第85話『アンシャーリー』

 グラウスの操縦する魔法の絨毯は、マガゾを包むように聳える国々を容易に超えていきました。そしてとうとう彼の視界に巨大な赤い皮膚をしたドラゴンが見えてきたのです。


「一体なんだ、あのとてつもなく巨大な龍は?」

「アンシャーリー。今のマガゾの、守護竜だ。」


 グラウスの問いかけに、ゼントは低音の、渋く、しかしやや高めでもあるカッコいい声で、一言答えました。


「こんな遠くからでも見えるなんて、巨大すぎませんこと?」


 アグニはそのあまりの巨大さに驚いている様子でした。同様の感情をリョウマも抱いていました。


「あの龍、ウチらを襲ってきたりはしないがか?」


「心配ない。奴は俺の顔を覚えている。襲っては来ない。内政にも干渉しないしな」


 ゼントは力強くそう言いました。


「ゼント、一体あの龍はどこから湧いてきたんだ?」


 グラウスはゼントに疑問を投げかけます。


「金だ・・・」


「アグニッ」


「はいっ」


 アグニはゼントに小銭を握らせました。


「・・・今から6年前、第三次クシャーダ発掘隊という部隊に、当時最年少だった俺は、カラカタ病を治す手段を見つけるため、部隊の護衛担当として参加した。その冒険は、双子の塔を登るというもので、過酷極まりないものだった。その過程で、ハインという俺の仲間が聖女に目覚めたんだが、俺は護衛の任を全うできず、多くの仲間達を死なせてしまったんだ。」


「そんなことがあったのか・・・」


「もう昔の話だ。それから俺は、塔の最上階に存在していた異世界に通じるゲートに入り、あらゆる流派の剣術を習得し、4年ほど前に帰ってきた。6年前の出来事で、王位継承権を持った最後の男が亡くなってしまってな。戻ってきたマガゾは、新しく王になって権力を握りたい軍部と、それを阻止したい民間人のレジスタンスとの間で内戦状態になり、多くの飢えた国民を生み出してしまっていた。貿易も滞り、国は財政破綻寸前だ。俺はそんなマガゾを救うため、この腕で外貨を稼ぎまくることにしたのさ」


「それでやたら金を取っていたのか・・・」


「ま、ウチは事情を知ってたけどな」


 銃の手入れをしていたリョウマが言いました。


ゼントの6年前の戦いにより、王家の血筋は途絶え、代わりに軍部が国の実権を握ろうとしました。そしてそれに反発する民衆との間で内戦が起こり、現在はその軍部と民衆を影で動かしている組織もいるのです。


「まあ元々俺は金が好きだからな。用心棒として稼ぎ始めた時に、丁度当時まだ子供だったリョウマ、ムツ、ミヨシ、おりょう、流浪と出会い、冒険する事になったんだ。」


 ゼントの過去を知った一同は、彼が内に秘めている深い悲しみを察し、かける言葉が見つからないといった状態でした。


「何も言わなくていい。過去は過去だ。俺は今を生きている。まあ、まさかこんな形でマガゾに戻るとは思わなかったがな」


 ゼントが話している最中に、魔法の絨毯はマガゾの隣国であるピョンテックの領空に入りました。


「ところで、その聖女というのはどういう人なんだい?」


「・・・・金だ」


「アグニッ!」


「はいっゼント様」


 アグニは喜喜としてゼントに大金を貢ぎます。  


「・・・聖女としての能力は完璧だが、戦闘では役立たず、人としては最底辺だ」


 ゼントは苦々しい表情でそう口走りました。キミがそれを言うのか、とグラウスは思わず口出しそうになりましたが、必死に堪えます。


「カラカタ病が収束しているのが唯一の救いだ。これで安心してマガゾに入国出来る。ゼント、その聖女殿はどこに居るんだ」


「金だ・・・・」


「・・・アグニィッ!!」


「はいっ」


 アグニはゼントに更に多めにお金の入った袋を渡しました。


「・・・恐らくは、東の都市ジャマンダだろう。あそこはレジスタンスの拠点で、あいつも中立だが、活動に少なからず加わってるはずだからな」


「ジャマンダか。よし、更に飛ばすぞ。皆、絨毯に掴まれ!」


 グラウスは威勢よくそう言うと、魔法の絨毯の速度を速めました。


 そしてついに一同はマガゾの領空に差し掛かったのでした。


 アンシャーリーは長い首をグラウス達に近づけて、見つめてきます。


「くっ、なんて馬鹿でかい龍だ。しかもレベル不明。一体どれほど強いんだ?」


「とても人間の手におえる存在じゃない。幸いなことに、奴は俺に気が付いている。襲っては来ないだろう」


「だといいんだがな・・・」


 巨大な龍、アンシャーリーをやり過ごして、グラウスはゼントの指示通り、王国の東の荒れ果てた建物の多い都市、ジャマンダに到着させました。

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