第95話『トネリの右腕・最終回:極大殲滅暗黒魔法《イグナ・エル・グシャラーテッ》』

漣の二刀流の大鉈による斬撃は、霊体の類には一切通用しませんでした。体を狙っても空を切るばかりです。


「くっ一体どうしたらいいの?!」


 丁度その時、ルクレの治療で意識を取り戻したグラウスが、霊体との戦いに苦戦している漣に向かって叫びました。


「漣さん・・・、この薬をっ飲んで下さいっ!」


 グラウスが右腕で投げた薬瓶は、霊体に攻撃が可能になるという、独自に調合した薬、秘霊薬でした。それはパパイヤンへの道中で作成し、リョウマに渡したものです。


 漣は白い小瓶に入ったその薬を受け取ると、躊躇い無く、一気に飲み干しました。


「気をつけて下さい。その効果は、5分しか持ちません」


 グラウスの言葉を聞いた漣は、とある決意をしました。


「そう・・・ならば、久々に、超本気でケリをつけに行くわっ」


 漣はそう言うと、唸り声を上げ、体を変異させました。


 そして前髪が舞い上がった額には、縦に割れた第三の美しい瞳が現れたのです。


 彼女は非常に美しく、そして残酷な風貌の魔人の姿に変異したのでした。


 この姿になった事により、漣のレベルは一気に百倍に膨れ上がりました。

 しかし彼女自身のレベルが解らない為、どれほど基礎体力が強化されたのかは不明です。


「うそ・・・クソ魔族が変身して・・・本物の魔族になっちゃったっ」


 アグニは、漣の容姿の変貌ぶりに驚きを隠せないといった様子でした。


「この姿、大嫌いだからホントはなりたくないんだけど、今はそんなこと言ってられないからね」


「こしゃくな魔族めっ体を寄越せーーーーっ」


 半透明の悪霊が高速で漣に向かっていきましたが、彼女は華麗にその一撃を交わすと、両手に持った大鉈で悪霊を切り刻み始めました。


 その剣速は光よりも速く、アグニには何が起こっているのかよく解りませんでした。


「ぐおおおおおおっ」


 漣の攻撃を受けた霊体は、多大なる斬撃の雨嵐に苦しみもがき苦しみ始めます。


「漣、援護するよっ」


 そしてルクレティオは漣を援護するように、特攻魔法の詠唱を始めました。


「食らえ、血の秘術・・・レイガリオーーーーーーーンッ」


 霊、精霊特攻のレイガリオンが霊体の体を真っ二つに分裂させました。


「サンキュ、ルクレ。とどめよ、残歌・第二楽章、剣のビューティフルワルツッ」


 漣は華麗なる剣技で霊体を細かく切り刻みました。

 そして止めといわんばかりに変異したときしか使えない、魔族の血を持つ者のみが使用できる魔法の詠唱を始めたのです。



「滅びのときよっ来たれ、汝の元にっ集えっ今こそ我に偉大なる滅びの御心をっ漆黒の神慮を、今ここに、授けたまえっ食らいなさい、極大殲滅暗黒魔法イグナ・エル・グシャラーテッ

 

 極大殲滅暗黒魔法イグナ・エル・グシャラーテッは魔族の血を持つ者だけが使える魔法です。

 神魔法、特攻魔法と匹敵する究極クラスの魔族専用魔法と呼ばれており、死霊系と人間に対して高い効果がありますが、残念ながら魔族の中でも使える者は殆ど存在しません。以前ゼントとピエタが討伐したスクナ・コネホも、暗黒魔法は使用できませんでした。


