第66話『悪意の進撃』

アグニ達がペミスエと本格的な戦闘に入った頃、ミヨシと巨人魔族トールは互いににらみ合い、動けない状態が続いていました。


「(この巨人魔族を何としても打ち倒さねば・・・)」


 ミヨシは決死の覚悟でトールに向かっていきます。


 しかし、トールに渾身の槍の一撃は避けられ、逆に窮地に追い詰められてしまいました。


「死ね、人間!!」


 トールは振り上げた槌をミヨシ目掛けて振り下ろしてきました。しかしその槌を槍で受け止めると、ミヨシは数歩後方に飛んで、必殺奥義の構えを取りました。


「あまり戦闘を長引かせるわけには行かないんでね。ここで消えてもらうぞ! 魔族よ!!」


 ミヨシは槍の切っ先に全神経を集中させ始めます。


「そうはさせぬぞ」


 トールはその体躯からは想像のつかないほどの恐ろしい速さで槌を振り回してきました。

 流石のミヨシも全て避ける事は出来ず、強烈な一撃を腹部に食らってしまいました。


「ぐはっ」


 腹部に損傷を受けたミヨシは、あまりの槌の破壊力に吐血してしまいます。


「このまま死ね!! 人間!!!」


 トールが苦痛に顔を歪めるミヨシ目掛けて容赦なく槌を振り下ろします。


 しかしミヨシは残る力を振り絞ってその一撃を避けると、高速で移動して、無防備になったトールの腹部目掛けて自らの技を繰り出しました。


「行くぞ、宝蔵院流奥義! 無血残月翔ッ!!!」


 ミヨシは凄まじい速度で十文字槍の突きを連発しました。その突き技からは一切の血が出ません。

 

