第48話『不穏な気配』

 キリアンはやや呼吸を荒くしていました。


「どうしたの、キリアン?」

「ご報告します。パパイヤンでレベルが高い人間の女を見かけたと団員から報告がありましたので、お伝えにはせ参じました」

「レベルが高いって、どれぐらい?」

「団員の話では165の、その、妖艶な美女・・・という、事でした」

「165・・・と言われても・・・?」


 異世界から来た為自分のレベルがわからない漣は、相手の強さも解らず、これまで戦い、生き抜いてきたのですが、レベル165が強いのか弱いのか、少し判断に困っている様子でした。


「レベル165か。ただの人間にしては恐ろしく高いのう。富豪相手の用心棒か、魔法使いの可能性もあるぞい」


 漣の心中を察したピエタは、彼女に助け舟を出すように言います。


「うむ、パパイヤンは開かれた都市だからな。富豪達が来るときに護衛で高レベルの用心棒が立ち入る事もあるし、そういう奴の五十人や百人ぐらいワンサカいるだろう。顔の知られたミヨシ君はともかく、何も知らん奴がゼントなんか見たら、腰抜かして小便チビってしまうだろうしな」


リョウマはケタケタと笑いながら言いました。


「そっそれもそうですね・・・ブルルッ」


 キリアンは室内の後方に腕組みして陣取るゼントが、そのレベルとはおよそかけ離れた圧倒的な威圧感をかもし出しているのを感じ、酷く震えて、小便がしたくなっていたのでした・・・。


「一応、念のため、一人ばかし監視を付けたらどうかしら? 何か問題が起こったら知らせてくれればいいから」


「いや、それは止めておいた方がよい。相手は何者か分からん。治安も悪くなってるようじゃし。レベルが高いとはいえ、監視をつけるほどの存在でもない。それに万が一邪悪な志を持っている者だった場合、監視役の身に危険が及ぶかもしれんぞ」


「そうですか?」


 漣は判断に困っていました。


「キリアンとやら、その女子は街でどのように過ごしておるのじゃ?」


「はっはぁ・・・普通に買い物をしているそうです」


「ふむ・・・なら、まだあえて監視をつけるほどのこともなかろうな。」


「うむ、ピエタ様の言うとおりだ。ほっとけほっとけ。万が一団員に被害が及んだら大事になる。ミヨシ君もおるし、何かあったらそのとき動けばいいのじゃ」


 リョウマも賢者の意見に同調しました。


「そうですか・・・私が直接一目見に行ってみようかな・・・・」

「いえ、そのような必要はございません。書類仕事も溜まっておりますし、マスターは執務にまい進してくださいませ」


「そう? じゃあキリアン。その女の人の事は、とりあえず放置して」


「はっはい・・・承知しました」



 こうしてキリアンは部屋を後にしました。しかし、副団長のキリアンはピエタ達の意見を反故にし、自らの独断で勝手に監視を3人つけることにしたのです。


「(ふっふっふ、これで上手く功績を上げられれば、漣様に信頼されて、二人の間に恋が芽生え、いやらしい事が沢山できるかも。ふふふ、ああ、漣様、漣様~)」 


 キリアンは頬を染め、戦士ギルドの通路を、一人脳内で漣との激しいまぐあいを妄想しながら踵を返していきました。


「ありがとうございます、賢者様」

「かまわぬぞ。自分のレベルが分からないとは、お主も難儀じゃのう」


「ええ、一応雑魚の怪物も、たまに戦うべヒーモスも、ここの団員達も。皆私には敵わないみたいだから、見えないだけで、そこそこレベルは高いのかも知れませんけど。」


「キリアンはレベル1260あったぞい」


「そうなんですかっ? それって強いんですか?」


「勿論。ラズルシャーチ出身以外の人間ならば天下無双じゃわいな。」


「そうなんですか・・・初めて会った時、手合わせをしたんだけど、私の軽いデコピン一発で気絶しちゃったから・・・ひょっとして凄く弱いのかと思ってたけど・・・。キリアンは、とっても強いんですねっ安心しました」


