」
「獣教も、軍部も、私達で即効ぶっ飛ばしちぇば大丈夫ですわよっピエタ様だって、ペロッティを助けてもらった恩があるでしょう。お父様に言われているの。恩を受けたら必ず返せってね」
「アグニ殿・・・」
アグニの言動に、マクスウェルは感銘を受けた様子でした。
「お嬢様、幾らなんでも、それは無茶でございますって・・・・」
「マテウスっあなたには人の心がないの?? マクスウェル様という素敵な殿方が、とても困っているじゃないのっそれでもラズルシャーチの武人なの? 困ってる人を見捨てるのが武の国のやり方ってわけ?」
「そういうわけではありませんが、事が大きすぎます。直に何とか出来る様な問題ではないのですっお嬢様は大事な命です。モントーヤトリデンテとしては承服できませんっ」
「ならあなたが私を守ってくれればいいのではなくて? それがあなたの仕事でしょう? マテウスもレジスタンスに加わりなさいっ」
「全くお嬢様は、子供の頃から、ああ言えばこう言う・・・・いつも私の大事な物に小細工して悪戯ばかり・・・わかりました。もう何も言いません、これ以上は無駄ですから、但し、絶対に無茶はさせませんよ? 情勢が危うくなったら、お嬢様だけでも逃げて下さいね」
「何を言ってるか理解できないけど、わかったわ、マテウス」
「もう、結構ですっ私がお嬢様をお守りしますっピエタ様っ」
少し憤怒にかられたマテウスが、賢者に視線を移しました。
「もうよい、マテウス・・・皆まで言うでない。確かに、ハインに出会えなければペロッティは死んでおったからのう。聖女様のためにも、ワシらがレジスタンスに、ほんの少しだけ協力してやろう。ほんの少しだけ、じゃからな。皆の者も、それでよいか?」
ピエタはアグニの無言の腕力による攻撃に苦痛の表情を浮かべつつ、一同に意向を伺います。
「私は、構いません。聖女様のためなら、そのぐらいは」
グラウスは毅然とした表情で言いました。
「私も。ハインのためなら、力を貸すわ」
漣も頷きます。
「僕はちょっと怖いなぁ・・・」
ルクレティオはやや消極的でした。
「ウチはやるぜよっこのマガゾの治安が安定せぬことには、宝探しどころじゃないからなっ」
リョウマは威勢よく言いました。
「ハイン殿に受けたご恩は、このペロッティが必ずお返しします」
ペロッティは胸に左手を当てました。
「私は正直反対です。このような大事、不用意に首を突っ込むわけには参りません。が、お嬢様はこの通りで、泣かされるのはいつもモントーヤトリデンテです。ですがそれでもお嬢様と私は、幼い頃から心の繋がった友人であります。大事なお方で、守らなくてはいけません。およばずながら、武の国の強き者として、腕を奮いましょう」
マテウスも、腹を括りました。
「皆、ありがとう。巻き込んじゃって、ごめんね」
聖女ハインは、少し申し訳無さそうな様子でした。
「皆さん・・・感謝いたします。」
マクスウェルは、感極まったといった表情で、一同に深々と頭を下げました。
「いや、僕は正直怖いし、レジスタンスとかどうでもいいんだけど?!」
真顔でぼやく勇者の声は意外と大きく、室内に響きましたが、皆はあえてそしらぬ顔で無視しました。マテウスも聴こえてはいましたが、咳払いをするのみです。
「ねえ、皆、僕のこと、無視しないでくれるかな? 伝説の勇者の見解も大事だと思うよ? ねえ? ねえ?」
皆を止めようとそれぞれの顔を覗いていき、その度に視線を逸らされる勇者が自らに近づいてくる前に、ゼントもようやく口を開きます。
「ゼントだって、反」
「当然俺もやってやるが、報酬は、お前が払ってくれるんだろ? マクスウェル。言っておくが、俺への報酬は、破格だぞ?」
ゼントは口元のフードを下ろし、不敵でやや邪悪な笑みを浮かべ、マクスウェルに金銭をせびりはじました。
その光景を見たピエタは、少し頭に指先を置きつつ、ため息をつきます。
「あっああ、勿論だよ、ゼント。報酬は、きっちり払うさ。後払いでいいかな?」
「報酬は、前払いしか受け付けん」
マクスウェルは、ペイトに金を持ってくるように言いました。そしてレジスタンスの活動資金の半額を、ゼントに手渡します。報酬額を確認した金に汚い剣士は、口元をフードで覆い、金をテーブルに叩きつけるように置きました。
「金は確認した。では俺は、ちょっと出かけてくる」
言うだけ言って、ゼントは一人歩き出しました。
「ゼント、どこ行くぜよ?」
「ちょっと、な」
リョウマの問いかけにも用件を言わず、ゼントはややふて腐れた表情で、アジトを出て行ってしまいました。
アグニはテーブルに置かれたゼントへの報酬の入った袋をこそりとみて、息を飲みます。
「御免なさい。マクスウェル。きっとあいつら、僕の後をつけてきたんだ・・・」
獣教の襲撃に対し、自らを責めるペイトの両肩に、マクスウェルは優しく手を置きました。
「気にするな、ペイト。キミのせいじゃない」
「マクスウェル・・・」
「アジトを変えます。皆さん、移動しましょう。そこも絶対安全ではありませんが、今よりはマシです」
マクスウェルの指示に従い、生き残ったレジスタンスメンバーとアグニ達は次なるアジトへ移動を始めました。
「よ~し、じゃあゼント様への報酬は、この私が大切に運びますわ、ぐふふっ」
「おい、盗もうとするなっ私が運ぶっ」
「ああん、もう、師匠のいけずっ」
アグニの思考を見透かしていたグラウスが、怪しい挙動をする彼女から、剣士の金をあっさり奪い取りました。
「全く皆して、勇者を何だと思ってるんだよ。敵の正体もわからないってのに、大事になったらどうするんだっ」
「勇者様、心中お察しいたします」
室内に残りぶつぶつ言っていた勇者に、マテウスが小声で同調しました。ルクレは喜び、彼女の手を取って、「そうだよね、そうだよね」と呟いたのです。
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