第90話『復活の変態紳士』

ゼント達に連れられて、聖女ハインは魔法の絨毯からオブリビオンを通り、パパイヤンの軍鶏鍋屋にやって来ました。


「うわあ~いい香。お腹が空いて来ちゃった~なんか食べたいなぁ~~」


「悪いが飯は後にしてくれんか?」


「奥の部屋にきてくれろ」


 リョウマとピエタがハインの両腕をそれぞれ掴み、誘導します。


 奥の部屋ではルクレティオとマテウス、そして病床に臥しているペロッティの姿がありました。


「まあ、大変。彼、憔悴しきっているじゃないっ。顔色も悪い! このままだと、死んじゃうかも・・・」


 ハインは痩せこけたペロッティの姿を見て、驚きを隠せないといった様子でした。 


「うわあ、滅茶苦茶気品を感じて、可愛い娘。僕の好みだ~」


 ハインを見たルクレは気の抜けた声で言いました。


 それを聞いたリョウマが無言で、リュックの脇に掛けてある杓子で勇者の頭を殴りつけました。


「あ痛っいきなり何するのさ、リョウマちゃんっ」


「うるさいっこんベコノカワッ一大事ぜよっふざけた事抜かしてる場合かっ」


 リョウマとルクレが軽くにらみ合いをする中、ハインは悠然とペロッティに近づいて行きました。


「ちょっと待っててね~」


 そう言うと、ハインはカバンから聴診器を取り出し、ペロッティの胸の音を聴き、脈を取りました。


「うわ・・・これ、本当に地獄病の症状だ。マガゾでも症例が殆どないから初めて看たけど、鼓動が不自然だし、脈拍も酷い。いつ心不全を起こしてもおかしくない、危険な状態・・・。直に私の病院の集中治療室に入れたいけど、どうしようかな・・・」


 ハインは、憔悴している、不治の病に苦しむペロッティを見て、額から汗を滲ませます。


「おい、ハイン。その病気は普通じゃない。マガゾの最先端の医学でも決して治せない。悪いが、聖女の血を使ってくれないか」


 ゼントは腕組みをしつつ、ハインにそう伝えました。



「うん、そうだねゼント。私もそれしかないと、今、思った」


 そう言うと、左利きのハインはナイフを取り出し、自分の綺麗な右人差し指の先を軽く傷つけました。指からは、大量の透明な血が噴出します。


「よし、準備完了」


 そしてその血液を、ペロッティの開いた口元に、指ごと押し込んだのです。


「患者さん、聞こえてる? 私の血、もの凄く苦いけど、絶対吐かずに沢山飲んでくださいね~そうしないと、完全には治らないんでね・・・お願いだよ」


 ペロッティは、苦痛に耐えつつ、かすかに頭を動かし、反応を示します。そして彼は、ハインの指先からあふれ出る透明な、酷く苦い血を全て飲み込みました。


 それから暫くして、ペロッティの血色はみるみる良くなっていき、そして両目を開いたのです。


「・・・はっここはっ」


 上半身を起こしたペロッティは、心配そうに自分を見つめる仲間達に視線を向けました。


「ピエタ様、皆さん。一体どうして? 私は一体どうしてしまったんでしょう。私は黄泉の国を彷徨っていたはずなのに・・・」


「ペロッティよ、お主は不治の病、地獄病にかかってしまったのじゃ。だが安心せい。聖女が治してくれたわい」


「聖女?」


 ペロッティは満足そうな笑みを湛え、聴診器を首にかけているハインに視線を合わせると、礼を述べました。


「聖女様ですか、どうもありがとうございます。」


 ペロッティは美しい容姿をした白衣姿のハインを見て、少しだけ頬を赤らめました。


「いいえ、気にしないで。私、医者だし、人を治すのが私の生きがいだからねん」


 そう言って、ハインは親指を立てました。


 元に戻ったペロッティの様子を観察していたリョウマは、彼の体の異変に気がつきました。


「おい、まつもと。おまん、レベルが3010に上がったままぜよっ」


「え、まつもと?って、どういうことです?」


「まつもと、は、おまんの変名だ。これからは、危ないときは、その名を名乗るんだぞ」


「何故、私だけ、まつもと・・・」


 ペロッティに掛けられたレベル10倍魔綬の効果は既に消えているはずですが、ペロッティのレベルは、魔綬の効果が残ったままになっていたのです。


「これは一体どういうことじゃ、勇者よ?」


 ピエタが近くにいた勇者に尋ねます。


「こっちが聞きたいよ、ピエタちゃん。本当にレベル上がったままなのかい? レベルを上げる魔綬自体、この世界に着いてから女神に教えてもらったものだからな・・・。もしかしたら、魔綬の不具合? でもそんなのありえない。一体、どうなってるんだろうね・・・」


 ルクレティオは状況を理解できないピエタに、逆に自らの疑問をぶつけ返しました。 


「うむう、よく解らんが、まあ、レベルが上がったままなのは良い事じゃな」


「つまり、私は素のレベルがアップしたんですね。よかった、これで少しは皆さんのお役に立てるかもしれません」


 ペロッティは弾んだ声で、そう言いました。


「純粋なレベルアップっていうか、一時的なパワーアップ、という感じじゃないかな? 魔族とか、レベルが変化する奴も、素のレベルは変わらないんでしょう? 効果もいつ切れるかわからないしね・・・」


「うむ。そう言われてみるとそうじゃの。まったく、心配させおって、ペロッティめ。じゃがひとまずレベルが上がってよかったのう。では、早速レジスタンスのアジトに戻るとするか。漣が待っておるし、孤児院にいるアグニとグラウスにも報告しないとならないからのう」


 ピエタは嬉しそうに喋り始めました。


「レジスタンス? なんですか、それは?」


「詳しい事は道中で話す。ついてまいれ、ペロッティ」


「はい、ピエタ様」


 ペロッティは立ち上がると、ピエタ達の後に続いて懐にレイピアを装備し、軍鶏鍋屋の来賓室を出て行こうとしました。


 そんな中、マテウスは一人立ち尽くし、皆に視線を向けていました。


「マテウスよ、お主には本当に感謝しておる。ありがとう」


 去り際に、ピエタはマテウスに礼を述べました。


「いいえ。これで私はお役御免ですが、ライカールトの迎えが来るまでは、皆さんと共にいたいと思います。マガゾは政情が不安定でございましょうし、お嬢様のことも気がかりですし」


「軍鶏鍋屋本店でまっとればええぞ。お腹すいとるじゃろう? 飯でもくっとれ。タダでいいからな」


 リョウマの言葉にも、マテウスは首を横に振ります。


「いいえ、乗りかかった船ですし。もう少しだけ、関わらせて下さいませ」


 力強い眼差しでそう話すマテウスに感銘を受け、ピエタ達はマテウスの意思を受け入れたのでした。


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