第55話『最強の家庭教師、参戦』

 店内に入ったライカールトは、アグニの無事な姿を見て、安堵しつつも名を叫びました。



「アグニお嬢様!!!」


「ライカールト!」


 ライカールトの声を聞き、アグニが彼に視線を送ります。


「事件の事は、住人達から大よそ伺いました。何やら大変な事になってしまったようですね・・・」 


「お願いライカールト、力を貸して! パパイヤンが一大事なのっ」


「勿論でございます。パパイヤンはモントーヤ州に次ぐガレリア王国の主要都市。ただ今、マテウスとファルガーもこちらへ向かっております。」


「パパイヤンまでは馬車で一ヶ月以上もかかったのよ? とても間に合わないわって、そうだ、確か、テレフなんとか」

「そうです、アグニお嬢様。この私の特殊能力、テレフネーションで合流し、直に連れて参りますので、万事ご安心下さい」


 ライカールトのテレフネーションは、半径百キロまでを、任意の距離、自由に、何度でも瞬間移動できるという、非常に強力な特殊能力です。

 この能力を繰り返し使うことで、彼はアグニ達に容易に追いつく事が出来たのでした。


「ふぅ・・・お主があの噂の武人、ライカールトか?」

 

 ピエタは興味深げに、愛くるしく可愛らしい天使のような声色で、筋骨隆々の豪壮な鎧を身に纏った武人に声をかけました。


「? いかにも、私がモントーヤ・トリデンテが一人、モントーヤ州軍近衛部隊総隊長のライカールトだよ。普段はモントーヤ邸にいるけどね。人は私の事を魔族殺しと呼んでいるよ。して、そこの子供ちゃん、お名前は? オジサンの名前をパパかママに聞いたのかな? ご両親はどうしているんだい? こんな時間に一人で出歩いてたら危ないよ? よかったらオジサンが家まで送ってあげようかい?」


 ピエタの事情を全く知らないライカールトは、彼女を完全に迷子の子供扱いしていました。


「・・・ワシの名前は、ピエタ・マリアッティ。ジャスタール出身の賢者じゃよ」


「ぴっぴぴぴぴぴっピエタ・マリアティ?? まっまさかあなたが、あの噂の、高名な大賢者、ピエタ・マリアッティ様ですか?? でも確か男性だと、伺っておりますが??」


「ピエタ様は、少し事情がありまして。今は6歳か7歳程の可愛い女の子になってしまわれましたが、大賢者本人で間違いございません」


 ペロッティは優しい口調でライカールトに伝えました。


 それを聞いたピエタは、自らが大賢者であることを証明するように、未知の言語で長めの言葉を囁きました。


 お主、武を修める国の者でありながら、人を見た目で判断するとは、いささか関心できんぞ。修行が足りん。お主の国ならこの言語が通じるであろうな? それとも解らぬほどに愚かであるか?


 と、ピエタは未知の言語で言ったのです。


「その言語は、まさか・・・。もっ勿論存じ上げております。では、なっ何と、本当に、本人? こんなところでめぐり会えるとはっ。そうとは知らず、大変無礼な口を聞いてしまい、真に申し訳ありませんでしたっ」


 ピエタの放った言語を聞いた武人は、大量の汗をかき、平謝りします。そんなライカールトを、ピエタは優しい笑顔で宥めました。


「気にするでない、顔を上げい、ライカールトよ。こんなつまらぬことで憤怒に駆られるほど、ワシは狭量ではないワイ。それにしても、ふむ・・・魔族殺しか・・・ちょうどよい。お主も、ワシとその連れてくる仲間達と一緒に増援部隊征伐を手伝ってくれんかのう?」


「そっそれは勿論結構でございますが、アグニお嬢様の方に行かなくてもよろしいのでしょうか? 下らん魔族如きなら、私一人で打ち倒してご覧にいれますが?」


 武の国ラズルシャーチの戦士達は、皆一対一の戦いを好む傾向があります。ライカールトも同様です。


「・・・相当、腕に自信があるようじゃが、やや過剰気味じゃな。その癖は、いつか命取りになるから、今のうちに治すよう心がけた方が賢明であるぞ」


 ピエタはやや瞳を尖らせ、ライカールトを軽くいなしました。 


「はっも・・・・申し訳ございません、大賢者様。ですが、アグニお嬢様達は、大丈夫なのでしょうか? もし万が一のことがあったら・・・」

「心配ない。ワシに策がある」


 ピエタは軽く息を吐き、そう言いました。


「策、ですか・・・なるほど、お聞かせ願えませんでしょうか?」



「うむ。アグニ、グラウスよ。残された時間で、お主らに神魔法の初歩、フーを指南してやろう。アグニの高まった魔力と、グラウスの魔法センスなら、残された時間で、恐らく使えるようになるはずじゃろうて」


