第84話『賢者の国の黒い噂』
大会議室に入ってきた彼女の名前はナカオカ・ラズルシャーチ。武の国ラズルシャーチ出身の魔法使いで医師、元々はラズルシャーチの医療分野を担っていた政治家です。年齢は22歳で、現在は医療開発特区の管理者をしています。
「成果無しって、ナカオカ、どういうことぜよ??」
突然帰ってきたナカオカに、リョウマは驚いた表情で語り掛けました。
「ジャスタールは、今、かなり大変な事になってる」
ナカオカはムツの隣の席に座るなり、話し始めました。
「大変なことになってるって、どういうことだ??」
「非常に入国規制が厳しくなっててね。極端に魔力の高い者か、優秀な医者しか入国できないことになっていた」
「なんだって? それでナカオカ、おまんは入国できたがか?」
「ああ。一応、私ともう一人、ピッケルが入国を許されて、国内を、少しだけ視察する事ができた。」
「それで、様子は??」
リョウマは椅子から身を乗り出し、ナカオカに迫りました。
「現在、ジャスタールでは優秀な魔道具技師が絶滅しつつあるようだ。出来の悪い魔道具ばかりが輸出されているのも、そのせいだろう」
ナカオカは苦々しい表情でそう話しました。
「そんな!? ジャスタールが優秀な魔道具作れなくなったら、どこの国もまともな魔道具なんて作れなくなるぞ??」
「ああ、そうだな。だがジャスタールは、その代わりに新たな回復薬の製造を始めているようだ」
「新たな回復薬? どんなものだ??」
「ポーション、というものだ。その効果は、お前が持ってる回復アイテムよりも遥かに強力で、人体に受けた傷なんかも癒せてしまうらしい」
「それは凄いな。じゃあぜひそれを何とかパパイヤンにも輸出してもらうように交渉したらいい」
「駄目だ」
リョウマの提案を、ナカオカは一蹴しました。
「駄目って? どういうことぜよ?」
「そのポーションという薬、邪悪な魔力が込められていて、酷い中毒症状があるようなんだ。薬を一口でも飲めば最後、その人間はポーション依存症に陥り、飲まないとやっていられない体になってしまう」
「なんだって!! それって滅茶苦茶危険な薬じゃないがかっ」
「ああ、危険な薬だ。既にジャスタールの民の一部が薬漬けになっていて、酷く荒れている地域もあったぞ。そしてジャスタールは、遠くないうちに、ポーションを世界中に輸出して、魔道具の代わりとして莫大な利益を上げようと考えているようだな」
それを聞いたトットーネは、怯えた調子で切り出します。
「そんな薬が世に出回ったら、世界中が大混乱に陥りますよ? 一体ジャスタールは何を考えているんですか???」
「・・・とある街で、嫌な話を聞いた。ジャスタールが、二ニギノマコト様を主宰神として崇め始めた、というな・・・」
二ニギノマコト。その名前を聞いた会合衆の面々は、戦々恐々とします。彼女は神でありながら、今は黄泉の国を治めているといわれる、強力な呪いの心を持つ恐ろしい女性神です。
「二ニギノマコト様って、ジャスタールは長きに渡って、ずっとツクヨミ様を崇拝してきた国じゃないですか?? おかしいですよっ」
そのあまりにも衝撃的な事実に、ムツは動揺を隠せないといった様子でした。
「落ち着け、ムツ。ナカオカの話を聞こうぜよ。それで、タケミカヅチ様を信仰してるウチらガレリア王国とは、どういう関係になりそうだ?」
「・・・かつて、ジャスタールが内戦を起こし、長らく北と南に別れていた事は皆も知っているだろう? それを武力と巧みな政治手腕で再び一つに統一させたのが、現大賢者のピエタ・マリアッティだ。その功績を認められ、歴史の教科書に名前が載る存在にもなった。しかし、彼が国を去った後、今、ジャスタールを統治している国の賢者王は、とても残忍で、冷酷な一面を持っているようでな。大賢者のピエタ・マリアッティがいればこんな事態にはならなかっただろうが。彼がいなくなった為、国は新たな大賢者を任命できず、魔道具に関する技術力も急速に落ちていっている。二ニギノマコト様を崇めはじめたこともあり、今後、賢者の国ジャスタールは、世界にとって危険な国家として、人間達に脅威を撒き散らす存在になるかもしれないな」
それを聞いたリョウマは、深く考え込んでしまいました。果たしてこの事実を、ピエタに伝えるべきか否か、迷っていたのです。
そして、ナカオカは自らのカバンから、一本の透明な液体の入った綺麗な瓶を取り出し、テーブルに置きました。
「一つだけ、何とか闇市で購入できた。1億ジェルでな」
一同は、ナカオカが置いた瓶を、金額に驚きつつも興味深げに眺めます。
「これがその、ポーションって奴ですか?」
ムツはナカオカに尋ねました。
「ああ、そうだ。一番安い庶民用の物でも、1億ジェルで売られているそうだ。もっと強力な効果のあるエルポーションとか、オメガポーション、ネオメガポーション、他にも沢山の種類があるようだが、流石に桁が違いすぎて、闇市では手が出せなかった」
「一番高いやつで、いくらで売られてたんだ??」
リョウマが興味深げに尋ねます。
「10億ジェル・・・」
その金額を聞いた会号衆達は驚愕しました。
「たかが小瓶の薬1本で、そっそんなもん。売れるがか?」
流石のリョウマも、驚いた様子でナカオカに問いかけました。
