第88話『聖女を探せ』

アグニ達がマガゾに到着する一週間程前、ライカールトとファルガーの二人はモントーヤ邸で、執務室にいたモントーヤ・シャマナに今後の事を相談していました。



「それではライカールトよ、さっそくお主もマガゾに向かい、ペロッティ殿が回復次第マテウスを連れ戻してまいれ。」

「はっ承知致しました」

「で、今回はこの宝箱を・・・」


 モントーヤは自分の脇に置かれていた宝箱をテーブルに置き、ライカールトに見せました。


「これをお届けすればよろしいのですね」

「うむ。モントーヤの事は心配するな。だが、もし旅先でアグニが困っていたら力になってやってくれよ」


「かしこまりました。では、急ぎ行ってまいります」

「気をつけろよ、ライカールト。マガゾは色々きな臭ぇ国だからな」


 ファルガーはライカルートに警告します。


「解っている。お前こそ、モントーヤを頼んだぞ」

「任せろ」


 そう言って、ファルガーは高らかに笑って見せました。


「それよりライカールト、朗報だ。あのクシナダ姫がご懐妊らしいぜ」

「何? 真か?」

「さっき交信術で聞いたからな」


 ファルガーには交信術という特殊能力があります。これは顔と名前を知っている知人の脳内に話しかける事が出来る一方通行な特殊能力です。


「そうか・・・あの若さで母になるのか。ラズルシャーチの未来は明るいな」


 ライカールトはしみじみとそう語りました。



 一方、時は現在に戻り、軍鶏鍋屋ではルクレとマテウスがペロッティの治療をしていました。


「マテウスちゃん、大丈夫?」


「はい、私は平気です」


 気丈に振舞うマテウスでしたが、本音は違いました。ここまで回復魔法を酷使した経験は無く、彼女の頬は少しこけ始めていたのです。


「とても顔色が悪いよ? 少し休んだ方がいい。僕が代わるよ」


「お気遣い感謝いたします。では、私は少し休ませていただきます」


 マテウスはペロッティへの回復を中断し、ルクレティオに託しました。


 しかし彼女は勇者の回復能力の高さに驚愕します。ラズルシャーチでも一番と自負するエリート回復専門術士の自分と、ほとんど遜色が無かったからです。


「こっ・・この魔力は・・・・」

「ん? どうしたの? マテウスちゃん」

「いえ、勇者殿の回復力、この私と遜色がありません。」

「そうなの? 自分でもよくわからないんだよね。。。」

「これは自慢ではありませんが、私はこの広いオフェイシス大陸内においても4本の指に入るかどうかというクラスの回復専門の術士です。その私と遜色が無いというのは、とてつもないことでございますよ」

「そうなんだ~えへへ。ひょっとして僕、褒められてる?」

「失礼ですが、今、お幾つですか?」

「18歳だよ」

「10代・・・私は20歳になったばかりでございます」


「そうなんだ。マテウスちゃんって大人っぽいけど、僕とそんなに年変わらないんだね」

「そっ・・・・そうですね」


 マテウスは、ルクレの圧倒的な回復能力の高さに体を震わせていました。もしもう少し年を重ね、回復術を熱心に学べば、自らを上回り、世界一の回復専門術士になるかもしれない。彼女はそのように考えたのです。


「回復専門術って、何?」


「全ての回復魔法、治癒魔法、結界術、ある程度の神魔法を習得したもののみに授けられる勲章のような物でございます。回復術士は世界にも沢山いますが、専門術士で世界に名を連ねている者は4人しかおりません」


「4人しかいないの? 誰?」


「一人はこの私、マテウス。もう一人はガレリア王国にいるライハール、そしてラズルシャーチ出身の政治家、ナカオカ様に仕える回復専門術士のピッケル。後は癒しの国、ハインズケールで王室近衛総隊長をしているオズワルド。現在ラズルシャーチの王室近衛総隊長をしているヤマトも元々は回復専門術士でしたが、彼はどちらかというと回復より、メイスによる攻撃に長けた人物ですので、除外させていただきます」


