第60話『決別の日』

 それは、遡る事半年ほど前、漣の作った戦士ギルドが軌道に乗り出した後の事でした。漣の人柄と圧倒的な美貌、そして強さに惹かれ、予想以上に多くの男たちが戦士ギルドの門を叩いてきたのです。漣は喜びましたが、同時に膨れ上がってしまった人件費に頭を悩ませていました。


 サブマスターのキリアンは、


「この都市でもっとも守るべきは富裕層達です。一住民達には涙をのんでもらって、暫くは富裕層のみの仕事をうけるべきだと思います」


 と悩む乙女に提案したのですが、


「それは駄目よキリアン。弱者を守り、強者も守る。この都市に住むどんな人たちの困りごとも引き受ける。それが私が決めた、戦士ギルドの理念なの。大切なのはお金じゃない。慈愛無き者は戦士じゃないわ。」


「ですが、マスター」


「お金のことなら、私に一つだけアテがある。あんまり頼みたくないけどね」


「そうですか・・・・では、マスターにお任せします」


 キリアンは不満を抱えつつも、マスター室を後にしていきました。


 漣は軽く息を吐き、カジノで荒稼ぎしている勇者にお金を貸してもらえるよう、交渉する事にしたのです。


 そして漣は、一人富裕層にある勇者の巨大な家にやってきましたが、家の外の窓はカーテンがかかり無人で、もぬけの殻のようでした。生活の痕跡すら見当たらなかったのです。


「ルクレッたら、一体どこにいるの??」


 勇者が持っている富裕層地区の家。それは侵入者を欺くためのダミーでした。


 ルクレはカジノで稼いだお金を使い、いくつもの家を買い、一日毎に場所を変え、パパイヤンで巧妙に潜伏していたのです。


 漣が正面玄関で途方にくれたそのときでした。突然背後から声がしました。勇者です。


「る、ルクレ? 一体いつもいつもどこにいたの? というか、どんな能力使ってたの??」


「大きな声を出さないで。僕に何か用かい?」


「実は、その・・・頼みごとがあって・・・」


 漣は、少しモジモジとしながら、勇者に話を切り出しました。


「ここでは話したくないな。場所を変えよう」


「そっそう。じゃあ、戦士ギルドに来てっ」


 漣の言葉に、美男子の眉が捻ります。


「戦士ギルド、ねぇ・・・ああいいよ。じゃあ、そこに行こう。出来れば行きたくないけど」


 勇者は文句を垂れつつも、漣の後ろにつき、やたらキョロキョロしながら背中を丸め、フードを被り、歩き始めました。


 そして戦士ギルドのマスター室にやってきた二人は、さっそく会話を始めます。


「それで? 頼みごとっていうのはなんだい」


「あの・・・その・・・こんなこと言い辛いんだけど、今、戦士ギルドが深刻な財政難になっちゃって。。。それで、ほんの少し、1000万ジェル、いや、500万ジェルでいいから、その、お金をちょっと貸してほしいなぁ~・・・なんて」


「・・・経営難なの?」


「うっうん。仕事はあることはあるんだけど、あんまり報酬をいただけないから、数をこなさないといけなくて・・・」


「だったら富裕層のみから仕事を請ければいいじゃないか。この街の人たちは羽振りがいいんだから、わざわざ貧民を相手にする必要はないだろう」


「それは駄目よっギルドの理念に反するわ。私は困っている人たちの力になりたいの。それにパパイヤン、意外と治安悪いしね」


 漣の話を聞いたルクレは耳を小指でほじくった後、ふっと息で垢を飛ばし、少々ムッとした表情で喋り始めました。


「あのさあ、漣、キミの思想はとても立派だと思うけど、これは、僕達がやるべき事じゃない。今の僕達の目的は、一つだけ。ひたすらに生き残る事だよ」


「そんなのわかってるっでも私は、困っている人たちを見たら放っておけないのよ。それに私達の戦いは、まだ終わっていないわ。私達の力で、再び仲間を募って、何としてもザンスカール達を倒さないと、きっとこの世界は大変なことになる。戦士ギルドを作っていれば、もしかしたら、同じ志持つ人が見つかるかもしれないじゃないっ」


「そんなこと、もうでもいいんだよ。僕達は負けたんだ。今はひたすらに追われる身なんだよ。いくらここが不毛の地とはいえ、そんな状態で派手に動いて、もし邪悪な魔族に見つかったら、パパイヤンが大変なことになるんだよ? ねえ漣、もしそうなったとき、キミは責任が取れるのかい? それとも皆を見捨てて、他の場所に逃げるつもりなのかい?」

