第56話『流浪の教え』
時は前後して、人ごみに紛れたパパイヤンのカジノ特区を歩いていたゼントは、三年前に出会い、少し道中を共にした流浪との、とある夜の会話を思い出し返していました。
以下がそのときのやりとりです。
流浪とゼントは火を囲み、互いに枯れ木に腰掛けていました。
「・・・お前は、ゼント・クニヌシと名を変えた。その名を持ち、十束剣を使えば、この世界で、現時点でお前より全てにおいて上を行く人間は、一人しかいないであろう」
「一人? 誰だ?」
「ラズルシャーチの姫、戦姫クシナダだ。あの娘は、人間界最強。正真正銘の怪物だ。流石の余も、まともに相対すれば、肝を冷やすほどの強さであろうな」
「・・・クシナダという女、それほどまでに強いのか?」
「ああ。あの娘は別格。まだ幼いが、今戦っても、必ず負けるだろう。お前の当面の目標は、自らの武芸の何かで、クシナダを超えることだな」
「・・・悪いが、俺は剣士だ。剣しか使えん。魔法等連発されたら、ひとたまりも無い。避け続けるしかない。」
「なら、剣の腕をひたすらに磨くがよい。余も魔法の類は多少しか心得が無いからな」
流浪は自らの顎鬚を触りつつ、そう言いました。
「剣、か・・・」
「・・・弱き者は、死、あるのみ。心折れた者に、生きる価値なし」
唐突にそう語る流浪に、ゼントは辛らつな言葉を返します。
「突然どうした? 気でも触れたか?」
「ふふ、ゼントよ。お前に、二つ、忠告しておこう」
「忠告?・・・何だ?」
「これから先、きっと自らよりも遥かにレベルの高い、圧倒的強者と戦うときの方が数多く来るであろう。だが臆するな。所詮レベルの高低では、敵の真の強さは把握できん。レベルが高くても、修練不足で弱き者は沢山いる。お前に大事なのは、その手にした武器と、これから身につけるであろう特殊能力、そして類稀なる剣技を磨き、独自の技を編み出し、自らより格上の相手を仕留めていく経験を、ただひたすらに積み重ねる事だ。幾つもの死線を潜り、生き延びたその先で、お前は武の深遠にたどり着くであろう」
「・・・ふん、どうかな」
「ゼントよ。所詮戦など、手にした武器、能力、そして知恵と戦術で、どうにでも転がってしまうものだ。どうしても正攻法で勝てないと判断した邪悪なる相手には、時には非情極まりない手段を用いることも、また一つの兵法。実際余は時にそうして戦い、勝ち抜いてきた。剣の研鑽を惜しまず、お前の全ての知恵と武芸を駆使して戦えば、いつの日か、レベルなど関係なく、お前に勝てる者は必ずこの世界からいなくなるはず。そしてそのときお前は、このオフェイシス大陸全土を治める、偉大なる王となるであろう」
「ふう・・・また、王、か・・。悪いが、俺には強くなることしか興味が無いと言っているだろう、流浪」
「ふっふっふっ。今は、それでよい。だがいずれお前も悟るはずだ。力だけでは守れぬ物がある、という、悲しい現実にな・・・・」
その言葉を聞いたゼントは、少し昔の事を思い出し、瞳を曇らせました。
「・・・・悟ってるさ。俺にだって、昔、守れなかった物がある。幼き日の俺は、剣さえ持てば、全てを守れると妄信していた」
「そうか・・・なら、それでよい。所詮万物とは、全て滅びゆく定めにある。命も、草木も、国も、世界も、全ていつかは滅びさるのだ。ついでに、もしお前が国を作るとしたら、そこには、中つ国、と、名づけるがよい。さすれば偉大なる神の加護が領土全体にかかり、国土は栄光に満ちるであろう」
「・・・考えておく」
ゼントには、向かいの火に揺らいでいる流浪のレベルがわかりません。流浪のレベルは約9000億。神の世界、オフェイシス、そして一時期は根の国の王として君臨し、武神の名声を欲しいままにした男です。圧倒的な豪腕からくる剣技と、ひたすらに戦い抜いてきた壮絶なる経験、そして多彩な戦術と知恵を駆使してきます。
十束剣を手にし、強くなったとはいえ、まだ碌な技も習得していない、当時15歳のゼントには、手も足も出ない存在であることは明白でした。
「ゼント、お前は若き日の・・・・その、スサノオノミコト、様に。よく似ている。その気性の激しさも、横柄なところも、美しすぎる、その端正な顔も、圧倒的な豪腕ぶりもな。余も驚くほどだ。」
「褒めてるのか、貶めているのか、どっちなんだ?」
「ふふ、そう急くな。無論、賞賛おるのだ。だが、二つ目の忠告。お前はその性格の内に、とても情け深い一面を強く持っているな。その一面は素晴らしい。だが、こと戦においては、その優しさが、仇になる可能性があるやもしれぬぞ」
「・・・」
「お前は過去に沢山の人間を殺してきた、生粋の人切りだったのであろう。ならば殺すべき相手は、殺すべきときに躊躇いなく殺せ。さもなくば、この先、命取りになることがあるぞ。死にそうに見せかけておいて、その実、隙をついて噛みついてくる者も中にはいるからな」
「・・・承知している」
「うむ・・・なら、よい。ゼント、これから先は、常に未知を楽しみ、恐怖を笑いとばせる心を持ち続けろ。そして光あるうちに光ある道を歩め。さすればいかなる道も開けゆく。王となるため、今後も精進するがよい」
「・・・・」
以上が流浪とゼントとの過去の会話の断片です。
「(・・・あれから、三年か。俺は一体、どれだけ強くなったんだ、流浪? 今の俺に、お前を倒せるか? お前、きっと神なんだろう? 俺には感じるぞ、流浪。お前の目的は、全く解らんがな・・・)」
今のゼントには、とにかく世界の誰にも、神にも負けない強い剣士になる、という大いなる目標があります。そして日々、リョウマと旅をしながら、一人孤独に剣の修行に明け暮れ、新たな技を生み出し続けることのみに邁進していたのです。
果たして今の自分に戦姫クシナダが倒せるか?
