第71話『戦争に、正義はない』
軍鶏鍋屋本店の来賓室で待機していたピエタ達の元に、ミヨシが全速力で戻ってきました。
「ピエタ様、ご報告です。既に3000を超える敵の魔族の軍勢が生産地区から離れた場所に陣を組んでいます。住民達には議事堂へ非難するよう指示を出しました。商兵団の面々が誘導を行っています。いかが致しますか?」
「うむ、ご苦労であったぞ、ミヨシ君。では、ワシらがやる事は一つしかあるまいて」
ピエタは悲壮感溢れる表情でそう言うと、仲間達の顔を見ていきました。
皆、心は一つといった様子でした。
ライカールトは目を覚まし、口元のフードを降ろして水を飲んでいたゼントのレベルを確認し、少し眉を顰めました。
「(なんだ? このとんでもない美男子は? とてもレベル1923とは思えぬ、恐ろしい威圧感をかもし出しているぞ・・・まだ若いようだが、これは・・・既に達人の領域に達している人間が持ちえる圧だ・・・この私と同等? いや、それ以上??・・・この恐ろしいまでの甘いマスクをした美男子、一体、何者なんだ?)」
そして熟練の戦士は、眼前のゼントに声をかけました。
「キミ、強そうだな。名前は?」
「金だ・・・」
「何?」
「人の名前を尋ねる前に、まずはそちらが名乗るのが礼儀であろう」
「こっこれは失礼した、私はリオネル・ライカールト。後ろの二名はマテウスと、ファルガーだ」
「金を払えば、名前ぐらいなら・・・教えてやっても構わんぞ」
このゼントの不遜極まりない発言にファルガーが怒り、ゼントに食ってかかりました。
「おいっレベル1923の糞雑魚がぁっこの非常事態にっふざけた事抜かしてんじゃねえぞぉっ!」
「おちつけ、ファルガー。そなた、全身から漲る闘気を感じる。レベルに相応しない強さを内に秘めているな。アグニお嬢様救出のため、私達に力を貸してくれないか?」
「金だ・・・」
「何?」
「金をもらわなければ、俺は、一切の協力は・・・しないっ」
ファルガーは堪らず座っていたゼントの胸倉を掴み、無理やり立ち上がらせ、マスクを近づけ、大声で威嚇しました。
「貴様っ一体何を言っているんだっ今すぐぶちのめしてやろうか?!」
「関係ない。金を渡さないなら、協力は、しない」
「ぐぬぬ・・・先ほどから金、金、金、と、貴公は剣士だろう? 武を持つ者としての本懐は無いのか? 剣を持つ身なら、正義のために剣を振るえっ」
忍耐強いライカールトも、流石に我慢できずに、思わずゼントに手厳しい言葉を投げかけてしまいました。
「正義だと? おいデカブツ、あんまり俺を笑わせようとするな。」
「でっデカブツ??」
「正義なんてものは、戦の世界には存在しない。そんな世迷言を掲げているようでは、早死にするだけだ。俺は用心棒。俺の戦いに、正義なんてものはない。金が全ての世界を生きている、ただの仕事だ。渡すのか?渡さないのか?どっちなんだ? 俺に剣を振るわせたいなら、相応の対価を支払え。払えないというのなら、目障りだ。今すぐ俺の視界から消えうせろっ」
ゼントは武人と仲間達を鼻で笑い飛ばし、自らの持論を述べ、露骨に金を要求したのでした。正義とは、ゼントがもっとも忌み嫌う言葉でした。かつて正義を掲げ戦い、そして失ってきた物の大きさに、後に王となる若き剣士はもっとも苦悩していたのです。
「このガキ、偉そうにっもう我慢できねぇ・・・・全力で、その綺麗な顔を粉砕してやるぜっ」
拳を振り上げたファルガーの肩を、ライカールトが掴みました。
「・・・ファルガー・・・渡してやれ」
ライカールトは必死に怒りを押さえ込み、ファルガーに優しい口調でそう告げました。
「くっ・・・畜生っこの、与太者めっ。持って行きやがれっ」
ファルガーは300万ジェルの大金の入った袋をゼントに叩きつけるように投げつけました。驚異的な動体視力と反射神経を持った絶世の美男子は、軽く左掌で小袋を掴むと、中身を改めました。
「ふむ・・・いいだろう。俺の名前は、ゼント・クニヌシ。金はもらった。見合った協力はしてやろう」
そう言うと、ゼントは立ち上がり、店を後にしようと動き始めました。
「クソッタレがっ。待てよっ無法松っ」
ファルガーは怒りに燃えた瞳でゼントを睨みつけ、厳しい言葉をぶつけました。
「落ち着け、ファルガー」
ライカールトは猛るファルガーを必死になだめます。
「あのお方、レベルは高いですけど・・・本当に頼りになるのかしら?」
マテウスが心配そうにライカールトに呟きます。
「心配せずとも、ゼントがおれば心強いぞ」
マテウスの不安を、彼の真の強さを熟知しているピエタがかき消しました。
「では、早速アグニ様救出作戦に向かいましょう」
ライカールト達は立ち上がり、来賓室を出て、軍鶏鍋屋本店を後にしました。
「おい、ゼント、お主、本当に大丈夫なのか? あの技は、単体攻撃であろう?」
ピエタは小声でひそひそと、モントーヤトリデンテに聴こえないようにゼントに語り掛けます。
「心配するな。あの技は、当分使わん。こうなってしまった以上、もっと別の・・・強力な技を使う」
ゼントも小声で、小さな体のピエタに言いました。
「もっと別の・・・強力な技??ゴクリッ」
それを聞いたピエタは、息を飲み込みました。
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