第73話『三千鴉《トゥイーティーヴァローナ》』
人の群れでざわつく軍鶏鍋屋本店を出て直に、ライカールトは立ち止まりました。
「ちょっとお待ち下さい、ピエタ様。この私の能力で、一気に目的地まで参りましょう」
ライカールトはそう言うと、ロープを取り出し、皆に掴むよう促しました。
「む? うむ。よいじゃろう。やってくれ」
皆、彼の指示に従い、素直にロープを握ります。
「テレフネーションッ」
ライカールト達は一気に目的地である生産地区の外れ、魔族の大群が陣取っている場所までやって来ました。
一部の商兵団達とキリアンを中心とする戦士ギルドの団員達は、既に魔族の軍勢と交戦を始めていましたが、劣勢です。
「なんだ? あいつは?」
魔族の一人が、現れたピエタ達を指差しました。
「あいつはっライカールトだっ魔族殺しのライカールトだぁ」
「ひえええええええっ」
ライカールトの顔と名前は、魔族たちの間でも非常によく知られているようです。
「おいヤバイぞっあのくそったれ回復魔のマテウスと、よりによって無慈悲のファルガーまで居やがるっどういうことだよ、俺たちゃ聞いてねぇよ」
現れたモントーヤトリデンテ3人の姿に、魔族の兵士たちは怯えの表情を浮かべます。
「ふむ、どうやら既に大戦が始まっているようじゃのう」
「この魔族どもを、この少ないメンバーで根絶やしにし、ザルエラの元へ向かいましょう」
そういうと、ライカールトは背中に担いだ自慢の大斧と盾を装備し、魔族の群れに向かって行こうとしました。
しかし、そんな彼をゼントが呼び止めます。
「待てっライカールト。こんなところで無用な体力を使うな。道は俺が切り開く。お前らはザルエラとかいう陰湿ナメクジの元へ急げっ」
「切り開くだと? どうやって??」
ライカールトがゼントに問いかけます。
「ああん、生意気言ってんじゃねぇぞ、小僧。てめえは俺達の足引っ張らないように戦えよっ」
ファルガーが怒りを露にして、ゼントに食って掛かります。
「ここは、俺とピエタとミヨシに任せろ。その代わり、お前達三人は、必ずザルエラとかいう蚤の糞の首を取って来いっ」
ゼントはファルガーの言葉を聞き流し、力強くそう言い放ちます。そして、右腰に装備した十束剣を抜きました。
そして彼の体に起こった唐突なる異変に、ライカールト達は驚愕の表情を見せます。
「ばっ馬鹿な、こいつ、れっレベルが・・・・レベルが・・・・・・・跳ね上がっていやがる?! 突然見えなくなった? 何か病気にでもなったのか??」
「一体どういうことだっ? まさか、彼はクシナダ姫と・・・いや、そんなはずはないが・・・」
「でも彼、猛毒状態になっているわよっどうなってるの?? やっぱり何かの病気じゃないの?」
驚くモントーヤ・トリデンテンテ3人を横目に、ゼントは悠然と、皆の一歩前に出ました。
そして自らを挑発してしてきた魔族の一人に問いかけたのです。
「おい、お前。お前には、慈悲の心はあるか?」
「ああん、何言ってんだ? この野郎、この雑魚がっ俺達純粋魔族はな慈悲なんてくだらねぇ感情はもたねぇんだよ、多々ひたすらに暴に狂う、それだけだぜ。お前は雑魚そうだし、まずはてめえから殺ってやるよっ」
そういって魔族の兵士は不気味で冷酷極まりない笑い声を上げました。
「・・・殺すなどと、簡単に言う、か。わかった、ならばこの俺が、今からお前達全員を、・・・・殲滅するっ」
そう力強く言い切ると、ゼントは口元のフードを下ろし、美しい容姿を露にしました。そして・・・。
「おっおい、キミ、これだけの数を相手に一人で戦うって、一体何をするつもりだっ死にたいのか? 馬鹿な事は考えるな」
ライカールトはゼントを制止しようと試みましたが、ゼントは振り返り、
「煩いぞ、時間が無いんだっ黙って戦闘準備を整えておけっ」
とはき捨てたのです。
「なっ・・・」
ゼントの不遜きわなりないその様に、モントーヤトリデンテ達は言葉を失ってしまいました。
しかし、ピエタは安堵し、一人ニヤリと笑みを浮かべたのでした。
そしてゼントは、何故か突然短歌を歌い始めました。
「・・・三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい・・・」
「なんだあのガキ、なんか歌い始めたぞ?」
「うぜぇ雑魚だなっ今だ、殺せ殺せ!!」
レベル約20000ほどの身の程を知らない魔族達は、無防備状態の、低音の声質で軽く歌うゼントに一斉に飛び掛っていきます。
「・・・時世の歌だ、歌わせろ。ただし、貴様らっ極悪魔族共のだがなっ!」
魔族の斥候がゼントに向かってきますが、それよりも速く、彼は神速で技を繰り出しました。
「食らえ、神道無念流、絶技・
ゼントがそう叫んだ瞬間、なんと三千ものゼントの分身体となる黒い影が出現し、魔族の大群達を無作為に切り伏せ始めたのです。
「なっなんだとおっ」
そのあまりにも凄まじい未知の技に、ライカールト達モントーヤトリデンテは、驚愕の表情を見せました。
レベル20000を超える魔族たちの斥候の大多数は、ゼントの大技によって、ほとんどが一撃で屠られていってしまったのです。
「なっ・・・なんという技だ、しっ信じられん・・・」
そのあまりにも衝撃的過ぎる光景に、ライカールト達はゼントに畏怖の念を覚えました。
「さあ、道は開けたぞ。後の僅かに生き残っている輩は、俺ら三人が始末する。行け、ライカールト!」
モントーヤトリデンテは、ゼントに言われるがまま、次々と倒れ、絶命してゆく魔族達を横目に、ザルエラの元へ向かっていきました。
そしてゼントは剣を収め、全てを見て、ゆっくりと歩いてきたピエタの解毒魔法による治療を受け始めました。
「見事であったぞ、ゼントよ。またしても、とてつもない技を使いおったのう」
「ふん・・・大したことない。喋ってる暇があったら早く解毒しろ」
「うむ、では少し急ぐとするかのう」
ピエタは魔力を高め、ゼントの解毒を行いました。
「あっ相変わらず、ゼント殿のお強さは無茶苦茶ですね・・・・このミヨシ、流石に恐怖で震えております。後生ですから、私には今の
ゼントの真の強さを熟知しているミヨシが、小便を漏らしそうになり、もじもじしつつも、いとも容易く勝機を見出した英傑を褒め称えました。
「そんなこと、この俺がするわけないだろうっお前だって充分強い。もっと堂々と振舞えっ」
「はっはいっ」
ゼントの放った大技によって、殆どの魔族達は絶命しましたが、それでもまだごく一部はかすかに息をしている者達がいました。
彼はこれでも情けをかけ、多少の手加減を加えたのです。
「さてと、ミヨシ君!! 息をしている残党達に止めを刺しに行くとするぞい!」
「りょっ了解です、賢者様っ」
ゼントの解毒を終えたピエタとミヨシは、僅かに生き残っていた魔族の群れに突撃していきます。
元のレベルに戻ったゼントも、眠りに落ちたい衝動を抑えつつ、木刀に持ち替え、少し遅れて後に続いていきました。
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