 強烈な威力のどす黒い閃光を、範囲を絞って的確に放ち、漣は、見事悪霊をかき消すことに成功しました。


「ばっばかな・・・」


 こうして悪霊は消滅し、戦闘は無事に漣とルクレの勝利に終わりました。


 しかし、グラウスはこの戦いで左腕を失うという悲劇に見舞われてしまったのです。


「大丈夫、ハインならきっと何とかしてくれるわ」


 漣は元の人間の姿に戻ると、地面に落ちていたグラウスの左腕を拾い上げ、ミニスカートを破って作った布にくるみ始めました。


「うわあっパンツが見えた~白だっ」


「う・・・うっ煩いわよっ見ないで、この助平っ」


 漣は頬を赤く染めながら、ルクレを拳で殴りつけます。 

 

「はっ・・・ハイン? それはひょっとして、聖女様の事ですか?」

「ええ、ペロッティも無事に回復したわよ」


 漣は笑顔でグラウスにそう言いました。


「すっごい上品で可愛いんだよ~僕の好みさ~」


 嬉しそうにそう語るルクレの頬を、漣は再び今度は力任せにつねりました。


「あいたたた」


「もう、ルクレったら、本当に助平なんだからっ」


 戦闘が無事終わり、トネリがグラウスに駆け寄っていきました。


「助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」

「よかったな、トネリ君」


 グラウスは右手でトネリの頭を撫でました。


「私からも礼を言わせてもらうよ。皆、本当にありがとう」


 ポグパもグラウス達に礼を述べました。


「さあ、急いでレジスタンスのアジトに戻りましょう。グラウスの腕を治してもらわなきゃ」


 アグニは一同を急かすように声をかけました。丁度そのときでした。

 漣目掛けて子供達が小石を投げつけてきたのです。


「クタバレ、魔族ッ」

「魔族は敵だーーーッ」


 それに対し、漣は決して抵抗することなく石を受け続けました。


「あんた。エルフじゃなくて、魔族なのかい?」


 ポグバは恐怖に満ちた表情で漣に尋ねました。


「ええそうよ、私は魔族と人間のハーフなの」


 漣の口からスラリと出てきた正直な回答に、子供たちは更に激しく石を投げつけ始めました。


「おいっやっ止めろよっ漣は、君達の友達を助けてくれたんだぞぉっ」


 ルクレティオは必死に抗議をしますが、それでも子供たちは愚行を犯し続けます。


 その光景を見たアグニの心は大きく揺れ動きました。そして思わず、勇者を援護する言葉を放ったのです。


「そっそうよ、せっかく助けてあげたんだから、すっ少しは感謝ぐらいっしなさいよっ」


 アグニも必死にルクレティオに続きます。そんなアグニの姿を見た漣は、石に打たれつつも、柔和な笑みを見せました。


「アグニ・・・」


「魔族は殺せってポグバ先生に教わったんだーーーっ」


 アグニの心の中に、どんよりとした色の湖が浮かび上がります。 


「ごめんね、あたしの教育のせいで・・・。悪いけど、あんたはもうここに来ないでくれるかい? 子供達は魔族を嫌がるんだっ」


「ふざけるなよっこの恩知らずっ」


 ルクレティオはポグバに詰め寄ります。


「やめて、ルクレ。いいの、これが私の宿命なんだから・・・・」


 漣は凛とした表情でそう言いました。


「くっクソま・・・漣・・・・・」


 そしてアグニは、今まで見せたことの無いような眼差しを、漣に向けたのでした。


「もういいわ、早くアジトに行きましょう」


 漣は平静を装い、溌剌とした調子でそう言いました。


「そうだね、きっとハインちゃんなら何とかしてくれるよ」


 こうしてアグニ達は、逃げるように孤児院からレジスタンスのアジトに戻っていったのでした。


 唯一、トネリだけは「ありがとう~」と言って手を振ってくれていました。


 人間達の魔族に対する嫌悪感は根が深いのです。この小国マガゾですら、幼少期から魔族は人間の敵と教えられて育つからです。

 果たしてこの状況が改善される日は訪れるのでしょうか?


 全てはアグニ達の今後の壮大なる冒険の結果次第です。

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