 

「そっそんなこと思ってないわ。私は、もし悪い魔族が来たら、必ず迎え討つ。ルクレがやらないというのなら、この私が何とか仲間を集めて、ザンスカールだって、必ず倒してみせるわっ」


「・・・漣。どうやら、僕とキミは、もう、解り合う事は出来なくなってしまったようだね。キミは良い奴だけど、とても愚かだよ。この僕ですらザンスカールを倒せなかったのに、キミやその新しい仲間って奴らが倒せるわけないだろう。絶対に負けて、また失うだけさ」


「ルクレ・・・・」


「僕はもう、ドラガリオンを使えなくなった。悪いけど、死にたくない。所詮回復魔法と珍妙な能力しか持ってないゴミクズなんだよ。もう元の世界にも戻れないし、パパイヤンでひっそりと潜伏し続ける。それが僕らの正しい生き方なんだよ」


「どうして? ルクレ? どうしてあなたがそんなことを言うの? ドラガリオンが何よ。ドラガリオンなんか使わなくたって、あなたは強いはずよっ。そりゃ、今のままではザンスカール達や魔族の大群には勝てないかもしれないけど・・・・でもきっと、きっと何かやっていれば好機は再び訪れるはずよっ」


「好機なんてものは、もう来ないよっ僕は千載一遇の機会を逃してしまったんだ。新しい仲間なんて、僕は必要ない。もう、仲間の死ぬ姿は見たくないんだっ」


「ルクレ・・・どうして、どうしてなの? あなたはもっと勇敢で、どんな事があっても、絶対に諦めない人だったじゃないっ。私達は、あらゆる異世界で、困難を乗り越えてきたはずよっ確かに今はかつてないほどの窮地に追い込まれてしまったけど、私は信じるわっ諦めない。いつの日か必ず、生きてさえいれば、きっと必ず好機が再びやってくるっ」


 漣は瞳にやや涙を浮かべ、勇者に自らの主張を述べました。


「漣・・・とりあえず、キミの言わんとすることはわかったよ。だけど戦士ギルドなんて、馬鹿なものを運営するのは止めるべきだ。もし再び魔族に襲われて、そのギルドの人たちに万が一のことがあったらどうするんだい? ギルドの人が死んだので、新しい人を補充します? とでも言うのかい。そんなこと、まかり通ると思っているのかい? 命を軽んじたら駄目だよ。僕達は、レベルが見えないんだ。この何もかもが異常な中央世界で、どう戦えばいいのかもわからないし、キミだって、ギルドの人たちに仕事の仕方や戦い方をキチンと教えてあげられないだろう?」



 ひたすらに捲くし立ててくるルクレティオに対し、漣は沈黙してしまいました。



「・・・漣、キミはある意味で正しい。だけど、絶望的に手段を間違えているよ。悪いけど、こんなくだらない物の為には、お金は一銭も貸せない。だから、その、大人しく、全てを諦めて、僕と二人だけで、静かに暮らそうよ。金ならたんまり稼いだから、裕福に、ひっそり生きよう」


「・・・・」


「漣、僕は、・・・キミだけは、絶対に失いたくない。それだけは、言っておくよ」


 言い終わると、勇者は漣に背を向け、ギルドのマスター室を出ようとドアノブに手をかけました。


「・・・・呆れた。」


「・・・・」


「もういい。私、ルクレのこと、見損なったわ。残り寿命が何よっドラガリオンが何よっあなたみたいな弱虫の臆病者、もう二度と口も聞いてあげないっお互い顔を合わせないことにしましょうっ弱虫勇者さんっいや、もうあなたは勇者なんかじゃないわね。ただのへタレっ負け犬だわっこのままこの世界で、ずっと死ぬまでカジノで遊んで、馬鹿みたいに生きていればいいじゃない。私はそんな生き方は絶対にしないけどっ」


「・・・ああ、わかった。そうすることにするよ」 



 ルクレの瞳には黒しかありませんでした。虹色に輝く瞳を持っていた、あのときの勇者の凛凛しい姿は、もはやどこにもないのです。


 そして部屋を出たルクレティオは、通路を歩きつつ、自らの身だけを完璧に守る。そんな方法を模索し始め、そして二つの特殊能力を生み出すことに決めたのでした・・・・。

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