第78話『命の花言葉、前編』

これは、アグニ達が魔族ペミスエと交戦する前の午後、グラウスの仕事探しにミヨシが立ち会っていたときの話です。


 グラウスは、ミヨシに先導され、富豪達の住む地区の優美な街並みを歩いていました。


「仕事になるか解りませんが、最近富裕地区のとある家に、奇妙な花売りの婦人がいるという話を聞いております」


 ミヨシは眉をしかめ、周囲を散策しているグラウスにそう言葉を投げかけました。


「花売りの婦人?」


「ほら、あの女性です」 


 ミヨシが指差したのは、バスケットを手にかけ、通路に立ち、花を売っている、中年でけばけばしい服装をした女性でした。


「あの花は、一体?」


「見たこともない品種なのですが、美しいということで、一部の物好きな富裕層に売れているようなんです」


「なるほど・・・」


 さっそくグラウスは、その花売りの女性に近づき、声をかけました。


「失礼、ご婦人。その花、幾らですか?」


「あら、あなた。買ってくださるの。この花は一品物よ。一輪10万ジェルはするわ」


 花売りの婦人は鼻息を荒くして、グラウスに商売っけを見せます。


「この花・・・普通の花じゃないですね。一体どこで栽培されたのです?」


 グラウスの鋭い質問に、婦人は口ごもり、エクソシストから視線を外しました。


「そっそれは・・・あなた、レベル70?? 一体何者ですの?」


「・・・私は旅のエクソシストです。除霊やお祓いなどを生業にしています。もしよければ、この私に、この花の出所を教えていただけませんか?」


 エクソシスト、という言葉に、中年の婦人の瞳は輝きを見せ、そしてグラウスに縋るような眼差しを向けました。


「あなた、除霊が出来るの? お願い、娘を助けて下さらない? この花を売らないと、娘が死んでしまうかもしれないの」 


 女性は大量の花の入ったバスケットを放り捨て、グラウスの両肩を掴みます。その様子を見たミヨシが離れるように婦人に言いますが、エクソシストは彼を制止しました。


「一体どういう事情なのか、まずは話を聞いてからです」


「ぜひ家にいらして」


 婦人はグラウスの手を引っ張り、彼を自らの家に招きいれようとしました。ミヨシも心配そうな表情で後についていきます。


 花売りの女性の家は、美麗な庭園を持つ邸宅でした。このパパイヤンの中でも、かなりの富裕層と見られます。


「グラウス殿。何かきな臭いですよ。私も同行しましょうか?」


 家に入ろうとしたグラウスに、ミヨシは声をかけますが、彼は、


「いや、ここから先は私一人で。ミヨシ殿は自らの仕事に戻って下さい」


 と言い、婦人と共に邸宅内に入っていきました。


 家に入ったグラウスは、3階の子供部屋に通されました。その部屋の中央に置かれていた椅子に座っていたのは、顔中小皺だらけで、右腕から綺麗な花が生えている少女でした。隣には父親らしき人物も立ち尽くしています。


「おい、マーサ、この男は誰だ?」


 頭髪の短い小太りの男が、グラウスに詰め寄ってきます。


「私の名前はグラウス・アーサー・アルテナ。旅のエクソシストです」


「エクソシスト・・・グラウス? その名前、どこかで聞いたことがあるぞ。いや、まさか、あなたは、スセリビメの鑑定を行った、あのグラウス・アーサー・アルテナ殿ですか?」


「ええ、スセリビメをみたのは、私です」

 

 それを聞いた婦人の夫は掌を返し、グラウスに頭を下げました。彼の名前は、サラバナの人間なら誰もが知っているようです。


「まあ、あなたがあのグラウス様だったですか?」


 マーサと呼ばれた婦人も、驚いたように口を押さえています。

 

「お母さん、この人は、誰?」


 まるで老婆のような容姿をした少女でしたが、その声は可愛らしく、拙いものでした。


「あなたを助けてくれるかもしれない人よ」


 婦人は少女にそう言うと、さっそくグラウスを少女の前に向かわせます。


「とりあえず、事情を聞かせてもらいましょうか」


 グラウスは冷静な眼差しで、少女の右腕から咲いている花を視界に入れつつ、隣に立つ婦人に語りかけました。しかし話し始めたのは夫の方です。


「3ヶ月ほど前から、私の一人娘カレリーナの右腕に、綺麗な花が生えてくるようになったんです。生えてくるたびに切断しているのですが、何度切り落としても生えてきて・・・その度に、娘はどんどん老いていって・・・・」


「で、何故その花を売っていたんです?」


「この花は、人に売らないといけないって、中の人に言われてるんだよ」


 と、少女がグラウスに言います。


「ほう。そういうことですか・・・。」


 そして、グラウスは自らの特殊な瞳を駆使し、その少女を鑑定しはじめたのでした。

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