第58話『カジノでひと悶着』

 さっそく一階のアイテム交換所に向かったゼントは、カードに30万枚入ったコインを、全てアイテムに代えることにしました。


 そして受付にこう言います。


「いらっしゃいませ、お客様。景品の交換でございますか?」

「・・・・プリンスだっ」

「はい?」

「イチャラブプリンスを、6冊!! 直に交換しろ!」


 ゼントの堂々たる絶叫に、周囲の富豪の客達はひそひそと話し始めます。


「まああの殿方、イチャラブプリンスですって、はしたないわ」

「そういう趣味がございますのね」

「不潔ですわ、無教養なのよ」


「ぐっ・・・」


 貴婦人達の声が聞こえたゼントは、あらぬ勘違いをされては堪らぬ、と


「やはり、・・・イチャラブプリンセスだっイチャラブプリンセスを、5冊、交換しろっ!」


 と更に絶叫しました。


 それを聞いた貴婦人達は再びひそひそ話を始めます。


「まあ、今度はイチャラブプリンセスですってっ」

「はしたない方だわ。相当な好き者ですわね」

「しかも5冊だなんて・・・一体どれだけ使い込む気かしら? 全くもってけがらわしいわね~」

「品性の欠片も感じられない家畜ですわね」


「ぐっ・・・やっぱり、イチャラブショタボーイだっイチャラブショタボーイを寄越せっ」


 それを聞いた貴婦人達は更にひそひそ話を始めます。


「いやだわ、あの殿方、イチャラブショタボーイですって。やっぱり変質者ですわよ」

「変質者ですって、大変っ通報しないとなりませんわね」



 悲しいかな、どれを選択しても、ゼントは誤解を受ける宿命にあったようです。


「お客様。失礼ですが、公共の場で、イチャラブプリンセスですとか、プリンスですとか、よりによってショタボーイなどという、猥褻な発言は、お控えいただけないでしょうか?」


 近くの年配の店員が、荒ぶるゼントに丁重に声をかけます。体を小刻みに震わせ、あまりの怒りと恥を感じたゼントは、店員に絶叫しました。


「うるさい!! 俺はただ商品名を叫んだだけだ!! それの何が悪い! イチャラブプリンセスと叫ばれたくないのなら、そもそもこんな物を景品にするなっ」


 ゼントの圧に押され、店員は堪らず平謝りします。

「全く、これだからカジノは嫌なんだ・・・」


 こうしてイチャラブプリンセスを5冊手に入れたゼントは、極めて不快な気持ちを抱いたまま、カジノを後にするのでした。


 カジノの入り口付近では、リョウマとムツの二人が仮設の休憩所を設営し、医療班や商兵団、戦士ギルドの団員達に細かく治療の指示をしていました。カジノ特区に臨時の休憩所が出来たことを知り、多くの負傷者達がやってきていました。


 このオフェイシスの多くの国には、まだ病院、という概念が存在しません。病人も、一般人も、基本的に同じ宿で過ごすのが、この世界の常識だったのです。医者にあたる回復術士の仕事は、往診での回復治療や、回復薬などの処方のみです。