 彼がこの技を生み出したのは、べヒーモスの血が毒で、大地に流れると汚染土壌になり、砂漠化する、というパパイヤンの医療特区の研修者の研究結果の話を聞いたからでした。


 ミネルバ州に岩石地帯や砂漠が多いのは、自然環境のせいではなく、地域を牛耳るべヒーモス同士の争いによる血の散乱のせいなのです。

 この事実を知ったムツは、すでにガレリア国王に手紙で報告しており、現在対策を協議しているところです。


 そして無血残月翔の威力は魔族特攻により大幅に強化され、トールの全身を容易に何度も貫きました。


 これには流石の巨人魔族も断末魔を上げ、膝を地面に付きます。


「止めだ! 宝蔵院流奥義! 無血翔超烈破ッ!!」


 更にミヨシは攻撃の手を緩めず、高く飛び上がり、傷つき倒れているトール目掛けて槍を振り下ろしました。


 その槍の斬撃の威力は、ルクレにかけてもらった魔族特攻も乗り、強烈で、トールの体を縦に容易に真っ二つに切り裂きます。


「おのれ、人間めえええ!!」


 トールの体は叫び声と共に消滅していきました。


 戦闘は見事にミヨシの勝利に終わりました。


「凄い・・・これが・・・魔綬の威力???」


 ミヨシは自らの強化された槍の強さに驚いていましたが、腹部を深く損傷したため、地面に両膝をついてしまいます。


「ぐっ・・・」


 彼はリョウマから貰った回復薬を飲むと、少しだけ表情を和らげ、そして


「スセリ様、ご武運を・・・」


 と呟き、隠密を発動し、城外のピエタ達に合流しようと走り始めました。


 一方、魔族の軍勢との戦闘が既に始まっていたピエタ達は、圧倒的な力で大群をねじ伏せていました。


 ライカールトは巨大な斧を振り回し、ファルガーは強烈な拳と蹴りの連打で魔族達を次々と粉砕していきます。


 そしてピエタは新たに習得したイグナ・フラー魔族達に大連発していました。


 時折受けた軽いダメージも、マテウスの範囲回復魔法で事なきを得ていました。


 約300人の魔族対、ピエタ、ライカールト、ファルガー、マテウスの4人と商兵団約50名の戦闘は、ピエタ達の力で難なくねじ伏せる事に成功し始めていました。


 そこへ遅れて合流したミヨシが、戦闘中のピエタに語りかけます。


「ご無事でしたか? ピエタ様っ」


「ミヨシ君か? こっちは大丈夫じゃ、こんな低級魔族などにやられるワシらでは無いわいっ」


 賢者は自信たっぷりにそう言葉を返しつつ、極限まで高めた魔力でイグナ・フラーを大連発していました。


「ミヨシ君、左から敵の増援が来そうだ! 協力してくれ!!」


 戦闘中のライカールトがミヨシにそう声をかけます。


「結界をはりましょうか? ライカールト??」

「いや、いい。お前のレベルが下がるのは不味い。この程度の雑魚共に結界などいらんっ」


 ライカールトは向かってくる魔族達を斧で切り伏せつつ、マテウスに言葉を返しました。


「ライカールトの言うとおりだせ、マテウスッこんな雑魚共に結界なんか必要ねぇっお前は神魔法を使いつつ、俺達を適度に回復してくれよっ」


 ファルガーの圧倒的な豪腕で、襲い掛かってくる魔族達を次々と切り刻んでいきます。


「わかりました、二人とも。皆さん、回復は全てこの私にお任せ下さいっ」


「集団戦なら、このミヨシ・シンゾウにお任せ下さい。行くぞ、宝蔵院流奥義、竜巻千手殺!!」


 ミヨシは自らの体を激しく横回転させ、巨大な竜巻を作り上げると、やって来た魔族の群れに解き放ちました。

 竜巻に飲まれて、魔族たちは次々と粉みじんになって倒されていきます。

 ミヨシは一対一の戦いよりも集団戦の方が強いタイプの人物でした。


「やるではないか、ミヨシ君!」


 ピエタはミヨシの実力を素直に賞賛しました。


「賢者様にお褒めの言葉を頂き、このミヨシ・シンゾウ、恐縮の極みですっ」


 更にピエタはミヨシの体に起こった異変に気がつきました。


「ミヨシ君、お主・・・れっレベルが先ほどから50000以上も上昇しておるぞ?」

「そうなんです。この私は、どういうわけか、集団戦になると・・・レベルが上昇するという、よくわからない特殊体質が生まれつき備わっているみたいなんですよ」

「なんとまぁ・・・お主も謎のある男じゃのう」


 ピエタとミヨシは互いに少し背を合わせながら魔族たちと応戦していきました。


 こうしてピエタ達の戦闘は、彼女達の圧倒的優勢に傾き始めました。。


 しかし戦闘がひと段落し、残党狩りが始まると、ミヨシがその場に突っ伏してしまったのです。回復薬は体力と魔力を回復するのみで、人体に受けた深い傷は中々癒せません。トールから受けた傷は、回復薬でも追いつかないほど、予想以上に深かったのです。


「どうした、ミヨシ君?」

「実は、城内で一戦交えまして・・・その傷が、まだ・・・」


 ミヨシは腹部の痛みをピエタに訴えました。


「そうか、マテウスよっミヨシ君を回復してやるのじゃっ」


「了解しました」


 魔族の残党を神魔法で応戦しつつかいくぐり、ミヨシに近づいたマテウスは、彼に強力な回復魔法をかけました。


「天地を遍く愛しの女神よ、今こその我の命に応じ涅槃に堕ちゆく者の傷を癒したまえっ女神の福音イグナ・ゼーリアスっ」


 マテウスの回復魔法の効果は強力で、ミヨシの傷はたちまち元に戻っていきました。


「あっ有難うございます、マテウス殿。あなたに回復していただけるなんて、光栄です」

「どういたしまして」


「さあ皆の者、あともうちょっとじゃ。このまま畳み掛けるぞいっ」


 ピエタの激に、一同は一斉に声を上げました。


 回復が専門のマテウスも神魔法を習得しており、魔族の残党目掛けて、止めのイグナ・フラーレを撃ち込み始めました。


 ライカールトは自慢の大斧で魔族達を次々にねじ伏せていきます。

 ファルガーも負けじと拳で魔族達の体を次々と貫いていきます。


 ピエタ達の乱戦は、彼女達が圧倒的優位に進めていったのです。


 しかし、ピエタ達は気がついていませんでした。自らの下に、猛烈なる悪意が進撃をしてきていることに。それに気がついていたのは、修行を終えたゼントだけでした。


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