あの得体のしれない初老の男、流浪と名乗る、恐らくは神の類の者に、一太刀でも浴びせられるのか?
流浪と名乗る者の腹の底は、未だに読めない・・・。
そんな事を考えつつ、ゼントは一人、目的地へと向かっていました。そこで彼は、やたら陽気な調子で、大声で歌を歌いながらカジノ特区を闊歩しているポンカツ旅団と鉢合わせしたのです。
「俺たちゃ陽気なポンカツ旅団♪ カジノで稼いでひと安心~♪」
「俺たちゃ陽気なポンカツ旅団♪ お仕事何でもはいさっさ~♪」
なんだ? あの不潔そうな連中は。あの歌の感じ、無職か? せっかく人が真面目に考え事をしていたのに、興を削がれたぞ・・・何者なんだ?? 酷く弱そうだが・・・もしかして、魔法使いの類か? それにしては酷い身なりだが・・・・あるいは何か戦闘向きの特殊能力でも持っているのか?
自らを通り過ぎていくポンカツ達を見ていたところ、ゼントは突然の異臭に襲われ、意識を朦朧とさせてしまいました。
ポンカツ旅団達は、清潔を保つ設備を万全に完備していた、生活に一切不便のない充実したアジトを離れた後、一切体を洗ったり等していませんでした。おかげで、ただでさえ酷い加齢臭が、更にきつくなっていたのです・・・。
「団長、やりましたね! ドキドキパネルで少し稼げましたよ!!!」
団員の一人、アポカツがカジノで微当たりし、ご機嫌な様子です。
「やったな、アポカツ!!! だが、俺達がパパイヤンに来た理由は、それだけじゃあねぇだろ?」
「そうですね、何とか仕事を見つけないと、流石にこのままだと飢えてしまいますねぇ」
「何か事件があったのか知らねぇが、カジノ特区の建物が少し破損しているぜ? こいつはひょっとして、俺達も仕事の口にありつけるんじゃねぇのか?」
「そうですかねえ・・・」
やや消極的なアポカツを、ポンカツは軽く恫喝します。
「馬鹿やろう! この都市をよく見たかっ建築中の建物ばかりじゃねぇか! ここはきっと大工達が足りねぇんだ! 適当に商業地区とかそこら歩いて求人でもすれば、俺達の得意な大工の仕事が見つかるかもしれねぇぜっ」
「そっそうですね。確かに今のあっしらに出来る仕事っていったら、大工仕事しかないですもんね、とほほ」
「ですね。これでもあっしらは元モントーヤ公お抱えの大工でしたからねっ」
ポンカツ達を話を遠巻きに聞いていたゼントは、思わず顔をしかめます。
「(あいつらが、モントーヤ公お抱えの大工? あの不潔な身なりでか? 考えられないな。剣も持ってるし、賊か何かの類じゃないのか? 都市の治安維持のために、今ここで仕留めておくか。)」
ゼントは一際真面目な表情で、木刀に手をかけ、話している旅団達にゆっくりと近づいていきます。
しかし・・・。近づいた瞬間、やはり酷い悪臭がして、ゼントは思わず顔を歪ませ、後ろに下がってしまいました。
通常の人間よりも鼻が利く熟練の剣士にとって、酷く臭いこの5人組は、ある点において、極めて脅威だったのです。
ゼントは無言で鼻をつまみながら、ポンカツ旅団達から急ぎ足で距離を取り、そしてカジノの中へと入っていきました。
「? 団長。今、なんか凄い殺気を感じませんでしたか? もしかして、あっしら、命、狙われてませんでしたか?」
シュウカツが団長のポンカツに尋ねます。
「馬鹿野郎! そんなことはどうだっていい! よっしゃ! 俺は決めたぜ!! 今からこのポンカツ旅団を、ポンカツ建築団にっ改名だ!! 適当に歌を歌っていりゃ、仕事をくれる人に出会えるかもしれねぇぞ!! お前ら、歌いながら各地区をぶらつきまくるぜ!」
「それはいいですけど団長、とりあえず、流石に今日はどこかの宿で湯に浸かりましょうよ。あっしら、ちょいと臭くなってますよっこれじゃ不審者に思われますぜ」
「駄目だっ仕事を見つけることが最優先だっ臭くったって、仕事には、何の支障もねぇっどうせ汚れる仕事なんだからよぉっ」
「へいっ団長」
こうして、ポンカツ旅団はポンカツ建築団と急遽名前をかえ、新しい歌を大声で歌いながら、求人を募るため、不眠でパパイヤン中を徘徊することにしたのでした・・・。
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