「そのヤマトっていう人、もしかして、弱いの?」


 鋭いところを付いて来る勇者に、マテウスは少々たじろぎつつ、正直に答えました。


「いえ、その人格者ではありますが、戦いにおいては、立ち回りの甘いところが多々ありまして・・・恐らく今の勇者様が本気を出せば、勝てる相手ではないかと。武の国としては恥ずかしいことですが・・・」


 長々と丁重に質問に答えたマテウスの労をぶち壊しにするように、勇者は彼女に唐突に尋ねました。


「ふ~ん。ところで、マテウスちゃんって、今恋人とか、いるの?」


 露骨な勇者の話題転換に、マテウスの脳内は多少の混乱をきたしました。


「こっ恋人!? そんな存在、私には、とても縁の無い事でございますっ」


「そんな、凄い美人なのに勿体無いよ。ペロッティ君の件が解決したら、僕とデートしない?」


「デート? 一体何ですか、それは?」


「好きな者同士が一緒に遊ぶ事だよ。」


「そっそんなはしたない事、私には出来ませんっ私は回復専門術士でございますから、清楚に慎ましくあらねばならないのです。水魔法の真髄とは、美しき心の強さにございますから。心の醜い者の回復術は、所詮未熟なのですよ」


 マテウスは頬を赤らめ、必死にルクレの誘いを断りました。ずっと回復術の研鑽と魔族との戦いのみに明け暮れていた彼女にとって、勇者の誘いは自分の理解を超えるものだったのです。


 彼女は武の国ラズルシャーチの超エリート回復術士の家系に生まれ、そのレベルと生まれ持った魔力の高さから回復専門術士として育て上げられ、僅か8才の時に当時王国軍近衛総隊長だったライカールトの側近となりました。


 その後紆余曲折を経て、僅か10才の時にライカールト、ファルガーと共に、ラズルシャーチと同盟関係にあるガレリア王国の要、モントーヤ州の軍師団長補佐としての任務に付き、当時自分と年は近いですが、まだ年下だったアグニに家庭教師として魔法を教えつつ、定期的にガレリアに攻めて来る魔族の軍勢を軍隊長として指揮して退け続ける、幼いながらも過酷な日々を過ごしてきたのです。色恋など、彼女にはとても縁遠い代物でした。


「ちぇっ残念だな。振られたよ~」


 勇者は残念そうに指を鳴らします。


「ところで勇者様」

「なんだい?」

「神魔法はもう使えるのですか?」


「いや、僕は回復と治癒魔法と特攻魔法しか使えない。神魔法とか、そういう中央世界だけの魔法は、よくわからないな。漣は独学で多少覚えたみたいだけどね」


「さようですか。よかったら、この私が、口頭で詠唱や魔力の練り方、解放方法などを指南致しましょうか? ひょっとしたら、勇者様ほどの高い魔力と素養があれば、直に使えるようになるかもしれませんよ?」


「そうかな?」

「ええ、では早速、神魔法の初歩、フーの詠唱を口頭でお伝えいたしますね」


 マテウスはニッコリと女神のような笑みを浮かべ、嬉しそうに回復中の勇者に神魔法の指南を始めました。


 時を同じくして、孤児院に戻ってきたアグニ達は、ポグパにハインの事を尋ねていました。


「ハインなら、ゼントが来たって喜んでアジトに飛んでいったよ。きっと今頃はもう着いてるんじゃないかい?」


「・・・・そっそうか。すまないな、ポグパ」


 ゼントはあふれ出る怒気を必死に抑えつつ、ポグパに礼を述べました。


「全く、聖女様はフラフラして、一体どこに行っちゃったの?! ああ、もうイライラするわっ」


 アグニは憤懣やるかたないといった調子でした。


「落ち着いて、アグニ。とりあえずまたレジスタンスのアジトに戻りましょう」


 漣は冷静にアグニを説き伏せました。


 しかし、

   

