第80話『パリピリョウマといざ死地へ』

ブリジン王国の城に戻ってきたザルエラは、息子であるスナイデルに母親が殺された事を告げました。


「そんな・・・・お母さんが、どうして?」

「お前の母親は、何の理由もなく、魔族というだけで人間達の集団リンチに遭い、殺されたのだ」

「酷い・・・酷いよ・・・・」

「スナイデル。忘れるな、人間は魔族の敵だ。お前が強くなって、必ず母親の敵を討つんだ、分かったな?」


 ザルエラはスナイデルの両肩に手を置き、少年を説得しました。


「うん、わかったよ、お父さん。僕、絶対に強くなってみせる!」

「そうだ、それでいいんだ、スナイデル。お前の力なら、きっといつか必ずマナを乱用する人間共を根絶やしに出来るはずだ」


 ペミスエが殺された事で、スナイデルの心の内に、僅かですが人間への怒りの感情が芽生えてきました。それを敏感に感じ取ったザルエラはほくそ笑み、彼の成長に期待することにしたのです。



それから三日後、ミヨシが軍鶏鍋屋本店の来賓客室に、修繕された魔法の絨毯を持ってやってきました。待ち構えていたアグニ達は、さっそく絨毯を確かめます。それは綺麗な紋様がいくつも編みこまれており、とても美麗な一品でした。しかし総勢9名の大所帯を乗せるには、余りにも小さすぎる物でもありました。


「むむう・・・これでは5、6人乗せるのが精一杯じゃのう」


 マテウスと一緒にペロッティの介抱をしていたピエタが、悔しそうに言葉を吐きました。


 ところが、そこにルクレが皆を仰天させるアイデアを口に出したのです。


「僕に任せてよ」


 そう言うと、ルクレは絨毯の中央付近に手を置き、特殊能力、オブリビオンを発動しました。


 すると絨毯に鉄製の蓋が現れ、中は軍鶏鍋屋本店内に接続されていたのです。


「なんという力だ・・・」 


 そのあまりの能力の凄まじさに、グラウスは仰天しました。


「この能力は、今いる場所と、一度行った事のある場所を沢山繋げるゲートを作る能力だよ。これでいつでもパパイヤンに戻れるし、道中戦闘に出ない人たちは、この軍鶏鍋屋で快適に過ごせばいいからね。暇なときに買い物も出来るし、僕はカジノでジャックポットを狙いに行くことも可能って訳」


「なんて凄まじい特殊能力じゃ・・・いや、便利ではあるがのう」


「まあ、戦闘には全く使い物にならない便利能力だけどね。とりあえず、これでせまっ苦しい絨毯に全員が乗らなくてもすむでしょ」


 ルクレは皆に笑顔でそう言いました。


「うっうむ、これで準備万端じゃな。アグニ、グラウス、ゼント、漣。道中の露払いは頼んだぞ」


 ピエタの言葉に、アグニ達は力強く頷きました。ピエタはとても嬉しそうでした。ペロッティを救える可能性が高まり、心の底から安堵していたのです。


「賢者様、私もルクレ程じゃないけど回復はできます。ペロッティを看病させて下さい」


「そうか。ではお主も頼む。」


 ピエタは心の綺麗な漣の優しさに胸を打たれ、思わず涙腺を潤ませました。


「漣様、行ってらっしゃいませ。戦士ギルドは、このキリアンに万事お任せ下さい」


 戦士ギルドのサブマスター、キリアンがそう漣に告げました。


「ええ、頼んだわよ。とは言っても、いつでも戻ってこれるけどね」


 漣はキリアンに笑顔を見せつつ、ハグをしあいました。


「あの二人、抱き合ってるっそういう関係かよぉっ畜生っ」


 二人の様子を見たルクレが猛烈に嫉妬心を露にしました。


「何馬鹿な事言ってるの、ハグしただけじゃない」


「でも、でも、僕には全然してくれないじゃないかっ」


「もう、ルクレの馬鹿っ」


 漣は勇者に軽蔑の眼差しを向けつつ、その場を去って行こうとした、丁度そのときでした。リョウマが皆にとある提案をしたのです。


「みんな、マガゾは危険な国みたいだし、ここからは変名が必要だと思うちょる。だから、ウチが皆の名前を考えた。マガゾでは、やばいときは、できるだけその名で呼び合うようにしようぜよ」