「落ち着け、リョウマ。こいつは売れるとか、売れないとか、もはやそういう類の代物じゃない。一回でも飲んだら最後、中毒になって買わざるおえなくなるんだ。我慢できなくなる。ポーションは、そういう危険な薬なんだ」
リョウマを含めた会合衆は、しばし沈黙してしまいました。
「とりあえず、私から言える事は一つ。ジャスタールとの交渉は、止めた方がいい。パパイヤンとしても、魔道具はどうしても独自生産できるようになりたいが、今ジャスタールと接触を持つのは避けるべきだ。下手に交渉が上手くいって、ポーションを高値で売りつけられ、売りにだしてしまったら最後、この都市も、ガレリア王国も、大荒れになるだろう。絶望が蔓延するぞ」
「まさか、あの偉大なる賢者の国が、そんな内情になっているとは・・・」
リョウマの隣の席に座っていたミヨシは、心を痛めている様子でした。
「とりあえず、私はこれからこの話を、ガレリア王国、祖国のラズルシャーチ、そしてサラバナの、残り世界3大強国の国王に直接伝えにいくつもりだ。手紙にはとても書けない内容だからな」
「そっそうか、ナカオカさん。貴重な情報ありがとうございます。助かりましたよ」
ムツは、ナカオカの労を労うように言葉をかけました。
「気にするな、大したことはしていない。一応、私がサラバナに入国できるよう、ムツ、お前が事前に交渉しておいてくれないか? 世界の混沌化に至る緊急事態だと言ってくれ。ジャスタールが一番最初に狙うのは、世界一の富裕国、ニニギノミコト様を崇めているサラバナだろうからな。その次は超巨大移民国家ガレリア、そして次は私の祖国、武の国ラズルシャーチ、といったところか。ひょっとしたら、同じようにニニギノミコト様を崇拝してる他の小国に、先に実験目的で売りはじめるかもしれない。それぐらい、今のジャスタールの賢者達は、危険な考えを持つようになっているようだ。」
ナカオカの話を聞いたリョウマは、テーブルにおいてあるポーションを手を取りました。
「おい、リョウマっお前、何を考えている? そのポーションは危険だと言っただろっカバンで増やそうとかするんじゃないぞっ」
「わかっとちょる。これからウチはマガゾっていう国に行く予定だ。マガゾには、クシャーダの知恵っちゅうもんがある。一本だけポケットに所持して、誰か薬学に精通してそうなマガゾ人に会ったら、このポーションの含有物等を分析してもらおうかと思うきに」
「マガゾ? お前も、マガゾに行くのか??」
ナカオカは仰天した様子でした。
「ああ、どうしても行かなくちゃいかん用事が出来てな。ついでに探索も、ガッツリしてくるつもりだ」
「そうか・・・俺もマガゾのとある城には一度だけ行った事があるが、あの国も、色々やばいぞ。疫病は定期的に蔓延するし、物価は異常に高いしな。医療技術は癒しの国、ハインズケールと競っていて、世界でも一位、二位を争うようだが、あまり長居はせず、早く帰って来いよ」
「ああ、わかった。ほな、ウチ、仲間のところに戻るきに。ムツ、また何かあったら手紙くれっすぐ返事する。ウチも手紙書くきにのう」
そう言うと、リョウマは椅子から立ち上がり、小さめのカバンを背負い込むと、部屋を後にしていきました。
「あっスセリ様、お一人では危険ですっ護衛します」
ミヨシは慌ててリョウマの後に付いていきます。
「全く、リョウマの奴。どうせマガゾでお宝探索するつもりなんだろ。少しは政もしっかりやってほしいな。ムツが不憫だろうに」
ナカオカは一言、そう漏らしました。
「私は平気ですよ。それよりナカオカさんの方は、今回どのぐらいパパイヤンにいてくれるんですか?」
「長旅でかなり疲れたし、とりあえず、二ヶ月ほどは逗留するよ。その後、まずここから一番近いサラバナへ行く。その間の政は、私も手伝うことにする」
「よかった。助かりますよ」
ムツはほっとしたように、軽く笑みを見せました。
ムツは都市の市長代理で、外交に長けた人物ではありますが、基本的には他国との貿易交渉や外交、リョウマが所有する店の経営、リョウマ不在時のカジノ特区の管理が主業務であり、都市の具体的な内政や、細かい財政政策などは、ナカオカや、優秀な商人である他の会合衆達が中心になって行っています。特に財政面はトットーネ・ヒロフミが管理している状況です
。
パパイヤンの初期の都市構想と主要な法律等の整備や人事、各主要な分野の担当を決めたのは幼き日のリョウマであり、他の会合衆はリョウマことスセリビメの意向に従って政治を行っています。リョウマは、都市の今後の政策方針の決定権は持っていますが、基本的にはやることやったから後は宜しく、と、今現在は商人としてお宝探しと金儲けにまい進している状態なのです。
会号衆の中にはリョウマに市長として全権を振るってほしいと考えているものもおりますが、当の本人は「ウチは世界一の商人になるきに、政は基本おまんらがやってくれ」と自由人のように生きています。勿論、いざとなったら彼女が前に出てきて指揮をするのですが、そういうときは大抵都市として認められつつある発展した街、パパイヤンの危機なのです。
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