第57話『神の教誡』
ペミスエの再襲撃を目前に控えていた頃、生産地区の草原で、アグニとグラウスはピエタと漣から神魔法の特訓を受けていました。
「滅びゆく神々よ、今こそ我に神の歌を授けたまえ、沈みゆく太陽よ、今こそ我を深遠なる月で美しく照らしたまえ・・・朽ち果てるがよい、神の
ピエタの放った魔法は、近くの巨大な樹木を一瞬で消失させました。
「初歩魔法で詠唱を行ってこの威力ですか・・・神魔法とは凄いんですね」
グラウスはとても感銘を受けている様子でした。
「上級者なら詠唱せずとも魔法を撃つことは可能じゃが、威力自体は激減してしまうことはグラウスも当然存じておろう?」
ピエタは消失した樹木を見据えつつ言葉を発しました。
「はい。激しい戦いの最中に詠唱しながら魔法を撃つのは、魔法使い同士ならともかく、怪物等との間に盾となってくれる者がいないと、まず不可能ですからね。それにしても神魔法・・・・祖国で習得したかったものです」
「確かブリジン王国では、神魔法の使用や習得は禁止されておったそうじゃな」
魔法を撃ち終わり、一息ついた後、ピエタはグラウスに視線を向けます。
「はい。魔法の多様性を奪う、という理由と、上級魔法、特に滅びゆく
「うむ。確かに我が祖国ジャスタールでも、習得していい神魔法に関しては、賢者も神の
「そうですね・・・」
グラウスは少し視線を落としました。
「イグナ・フラー、そしてイグナ・フラーレはこの比じゃない威力よ。ドラガリオン程じゃないけれど、何といっても魔族にとっては弱点属性らしいからね。私も魔族相手には使ったことないけど。というか、まだ実戦では一度も試した事がないの。敵のレベルが判らないから、使い方もよくわからなくて・・・理との戦いは、殆どルクレのドラガリオン頼みだったから」
漣はやや消沈した面持ちでそう言いました。
「そんなに強い魔法なんですか? そのドラガリオンっていうのは?」
「勿論、特攻魔法っていう特殊な系統の魔法で、魔族に確実に致命傷に近い大打撃を与えられるわ。この世界で使えるのはルクレティオだけよ。」
「しかしその虹色の勇者ルクレティオも、今ではただ弱腰の愚か者に成り下がってしまったわい。全く困った物じゃのう。」
ピエタはルクレティオの行く末を案じていました。
「仕方がないわ。ザンスカールに呪いをかけられてしまったんだから。得体の知れない魔族の襲撃に遭って、死の恐怖にも怯えちゃって、とてもマトモに戦闘なんて出来ないのよ。結局彼は魔族とは戦わず、私一人で返り討ちにしてたわ」
ザンスカールの手によって暴走したマナの呪いを一身に引き受けたルクレティオは、その代償として、寿命を大幅に縮められ、更にドラガリオンを使う度に寿命が20年程縮まる体にされてしまったのです。
残された寿命は漣にしかわかりませんが、彼が使えるドラガリオンの回数は、多くてもあと1、2回ほどでしょう。これまでの魔王理達や魔族との戦いでも、その殆どが勇者のドラガリオン頼みだったため、自分の唯一にして最強の魔法が使えなくなってしまったことも、勇者の心を病ませている原因の一つとなっていました。
ドラガリオンの使えない自分なんて、チンケな能力しか持ってない羽虫と一緒。
もう自分には存在価値が無い。
勇者ルクレティオは、日々そのように考えていたのです。
「フーッ」
アグニは右手を胸の前に突き出し、無詠唱のまま神魔法を使おうとしましたが、上手くいきません。
「初めて使うのじゃぞ? キチンと詠唱せんかっ頭にイグナと付けろと何度も言うておろう。未熟者めっ」
ピエタは杖の先でアグニの頭部を何度も小突きます。アグニは嫌がりつつも、詠唱を始めることにしました。
「仕方がないわね・・・私、詠唱とか、イグナとか付けるのって嫌いなのよね。・・・・ふう・・・滅びゆく神々よ、今こそ我に神の歌を授けたまえ、沈みゆく太陽よ、今こそ我を深遠なる月で美しく照らしたまえ・・・朽ち果てなさい、神の
すると、アグニの右掌から輝く光線が発射されました。その魔法は不意を突かれた漣の胸当てを直撃し、彼女に思わぬ深手を与えたのです。