「何よ、薄汚い魔族の混血のクセにっ私に指図しないでよっ」


 アグニは漣の足の脛を蹴りました。


「痛いっ何するのよっ」


 漣も、すかさずアグニの足の脛を蹴り返しました。


「いたっ何よっこの私よりほんのちょびっ~とだけ美人だからってぇっ、調子に乗ってんじゃないわよっ」


 アグニは再び漣の足の脛を蹴りました。


「何よ、嫉妬してるの? 魔族に嫉妬するなんて、幼稚なのねっ」


 漣はアグニの足の脛を蹴り返しました。


「誰が幼稚よ、このっおかめちんこっ」


 アグニは漣の足の脛を蹴りました。


「私がおかめちんこなら、あなたはこんこんちきよっ」


 漣はアグニの足の脛を蹴り返しました。


「なんですってっ大体いつ死ぬかもわからないこの私に、少しは慈愛の心を見せようっていう気持ちはないわけ? そういうところが所詮魔族の混血の悪いところよっ」


 アグニは漣の足の脛を蹴りました。


「慈愛を見せるにも限度があるわよ。私は人間らしくあなたと接してるつもりよ、このちょいけつでか女!!」


 漣はアグニの足の脛を蹴り返しました。


「だっ誰がっちょいけつでかですってっ人が少し気にしてることをズケズケとっそこまで大きくないわよっこの腐れ魔族っ」


 アグニは漣の足の脛を蹴りました。


「誰が魔族よっハーフだって何度も言ってるでしょうがっこの、わからんちんのっぽんぽんちきっ」


 漣はアグニの足の脛を蹴り返しました。


 中々聖女に出会えず苛立っていたアグニは、とうとう漣と孤児院で、もはや仲間内では定番となり始めた小競り合いを始めてしまったのです。


 その様子を見たグラウスは、


「ピエタ様、アグニの変性呪文が切れかかっているんじゃないですか?」

 

 とピエタに進言します。


 ですがピエタはその意見を一蹴しました。


「いや、呪文はしっかり効いておる。あれは天然じゃ。アグニの魔族嫌いは人格の悪影響とは一切関係ない」

「そんな・・・」

「まったまには喧嘩させるのもガス抜きになるじゃろう、おっほっほっ」

「はっはぁ・・・」


 そしてレジスタンスのアジトまで魔法の絨毯で戻ると、再びマクスウェルにハインの事を尋ねました。


「・・・ハインなら、さっき戻ってきたぞ。キミの事を探してると言ったら、自分も仕事ついでに探しに行くといって、竜で飛んでいってしまった」

「なんだと・・・くっそう・・・」


 ゼントの怒りが極限に達し始めていました。


「それで、マクスウェル殿。ハインが行きそうな場所に心当たりはあるかえ?」


 ピエタは落ち着いた口調で問いかけましたが、内心は少し焦りと怒りが芽生えていました。


「そうですね。また孤児院か、それかここから近くの街、仕事ついでと行ってたから、セーブルで治療をしているかもしれませんね」


「よし、班を二つに分けるぞ。俺とリョウマとピエタがセーブルに行く。アグニ達は孤児院に戻ってくれっ」

 

 ゼントが皆にそう指揮しました。


「ええ~~また孤児院に戻りますの? 嫌よ、もう疲れましたわ~~」


「我侭言うな、アグニ。ペロッティ殿のためだ」


 愚痴るアグニをグラウスは必死に諌めます。


「もしも戻ってきた時のために、私がアジトに残っているわ」


 漣がゼントに進言しました。


「それがいい。では行くぞ、お前ら!!」


 こうしてパーティーは漣をアジトに残し、二手に分かれて聖女ハインの大捜索にあたることになったのでした。

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