第89話『怒りの再会』
レジスタンスのアジトに残った漣は、リーダーのマクスウェルに6年前の出来事を詳しく尋ねていました。
「一体、ゼントさんの過去に何があったんですか? 具体的に教えてくださいませんか?」
漣の言葉に、テーブルと椅子に腰掛けていたマクスウェルは、重い口を開きました。
「今から6年前、私が国王の命で、カラカタ病を根絶する手がかりを得るために、第三次クシャーダ発掘隊の部隊を率いて、マガゾの南部に存在していた夕闇の塔という場所に赴いたんだ。」
「クシャーダとは?」
「マガゾの先住民、クシャーダ人の事さ。かつてとてつもない高度な文明を築いていた出自のわからない民族だったが、カラカタ病で絶滅してしまったんだ」
「そうなんですか・・・それであなた方は、夕闇の塔という場所に赴いたんですね」
「ああ。だがその戦いはとても凄惨を極めたものだった。最上階でカラカタ病のワクチンを見つけることが出来たのだが、その過程で多くの仲間を失ってしまってね・・・」
「一体どうして?」
「ケッフェンというどこかの異世界からやって来たアンドロイドとかいう奴が、カラカタ病を蔓延させていたんだ。カラカタ病は、ケッフェンの生まれた異世界に、既に全滅した人間達を復活させる研究の為に作られた実験ウィルスだったんだよ。つまり、我が祖国マガゾは、異世界から来たカラクリ人形一人の手によって、実験台にされてたってことさ・・・」
「異世界・・・実は、私も異世界から来たんです」
「そうなのか? どうりで雰囲気が私達とは少し違うと思ったよ。一目見たときは、その美しさからエルフかな?と思ったがね。レベルも見えないし」
そして漣は自分達の過去の戦いの一部をマクスウェルに語りました。その後、再びリーダーは話の続きを始めました。
「その夕闇の塔は、現在のマガゾの守護竜、アンシャーリーの背中の一部分に過ぎなかったんだ。今も現存している塔の最上階には、異世界へと通じる扉がある」
「扉? 本当ですか?」
「ああ、ゼントは戦いが終わった後、武者修行の為に、単身その中に飛び込んでいったんだ。そこであらゆる流派の剣術を修めて4年前に帰って来たんだよ。そしてマガゾの現状を聞き、外貨を稼ぐために一人冒険の旅に出たんだ。彼から定期的に送られてくる資金が、我々レジスタンスの活動資金になっているのさ」
「そうだったんですか・・・」
漣はマクスウェルの言葉にすっかり聞き入っていました。しかしさり気なく闢眼で彼の寿命を見た彼女は、衝撃を受けたのです。が、顔や態度に出さないように努めました。
「護衛担当だったゼントは、今でも内心仲間を死なせてしまった事を悔やんでいるようだ。けして表情には出さないがね」
「ゼントさん・・・」
時を前後して、孤児院にやって来たアグニとグラウスは、子供の面倒を見ていたポグバに聖女に会えないことを伝えました。
「あなた達、まだ会えないのかい?」
「ええ、他に行きそうな場所に心当たりはありませんか?」
「う~ん、そうなると、クシャーダ教会の礼拝堂かね」
「クシャーダ教会って、なんですの?」
「マガゾの国教、クシャーダ教の礼拝堂のことさ」
「その礼拝堂はどこにあるんですか?」
「セーブルにあるよ」
「セーブルですね」
「ねえグラウス師匠。私達はここで待機していましょう。ちょっと道中の獣人族を相手にしすぎて魔力も消耗してるし、また聖女様がここに来るかもしれないし。流石にちょっと疲れたわ」
「そうだな、闇雲に動いてまた行き違いになったらかなわんしな。ここで少し待たせてもらうとしよう」
孤児院に来るまでの道中のレベルの高い獣人族との激しい戦闘で、アグニのレベルは300まで一気に急上昇していました。
獣人族と総称される種族は、レベルが高い者が極めて多いですが、物理攻撃力と防御力が高いのみで魔法は一切使えず、動きも遅く、また、魔法に極端に弱い種族でもあります。しかし遠い昔にはペロッティのように時空魔法を使いこなす特殊な獣人族もいました。彼らは時のケダモノと人間達に忌み嫌われ、弾圧され、そして絶滅しまたと言われています。
こうしてアグニとグラウスは孤児院で待機することにしました。
一方、セーブルに魔法の絨毯で向かっていたゼント達は、街に着くなり診療所を尋ねることにしました。