 ムツは休憩所内部で、得意の回復魔法を使い、傷ついている人たちを必死に癒しています。 


 リョウマは回復薬をカバンから取り出しつつ、外からムツの様子を見つめていました。 


「おい、リョウマ」


 ゼントの声を聞いたリョウマが、彼の方に視線を向けます。


「おう、ゼント。カジノ遊びか? 珍しいな」


 ゼントは、無言で手に持っていたイチャラブプリンセスを、リョウマに差し出してきました。


「おお、これはカジノの目玉商品、イチャラブプリンセスじゃないがか!! おまん、一体どうやって手に入れたんだ?」

「どうでもいいだろ。とりあえず、カバンで増やして売ってくれ」

「そういうことなら、コインをそのまま現金換金所に持っていけばよかったのに・・・」


 リョウマはカジノのすぐ近くにあるコイン換金所を指差しました。


「馬鹿な、そんな施設があったのか?」

「知らなかったがか? まだまだ未熟だなぁ」


 そう言って、リョウマは高らかに笑いました。


「くっ・・・恥のかき損だっ」


 ゼントは歯軋りして悔しがります。


「仕方ない。ウチが返品してきちゃる。あとは自分で換金せい」


「そうか、悪いな」


 ゼントは素直にリョウマに謝辞を述べました。そして彼は言います。


「リョウマ、お前本当にあの女魔族のところに行くつもりか?」

「ああ、ウチがペミスエをやってやるきにっ」

「もし望むなら、剣は抜かないが、お前を守るだけなら、一緒に行ってもいいぞ? 無論金はもらうが」

「いや、これ以上の仲間がペミスエに因縁つけられたらいかんぜよ。おまんは来なくていいっ。これはウチらの戦いだ、ウチらに任しとけ」

「そうか。一応、頼りになるかわからんが、俺の代わりになりえそうな助っ人は呼んだ。」

「代わりの助っ人?」

「ああ。来るかどうかもわからんが、もし奇跡的にやって来たら、そいつと一緒にペミスエと戦え。どうしようもない奴だが、少しは戦力になるかもしれない」

「わかった。じゃあ、ちょっくらこの本、返品に行ってくるからな。そこでまっとれよ」

「ああ、頼むぞ」


 リョウマは本を抱えて、カジノに入っていきました。

 戻ってきたリョウマから、所持コインが印字されたVIPカードを受け取ると、ゼントは換金所とは異なる方向へ歩き出しました。


「おいゼント、おまんどこ行くぜよ?? 換金所はすぐそこだぞ??」


「もう少し、修行がしたい。何やら、とてつもなく不吉な予感がするんでな」


「剣、抜くがか?」


「ああ。今一度、試してみるつもりだ」


「そか。じゃあ、これ二、三個持ってけ」


 リョウマはカバンから猛毒回復薬を取り出し、ゼントに投げつけました。


「助かるっ」


「使いすぎて野垂れ死にするなよっ」


「ふん。そんなヘマはしないさ」


 そう言って、ゼントは、雑踏の中、夜陰に紛れていきました。



「リョウマ。あんた、ホントに行く気かい? 万が一のことがあったら困るよ。やっぱりゼントさんを連れて行ったら? あの人なら、きっとあっさり倒してくれるだろうしさ」


 ある程度の治療を終え、医師団達に引継ぎし、リョウマに駆け寄ってきたムツが、心配そうに声をかけます。


「心配ない。戦うのはウチ一人だけじゃないしな。それにゼントには、他に大事な用もある。」


「そっか・・・」


「それよりムツ、陸援隊のピッケルさんがおらんのだが、ナカオカどこ行った? 議事堂にも居なかったぞ? また諸国へ外遊しとるがか?」


「ナカオカさんなら、あたしが頼んで、今、賢者の国ジャスタールへ行ってもらってる。あの人は魔法使いだからね」


「ジャスタール?? 陸援隊も全員一緒か?」


「ああ。長旅だし、あの人はパパイヤンの要人だからね。最近手紙が来て、もうすぐ帰ってくるって、書いてあったよ」


「そっか・・・」


「詳しい話は、この事件を解決してからにしようぜ。あたしはまた回復魔法で負傷者の傷を癒すから、リョウマは世界樹のエキスを30個ほど置いて、軍鶏鍋屋に行きなよ。皆待ってるんだろ?」


「ああ、わかった」


 リョウマはムツに言われたとおり、カバンから取り出した世界樹のエキスを、30個ほどムツのそばに置きました。


「死ぬんじゃないよ。お前レベル3しかないんだからな?? やばそうだったら即逃げるんだよっ」


「わかっちょる。全力で頑張るきにっ後は任せたぞ、ムツッ」


「ああ、任せときな」



 リョウマは少々真剣な面持ちになり、アグニ達の向かっている軍鶏鍋屋へと歩いていきました。


「全く・・・本当に忙しいったらありゃしない。仕事は好きだけど、寝不足は美容の敵だねっブツブツ」


 ムツは得意の愚痴を零しつつ、他の医療団の回復術士と共に、再び負傷者の傷口を回復魔法で癒し始めました。

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