「いったーい。ちょっと、何するのよっ私を殺す気?? ああ、もう、胸当てが、胸当てがちょっと傷ついた・・・・」
「ふん、魔族なんて、皆滅びればいいのよっ」
アグニはふて腐れた表情でそう言いました。
ちなみに漣は攻撃魔法も補助魔法も回復魔法も一通り使用でき、更に流麗な剣技を幾つも使いこなす二刀流の万能型魔法戦士です。
「全く・・しかしレベル100を超えたお陰で、生まれ持った魔力の高さもあってか、どうやらフーはすんなり習得できたようじゃのう。まだ荒削りじゃが、実戦には使用できる範囲じゃろうな」
ピエタは息をつき、呟きました。
「よおおおしっ見てなさいっクソ魔族ッボッコボコにしてやるんだからっ」
アグニは鼻息を荒くして、いきり立っています。
「アグニよ。神魔法を使うときは、必ずイグナと付けるんじゃぞ。ただでさえ神魔法は人体に受ける反動が大きい。未熟な者がイグナと付けずに使用しようものなら、腕が吹っ飛ぶならマシなほうで、全身の骨が粉々になるか、体は無事でも不治の病におかされるか、最悪人体が白骨化を始めて肉体が消滅してしまう可能性もあるのじゃからな。」
ピエタは真剣な面持ちで、アグニに説き伏せるように言いました。魔法の基礎を疎かにしがちな彼女に、多少の不安感を覚え、釘を刺しておくことにしたのです。
「嫌だわ、ピエタ様。脅かしにならないで。私は全然平気ですわよ」
「まあ、フー程度なら問題ないであろうが、それ以上はもっと精進を積んでからでないと危険であるぞい」
「はいはい、わかりましたわ」
アグニはピエタの話など右から左、早く覚えた魔法を使いたくてウズウズしている状態でした。
「(・・・それにしても、グラウスは本当に魔法の天才じゃな。あのべヒーモス戦では滅びゆく
「この私も覚えました。有難うございます、ピエタ様、漣さん」
無事に神の
「どう致しまして。アグニも凄いけど、グラウスって魔法に関しては天才的な才能を持っているのね。わずか半日で完璧に、狂いなく狙い撃てるようになるなんて。私なんて2年はかかったのに。まさに神童よっ」
「いいえ、それほどでも・・・」
漣に褒められ照れるグラウスの足を、アグニは力一杯踏んづけました。
「なっ何をするんだ、アグニッ」
「ふん、美人の魔族相手にデレデレしちゃって。本当に師匠は助平なんだからっ」
「失礼なっデレデレなんてっしていない」
グラウスはアグニの言葉に即反発しました。
「そうだ、ピエタ様。さっそく装束にいつでも着替えられるよう魔法をかけてくださらない?」
アグニはピエタにモントーヤから届けられた装束を見せました。
「うむ、よいであろう。」
アグニとグラウスが一日中かけて神魔法の特訓をしていた頃、ルクレティオは開店したばかりのカジノのVIPルームでスロットに興じていました。
「みんな・・・僕はもう抜け殻だよ。みんなに会いたい・・・・あのとき、僕も全員で死んでおけばまだよかったのかな・・・」
勇者ルクレティオは同時に三つの特殊能力を使用することが出来ます。しかし、その反面、特殊能力を使っている間は、魔法は使えなくなります。
勇者はスロットで有利になる特殊能力と、範囲に入った者の魔法を完全封印する能力の二つをすでに使用していました。
そんなルクレティオに近づいていく者がいました。ゼントです。
尋常ではない殺意を察知したルクレティオは、三つ目の特殊能力として、アグニ達を恐れさせた空気の略奪者を使用しました。
「・・・どうだっ? 息が出来ないだろ? 苦しいだろ? わかったら、この僕に近づくな・・・」
勇者は振り向き、絶世の美男子と視線を交錯させます。互いの間に緊張という名の雷が走りました。まさに一触即発といった雰囲気です。
「ふっ・・・」
しかしルクレティオの能力を受けても、ゼントは平然としています。
「馬鹿な・・・・息が出来ないはず??」
「生憎だが、俺は、三十分間は呼吸をしなくても平気なんだ。死ぬほど訓練をしたからな」
「そんなっ・・・」
