第79話『命の花言葉、後編』
グラウスは、その少女に霊体が憑いていないことを確認しました。しかし、エクソシストの瞳は鈍い輝きを見せます。彼の瞳は、怪しい影を捉えたのです。
「失礼ですが、ご主人。パパイヤンにはいつから?」
「今から半年ほど前に移住してきました」
「そうですか。それで、パパイヤンに来るまでに、どこか別の国に逗留しましたか?」
「一ヶ月ほど、ハインズケールと、とある小国に立ち寄りましたわ。」
グラウスの問いかけに、婦人は真摯な表情で答えます。そして鑑定を終えたエクソシストは、夫婦に残酷な一言を放ちました。
「残念ですが、このままだと、カレリーナお嬢さんは、もうじき命を落とすことになるでしょう」
グラウスの言葉に、夫妻は衝撃を受け、泣き崩れます。しかし少女は事態が飲み込めず、きょとんした表情をしたままでした。
「彼女には、悪霊は憑いていません。」
「じゃあ一体どうしてこんなことが??」
「どうやら彼女は、何者かに呪いをかけられたようですね。」
そう言うと、グラウスは、右掌から細い布を垂れ流し始めました。
「呪いですって?? 一体誰に?」
「それは解りませんが、その呪いをかけた主は、彼女に、自らの体から咲いた花を売るように命じているようです。そしてその花は、彼女の、生命力、を代償に咲いています」
「ああ、なんてこと!!」
「カレリーナさんがこのような姿になり始めたのは、恐らくはその呪いが原因でしょう。ですが安心して下さい、大した強度の物ではありません。」
「では、娘は助かりますの??」
「ええ、今から、私の力で呪いを、解きますっ」
そう言うと、グラウスは布を少女に向かって飛ばし、拘束しました。少女は驚き、立ち上がって激しく巻きついた布を解こうとします。
「悪いけど、こうなるともう動けないよ、呪いの主よ」
「貴様ッ何する気だっ止めろっ人の邪魔をするんじゃないっ」
少女の口から、おぞましい怨嗟の篭った男の声が聴こえてきました。
「この呪い、どうやら遠隔操作のようですね。本体は、恐らくハインズケールかどこか別の国にいるんでしょう。お前の魂胆は知らないが、下らない野望は、これで終わりだっ破呪っ」
グラウスは、自らの膨大な魔力を、布を通して少女の体に大量に流し込み始めました。そのあまりの痛みに、少女は男とも女ともつかない声で叫び続けます。
「ちっ畜生!!」
少女の口からは、はっきりと呪いをかけた張本人の声がしました。しかし破呪が成功し、その声も完璧に途絶えます。
そしてそれから暫くして、グラウスは少女を解放し、布を体内にしまい込みました。
すると、どうでしょう。老婆のようだった少女の体が、みるみる内に元の愛らしい年相応の姿に戻っていったのです。
「破呪、完了」
グラウスは柔らかな笑みを浮かべました。元に戻った少女に、婦人とその夫は涙を流しながら抱きつきます。グラウスは、家族のふれあいを愛しそうな眼差しで見つめています。既に家族のいないエクソシストの視界には、その触れあいは、どこか儚げに映りました。
「この呪いをかけた者の魂胆はわかりません。その花がどんな意味を持つのかも不明です。念のため、今室内にある花は、全て焼却処分してください」
「わっわかりました」
「その花を買っていった人たちは、全て把握できますか?」
「常連客しか買っていかなかったので、解りますわ」
「では私は、その花を買っていった人たちの元にも行ってみようと思います。ではさっそく、失礼ですが、報酬を・・・」
そう切り出したグラウスに対し、婦人の夫は謝辞を述べながら、大判のコイン、1億ジェル分の入った袋を手渡しました。そのあまりの金額と重さに、グラウスは驚きます。
「ご主人? このような大金は、いただけませんよ??」
「いいんです、もらっていってください。娘の命の恩人ですし、この程度は、この街では、はした金ですからっ」
そう言って、主人はグラウスの手を取り、何度も感謝の言葉をのべました。
そしてグラウスは、元の姿に戻ったカレリーナの頭を軽く撫でると、婦人ととともに花を売った他の家の者達の元へと向かって行ったのでした。
他の家の人々にはカレリーナと同様の現象は起こっていませんでしたが、家主達は皆呪われており、グラウスは破呪をし、その度に大金を稼ぎます。セレブの住むパパイヤンの住民達のはぶりのよさに、これまで格安で仕事を請け負ってきたグラウスは大層驚きましたが、今は目の前の仕事に夢中の様子でした。
それから全ての家での破呪を終え、グラウスはカジノ特区へと向かっていったのです。
このグラウスの密かな大活躍によって、街の重大な危機は、未然に防がれたのでした。
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