 漣はほっと胸を撫で下ろしました。


 するとずっと無言で話を聞いていたゼントが漣に声をかけてきました。


「おい、戦士ギルドのマスターッ漣でいいか?」

「あっはい。何か?」


「その・・・デコピン、というのは、一体どんな剣技だ?」


「え? デコピンですか? これは剣技とか、そういう物じゃないんですよ。私のいた異世界の学生達とかが軽い罰ゲームでよく使うんですけど。親指で、主に中指だけを押さえて、おでこに中指を弾くような感じで、当てるんです。少し痛いぐらいで、大したことないですけど、キリアンは失神しちゃったみたいです・・・」


 漣は、少し申し訳無さそうな面持ちで、腕組みをし、壁にもたれかかっているゼントに言いました。


「なるほど・・・そうか、感謝するぞ」

「いえ、どう致しまして(なんか、この人、若そうだけど、とてつもなく強そうな感じがする。今までこんな感じを受ける人は出会ったことない。・・・それに、口にフードを付けてるからわからないけど、・・・瞳と鼻筋からだけでも、凄いイケメンっぽさが伝わってくるな・・・一体どんな素顔してるんだろう? ちょっと興味あるな)」


「(・・・レベル1260ある奴を、デコピンとかいう珍妙な技一発で失神させるのか・・・・この女、レベルはわからないが、恐ろしく高レベルで、強いかもしれんな))


 ゼントのレベルは1923ですが、その内にはそれをも遥かに超越する力と真のレベルを持っています。その圧を感じる事が出来るのは、やはり真なる強者だけなのです。


「なるほどのう・・・とある神が書いたとされるワシの蔵書の中の一節には、大魔王理は、レベル20万を遥かに超えていたと記載されておった。人間の認識できるレベルの限界は10万まででのう。この中央世界では、レベル10万にもっとも近き者が、もっとも強き者とされておるのじゃ。」

 

「そうなんですか・・・」


「うむ。ワシはその、レベル20万を超える怪物と一対一で戦った経験はないのじゃが、お主と勇者の素のレベルは、ひょっとしたら、とてつもなく高いのかもしれんぞい。人間の限界である10万を超えておるやもしれん」


「そうですかね? 何だかこの世界に来てから、分からないことばかりで・・・正直困っているんですよね。初めてここに来たときは言葉も通じなかったし、ギルドとかも無かったから路銀にも困ってしまって・・・あのときは本当に大変な冒険でした。。。」 


「ふむう・・・」



 漣とピエタが互いに顔を合わせて話していたところに、リョウマが話題を噂の勇者と呼ばれる者に変えてきました。


「して、ルクレティオって奴の容姿の特徴は?」


 リョウマが漣にそう問いかけたのです。


「ミルクティーベージュの髪色で、長めのウルフカットの長身よ。身長184cmあるわ。私は160もないんだけどね」


 この中央世界の人間の平均身長は男性が155cm。女性が150cmほどです。

ゼントの身長は178cm、ペロッティは170cm、グラウスは172cmです。三人共、この中央世界ではかなりの巨漢です。ちなみにミヨシシンゾウの身長は163cmです。もっとも巨漢なのはライカールトです。彼は身長196cmあります。


「身長184? そんな人間がいるがか?? そのウルフカットっちゅーのがよくわからん髪型じゃが、とりあえず、今日は夜まで時間をつぶすとしようか」 


 一方、その頃、ザルエラの妻で、純粋魔族のペミスエが、パパイヤンの商業地区を歩いていました。


 そのレベル165の人間の正体は、ペミスエです。純粋魔族は多くの者が自分のレベルを低く抑える事が出来るのです。

 自分たちのレベルを下げて、彼ら魔族は人間のいる国に巧妙に入り込んで工作や情報収集活動をしているのでした。


「ここがパパイヤンね。良さそうな街じゃない・・・。もっと綺麗な服を沢山買いたい気分だけど、そうも言ってられないわね。待ってなさいよ、ルクレティオ、漣・エローレ・雪定。二人とも、必ず生け捕りにしてやるんだからね、うふふ、うふふふ」


 ペミスエは、刹那の刻、狂気に歪んだ笑みを見せました。


次回:ついに現れた純粋魔族のぺミスエ。そんなこともつゆ知らず、アグニ達はカジノに行って噂の勇者を探すのだが・・・。

 

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