そしてゼントはあっという間の素早さでルクレティオの間合いに入り込み、首元に木刀の切っ先を突き刺しました。
「金を出せっ」
警戒心の人一倍強い勇者は、ゼントに完全に虚を突かれてしまったのです。
「ひええっきょっ恐喝だぁっ助けてくれーーーっ」
ルクレティオが情けない声で叫びます。
「騒ぐな、首の骨をへし折るぞ?」
「助けてくれっまだ死にたくないっ」
「ちっ・・・へたれめっその稼いだコインを全て俺に渡すなら、命は取らんっ」
「わっわかった、渡す、全部渡すから、命だけは取らないでくれよ~」
「交渉成立だな。早くその下らない能力を解除しろ」
ゼントの常軌を逸した圧を感じ、怯えた勇者は泣きそうな声で、空気の略奪者を解除しました。
「はあ・・・はあ・・・」
ゼントは呼吸を整え、木刀をしまい込みました。
本当は5分しか息を止められず、非常に苦しく、その特殊能力の激しさに少し意識を失いそうになっていたゼントでしたが、なんとか耐え抜き、そして、徐に自らの過去を語り始めました。
「・・・少しだけ、俺の昔話をしてやる」
「は? なんだって?」
「・・・今から、六年前・・・」
「何だよ?」
「・・・俺も、とある冒険で、沢山の仲間を死なせてしまった。己の正義を信じて戦ったが、守る事は出来なかった」
「・・・・・・」
「今も、昨日のことのように思い出す。悲しく、辛い経験だった。だが、悲しむという事は、嘆き、死んでいった者達の死を悼み続け、塞ぎこみ続けることではない。悲しみを背負いつつ、前を向いて生きることだ。それが死んでいった仲間達への一番の供養になる、と、ふう・・俺は、考えて、今を生きている。」
「・・・・・」
「悲しむな、とは言わん。勇気を出せ、とも言わん。それにドラガリオンなど使わなくても、お前のその強い能力を駆使すれば、魔族ごとき造作もないはずだ。もしまだ本当に死んでいった仲間達の死を悼む気持ちがあるのなら、後ろを向かず、少しでも前を向いて生きてみろ。俺から言えるのは、それだけだ・・・」
ゼントの言葉を聞いた勇者の脳内で、死んでいった仲間たちの無残な最期が次々と駆け抜けていきます。そして彼の瞳は、潤み始めました。
「・・・はは・・・言ってくれるね。恐喝者の分際で・・・」
「ふんっ」
ゼントの言葉に、ルクレの心は、久方ぶりに強く揺さぶられていたのでした。
「・・・さあ、約束だ。全部持って行けよ。コインなんて、また幾らでも稼げばいいだけだからね」
ルクレはコイン枚数が印字されたVIPカードを、ゼントに手渡します。
「では、ありがたく全て頂くぞ。景品に交換しなくてはならぬから、少し手間だがな」
「ふっふん・・・説教臭い恐喝者だな・・・二度と、僕の前に姿を見せるなよっ」
必死に強がりながらも、ゼントを見つめるルクレの瞳は、とても強く勇敢だった昔の頃に、微かに戻りつつありました。
「・・・好きに言うがいい。お前の残された唯一の仲間は、これからまた、命をかけた戦いに赴く。確かペミスエとかいう奴らしいぞ? 自分のレベルも、相手のレベルもわからない状態では、相当苦戦するだろうな。無事に生き残って帰って来れるといいが・・・どうなるかな」
ややはき捨てるような調子でもらしたゼントの言葉に、勇者は敏感に反応します。
ペミスエ。
「ペミスエ・・・・さっ漣が・・・ペミスエ、と」
そのとき、漣に恋心を抱いていた勇者は、ペミスエの名を聞き、過去の壮絶な記憶の一端を思い出し、唇を強く噛み締めました。
その名前は、ルクレもよく知っていました。あの惨劇の日、岩石に座り、次々と殺されていく仲間達を見て下品な笑い声を上げ、「私にもやらせて」と、最後に回復術士の少女に止めを刺した、残虐極まり無い女魔族の名前です。
そして勇者は、残された最愛の仲間の身を案じ、ほんの少しだけ勇気を出してみよう、と、決断したのです。
ルクレが取り戻した瞳の輝きを見届けたゼントは、無言でVIPルームを去って行きました。
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