「わかりました、ピエタ様」


 グラウスは、神妙な面持ちで頷きます。


「(・・グラウスが、またあのべヒーモスのときのような化け物になれば、一発で仕舞いじゃろうがな・・・しかし期待はできん)」


 神魔法は純潔の血の持ち主か、神に選ばれた人間か、極端に魔力の高い者か、回復魔法に優れた者、回復専門の術士等が習得しやすい傾向がある魔法です。

 

「私、ついに神魔法を覚えられますのね」


 アグニはピエタの言葉に素直に感激していました。

  

「神魔法なら、私もそこそこ使えるわよ。一緒に教えるわ」


 漣の発言に、一同は驚きの表情を見せます。


「なんとっお主、神魔法が使えるのか??」


「ええ。三年間、血の滲むような特訓をして、今はやっとイグナ・フラーレまでなら。流石にイグナ・エル・フラーレとかは、純潔の血っていうものの持ち主か、神に選ばれた人間か、極端に魔力の高い人か、回復専門術士? とかしか使えないみたいだから、諦めてますけど・・・魔族のハーフでも、習得できるんですね」


 漣は、少し弾んだ調子で自らの努力の結果を伝えました。が、それをピエタの脳内は、疑問符で埋め尽くされたのです。


「(馬鹿な・・・魔族のハーフが神魔法を習得するなど、どんなに修練を重ねても、絶対にありえぬ。ひょっとしてこの娘も、グラウスのように、何か出自に秘密があるのかもしれんな・・・)」


 ピエタは久しく汗を側頭部から一滴流し、美しい女性でありつつも、未知の資質を秘めている魔族の混血児、漣に視線を向けていました。そして・・・・。


「漣よ、お主、暗黒魔法は使用できるのかえ?」


「え? あ、はい。それなら使えますよ」


「・・・さようか。では、神魔法に関しては、お主の方が先輩じゃのう。アグニ達の修行を手伝ってもらうついでに、ワシもフラーを教わるとするかのう」


「私は魔族なんかに教わるのは嫌ですわっ」


 アグニがふくれっ面で、漣にそっぽを向きます。


「そう申すでない。神魔法に関しては、漣の方がワシを超えておる。辛抱して、教えを受けてみよ」


「・・・わかりましたわ、ピエタ様・・」


 アグニは不服そうでしたが、神魔法が使えるようになりたい願望も強くあり、ピエタの意思を汲むことにしました。


「そうだ、ペロッティ。これを」


 リョウマが、リュックサックから魔族・魔物特攻のついたレイピアを取り出し、ペロッティに差し出しました。


「これは・・・神器・・!」


「こんな非常事態になってしもうたし、ただでくれてやるきに。きっと必須になるだろうからなっ」


「ありがとうございます、リョウマ殿」


「なんと・・すまぬな、リョウマよ。では、それぞれ残された時間を有益に使うとしようかのう」


 ピエタの号令で、集まった一同は、一旦散会することになりました。

 

 ちょうどその頃、ペミスエは、パパイヤン領地の外れに光の速さで城を築き始めていました。

 彼女の特殊能力の一つ、キングダムビルドは、あらゆる城を瞬時に作り出すことが可能になり、自らの視界に入る部分を自由に動かせるという、人智を超えた特殊能力です。 


 その力によって、ペミスエは正味一時間にして、巨大なバロック様式の城を築き上げたのでした。


 そして最上階の玉座に座り、傷をじっくり癒し始めました。


「ぐっ・・・小娘から受けた傷が疼くわ・・・こうなったら、もう戦争よっ。世界樹さえ傷つけなければいいんだから・・・たとえパパイヤンを滅ぼしてでも、必ず二人を連れて帰る・・・生まれてくるかもしれない子供の為にもね。うふふ、うふふふふっ」


 ペミスエは銃創の痛みに耐えつつ、美しい顔で、狂気を孕んだ笑みを浮かべ続けました。  


 そして続々とペミスエの支配下にある下級魔族達が城内に集まってきたのでした。

 更にペミスエの腹心、巨人魔族、鉄槌打ちのトールも城内の警護にあたることになりました。

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