「ふむ、変名か・・・気はすすまぬが、致し方ないであろうな」


 リョウマの提案を、ピエタは受け入れます。


 そしてリョウマはそれぞれに変名をつけはじめました。


「まず、グラウスは~、だいさくっ」


「だっだいさく・・・・」


「ピエタ様は、おたまっ」


「おたまか・・・うむ、承知したぞい」


「ゼントは、ごんすけっ」

「・・・ふん、名前など興味はない。好きに呼べ」


「ルクレは、じろうっ」

「なんで僕がじろうなんだよっ勇者だぞ? もっとカッコいい変名にしてくれよ~」


 リョウマは勇者の意向を無視し、話を続けます。


「漣は、うめこ!」


「うめこ、ね。わかったわ。私はうめこ、私はうめこ、と」


「マテウスさんは、とめ、な。あとで誰か伝えといてくれ」


「僕が伝えとくよ・・・」


 勇者はうんざりした様子で吐き捨てました。


「ペロッティはどうするのじゃ?」


「ペロッティは、う~ん、まつもと、がいいな」


「まつもと、か。うむ、いいじゃろう」


「だいさく・・・私が・・・だいさく・・・」


「リョウマ~、私の変名は??」


 好奇心旺盛に、アグニはリョウマに自らの変名を尋ねました。


「アグニは~、ちまめ!」



「ちっちまめって、病気じゃございませんこと?? で、リョウマは何?」


 アグニは興味深げにリョウマに食いつきます。


「ウチはもう変名だから、このままでいいだろうが」


「何よそれっずるいわねっまあいいわ」


「えへへ、決まりだな」


「よーし、行くわよっグ・・・じゃなかった、だいさくっ」

「今はグラウスでいいだろっ」


「あらそう? いいじゃない、だいさくって、人間味があって、素敵な響きだと思うわ。私なんて、もはや病気よ?」

「・・・・」


 グラウスは、陰鬱な表情で地面に視線を落としました。


 しかし、結局リョウマの考えた変名は、あまり活用される機会はなかったのです。


 マガゾは慢性的な自然災害と定期的な疫病の蔓延、そして圧倒的な資源不足から外貨を稼ぐ手段が無く、他の国の人たちには死地とも死の国とも呼ばれています。しかしマガゾはかつて存在したクシャーダ人という出自不明な謎の民族と竜人族の故郷でもあり、未開拓の洞窟や遺跡が多数存在する事から、一部の金に目ざとい商人達や用心棒、戦士や魔法使い達に目を付けられている場所でもありました。リョウマのマガゾでの目的は、最高ランクの無明の破片と、とあるアイテムを見つけることです。


 死地と呼ばれるマガゾですが、軍事面は充実しています。他国の侵略を阻むように国の象徴となっている巨大なドラゴン、アンシャーリー他、大多数のドラゴンが待ち構えている竜の国でもあり、マガゾの先住民であるクシャーダ人の知恵は、それだけでもマガゾにとっては大きな財産です。国自体は六年前に王家の血族が途絶え、王族達は暴走した軍部に根絶やしにされ、現在は民衆達との間で内戦が勃発し、非常に政情が不安定な状態となっています。マガゾの生まれであるゼントは、その事実に心を痛めていました。

 その一方で、リョウマの祖国で世界一の富裕国でもあるサラバナは、マガゾの持つクシャーダの知恵をもらう条件に、極秘に経済支援を行い続けていました。そしてその事も、15歳のリョウマは知っていたのです。マガゾ人は、サラバナ王国に大変感謝しています。打算的な父である国王の取引に、リョウマは不服でしたが、念願のマガゾに行ける事に、そしてお宝が眠るダンジョンが沢山あるという事実に、幼い少女が仲間の誰よりも胸を躍らせておりました。


「しかし、ゼント・・・じゃなかった。ごんすけが、マガゾ出身というのは、驚きですね」


 気を取り直したグラウスが、なんとも無くそう言いました。


「・・・俺はマガゾ生まれだが、両親はラズルシャーチの出身だ。人売りの国、ラズルシャーチに俺を奪われたくなかったようでな。俺を身ごもった状態でマガゾに逃れついたそうだ」


 ラズルシャーチは、レベルの高い子供を屈強なる戦士や魔法使い、回復術士等に育て上げ、他国に貸し出したり、売ることで莫大なる利益を得ている国です。しかしその行いには反発する国民も多く、ゼントの両親は子供を売られたくない一心で、身重の状態で祖国を離れ、遠い異国の地、マガゾに駆け込んだのです。