「ゼント、そのハインっていう聖女様の特徴をウチに教えてくれ。もう見間違いとか行き違いはこりごりだからな」
辟易とした様子でそういうリョウマに、ゼントは頷き、答えました。
「今の髪型はわからないが、三年前はセミロングで、右足に黒いガーターリングを身に付けていた」
「ガーターリングじゃな。わかったぞい」
さっそく一同はセーブルにある診療所に足を運びました。
「いらっしゃいませ」
受付の挨拶もそぞろに、ゼントは話を切り出しました。
「ハインはいるか?」
「聖女様? 彼女なら、先ほど診療を終えてクシャーダ教会の礼拝堂へ行きましたよ。」
「クシャーダ教会?! 何だ、それは?」
リョウマが顔に疑問を浮かべて受付に訪ねました。
「我がマガゾの国教です。多くのマガゾの民の救いになっています」
マガゾには他国のように日ノ本の神々を信仰する、という文化がありません。だから先住民族であるクシャーダ人を神と崇め、信仰しているのです。
「ふむ、なるほどのう。どうやらそこにいそうじゃのう」
「急ごう、場所はどこだ?」
リョウマは受付の人間に愛くるしい顔を近づけ、食いつきました。
「ここセーブルの南の外れです」
三人は急ぎ診療所を後にしました。
そしてピエタが魔法の絨毯を飛ばしました。魔法の絨毯は、操縦者の魔力の高さによって速度が変わります。光の速さでクシャーダ教会の礼拝堂にやって来た一同は、その中央の祭壇でお祈りをしている一人の女性の後姿を見つけました。
「ハイン!!」
ゼントが大声で名前を叫ぶと、その女性は振り返りました。聖女ハインは背中に弓を装備しており、上半身には踊るための優美な細い羽衣を纏っていますが、腋にはスリットが入っており、胸の輪郭が見えています。下半身は膝丈の高いローブのようなふんわりとした、生地の丈の非常に短い上質な絹のスカートです。ちなみに履いている下着は黒い紐のティーバックのようです。そしてすこし細めの右足のふとももには、黒いガーターリングを身に付けていました。どうやら彼女は黒が大好きなようでした。
およそ聖女とは思えないみだら極まりない服装とは相反して、見た目からは何ともいえない高邁な精神を感じさせる、不思議な魅力のある美少女でありました。
「ああ、ゼント~?! いや~探したんだよ~、一体どこをほっつき歩いていたのぉ? も~う、あんまりウロチョロしないでよね~」
ハインのこの第一声の能天気全開すぎる発言に、三人の怒りは一気に極限に達しました。
ゼントは激しい怒りの業火を全身に漲らせ、普段は黄金の瞳を瞳を黒く変色させた状態で彼女に近づくなり、木刀の柄でハインのおでこを軽く小突きました。
「いった~い。いきなり何するのっ」
「それはこっちの台詞だ! 俺の許可無く勝手にウロチョロしてんじゃないっ」
「何それ~。訳わかんないよ~~も~」
ハインは聖女ですが、少し能天気で天然な性格をしており、極めて上品な顔立ちをした美しく可愛らしい美少女なのですが、喋るとボロが沢山出てくるのが玉にキズの女性でした。
「悪いが積もる話も自己紹介も後じゃ。今すぐ治してもらいたい者がおる。着いて来てくれんかの?」
「・・頼むぜよ」
リョウマとピエタは溢れる怒りを押し殺してハインに頼みました。
「治療? いいよ~。でも未知の病って?」
「地獄病ぜよ」
「地獄病? それって確か一部の魔族が先天的に持ってるウィルスが人に感染して引き起こす病気だよね。この国では症例がないけれど、でも任せて。私、医者だから、まずは容態をみて、本当に駄目そうだったら、直に治してみせるよ」
ハインの気は抜けていますが、力強い言葉に、ゼント達は少しだけイラッとしつつも、ひとまず安堵したのでした。
ハイン・ブッフェは元軍医で、マガゾで優秀な医者として医療に従事しつつ、聖女としての勤めも果たし、政治的には基本的には中立の立場を取りつつも、民の味方であり、共に戦った同志であるマクスウェル率いるレジスタンス達の活動を支援していました。
彼女は現在自分の自宅兼大病院も持っていますが、病院まで来られないマガゾの民のために、一人竜に乗って往診治療をしているのです。
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