「なんと、ごんすけには、そういう事情があったのかえ・・・」


 ピエタはゼントの強さの秘密を知り、納得したようにうなづきました。


「・・・しまった、情報料を寄越せっ」

「はいっゼント様っ」


 アグニはゼントに心づけをしました。


「では、早速この魔法の絨毯でマガゾまで行くとするかのう。」


 店を出た英雄達の旅立ちを聞きつけた住人や商人、偶然立ち寄った旅人や富裕層達が、リョウマと戦士ギルドのマスター漣との、しばしの別れを惜しみ始めました。


「心配するな。ウチらはちょくちょく様子を見に戻ってくるぜよ。後の事は頼んだぞ、ムツ」


 住人と7人の会合衆達の先頭に立っていたムツに、リョウマは陽気に声をかけました。


「ちぇっ全くリョウマは本当に自由人だよねぇ。少しは執務や外交、店の財務会計で多忙な私の身にもなってほしいよ。おまけに人相の悪い大工達まで押し付けてきてさ~あいつら腕は確かだけど、人格問題ないよね? なんかどんどん私、酷使されてるんだけど~」


 ムツはさっそくサラバナ人の特徴である、得意の愚痴を披露します。


「心配ない。あいつらは超有能だし、改心した。このガレリア王国の元モントーヤ邸で、お抱えの大工をしてたぐらいだからなっ」


 リョウマが必死にポンカツ達5人組を擁護しました。


「まあ、リョウマがそう言うなら、従うけどねぇ・・・」


 ムツは腕を組み、それでも多少不服そうでした。


「スセリ様が不在中のパパイヤンの治安は、このパパイヤン近衛隊長、ミヨシシンゾウと商兵団、戦士ギルドに全てお任せ下さいっ」


 ミヨシがムツの前に出てきて、リョウマに優しく、そして力強い言葉を放ちました。


「うむ。頼んだぞ、ミヨシ君。お主の腕はめっちゃ信頼しとるからのう」

「ありがたきお言葉。このミヨシ、恐縮の極みです」


 リョウマとミヨシは、固く握手をしました。


「うめこマスター、どうぞご無事で」


 キリアンと戦士ギルドの面々が、漣に敬礼をしました。


「皆、ありがとう。うめこ、行っきま~すっでも、たまには帰ってくるからね」


 魔族の混血児は嫌われていますが、このパパイヤンでは、そのような事は一切無く、漣の人柄とお洒落さもあり、彼女は都市のちょっとした人気者で、女性達にとっては服の流行の発信源的な存在でもありました。


「何よっこの街の人達たら、クソ魔族なんかにデレデレしちゃって・・・この私の方が、高貴で上品な美少女じゃないっ」


 アグニはパパイヤンの住人達の皆に囲まれ慕われている漣の姿を見て、頬を大きく膨らませていました。

 自分よりも美しい女などこの世にいない。ずっとそう信じて暮らしてきたアグニでしたが、パパイヤンで初めて自分を遥かに上回る美女、漣と出会い、非常に不機嫌極まりない、といった様子でした。

 


 こうしてアグニ達は、死の危機に瀕するペロッティを救うため、新たなる国マガゾに向かって旅に出る事にしたのでした。  

 そこに壮絶なる死闘の連続と仲間の死という悲劇、史上最悪の敵との大激闘が待ち構えている事など、このときのアグニには、知る由もありませんでした。


 第一部第一章、完。


 第二章:予告


 衝撃の終わり方を迎えた第一章。果たしてペロッティはこのまま死亡してしまうのか?


 死の国マガゾを舞台とした、新たなる冒険の幕が上がる。


 いよいよ始まる第二章は、第一章とは毛色が異なり、少しサスペンス風で、ダークなストーリー展開。しかしどこか陽気なアグニと仲間達が織り成すコミカルな展開も、たっぷり用意されている。


 衝撃的な展開の連続と、いよいよ現れる諸悪の根源? 死の国マガゾで待ち受けていたのは、新たなる仲間達との出会いと裏切り、国家崩壊の危機だった。そしてアグニ達の前に立ちはだかる、史上最凶の敵。まるで悪夢のように、次々と倒されていく仲間達。圧倒的なその強さ、漂う絶望感の中で、アグニは生まれて初めて、自らの旅の終わり、「死」、を強く意識するのである。

 果たして運命に導かれるように集まったアグニとその仲間達は、最凶の敵にどう立ち向かうのか? アグニと定めの仲間達が死力を尽くす、命をかけた総力戦!


 2022年10月10日、開幕。




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