第47話『死の宣告』

 漣は怯えた様子でアグニを指差し、そして再び瞳からはうっすらと涙を浮かべて言いました。



「あっ・・・あなたの寿命、もうすぐ、つっ尽きるわよ?! どういうこと?? あなた、もしかして何か重い病気を抱えているの?? 何があったの? 何か私にしてあげられることは無い?」


 漣はアグニに近づき、そしてそっと焔に包まれた令嬢の手に優しく触れたのです。その行動に、アグニは少々面食らいましたが、素直になれず、彼女をつっぱねるような物言いをしてしまいます。



「とっ突然、何言うのよ、この・・・くっクサレ魔族ッ」


 アグニは触れられた手を力任せに振りほどきました。しかし、漣の暖かな手の温もりを感じ、何故か会った事のない、顔すら知らない母のことが脳裏に過ぎったのです。

 

「漣よ、どういうことじゃ? 説明してくれんかの?」


 事態を飲み込めなかったピエタが、漣に尋ねます。


「ああ、ご、ごめんなさい。その、私には闢眼エクスターレっていう特殊能力があるんです。」


闢眼エクスターレ?」


「はい。私には、産まれた時から、どういうわけか、あらゆる生命体の滅び、寿命が見えるんです」


「寿命が・・・見えるとな???」


 漣の言葉に、ピエタは衝撃を受けました。


「(寿命が見える・・・そのような能力を持つ物は、精霊か、純粋なエルフか、神の類などしか考えられぬぞ? 魔族と呼ばれる者たちはダークエルフじゃが・・・この娘、本当に純粋魔族とのハーフなのかえ?)」


 少々沈黙するピエタとは対照的に、好奇心旺盛なリョウマは漣に声をかけました。


「なあ漣、ウチの寿命は何年ぐらいだ?」


「え、あ・・・その・・・」


 リョウマの寿命を見た漣は、驚きました。この中央世界に来てから、あらゆる人間の寿命を見ましたが、その平均値は約200年ほどです。ですがリョウマは規格外の寿命を持っていたのです。漣もまた衝撃を受けました。


「その・・・具体的な数字は言わないけど、凄く、リョウマは、凄く、長いわよ。」


「ホントか?? ウチ寿命長いんか? なら世界中のお宝をかき集めることが出来て、がっぽり金儲けできるぞ。嬉しいな~♪」


「漣よ、アグニの寿命は、具体的にどのぐらいなのじゃ? 教えてくれぬか?」


「え? でも、流石にそれは・・・」


「済まぬがワシらの旅の目的に関わる重要な事なのじゃ。教えてたもれ」


 ピエタは特殊な呪文で体を宙に浮かび上がらせ、真剣な表情で漣に顔を近づけました。


「あの、すいません。顔が、顔が近いんですけど。。。」


「教えてたもれ。旅のために、重要な情報なのじゃよ」


「たっ旅? ですか? はっはぁ、わっわかりました・・・寿命の数字が、炎のように揺らいでて、赤く光ってます・・・赤く光るなんて、初めて見たんですけど・・・本当にごめんなさい、・・・半年です。」 


 漣も、瞳に溜まった涙を拭い、真摯な表情で伝えました。


 その言葉に、アグニは酷く衝撃を受けたのです。

「そっ・・・そんな、あと半年だなんて・・・嘘でしょう??」


「・・・間違いないわ」


「ピエタ様! 私、まだ死ぬ訳には行きませんのっ早く、早くこのパパイヤンを離れて日ノ本へ行きましょう」


「落ち着かんか、アグニ。ワシらが必ずお前を寿命が尽きるまでに日ノ本へ連れて行く。安心せい!!」


「でも、でも・・・」


 アグニは今にも泣き出しそうな表情をしています。その様子を見た漣は、酷く心を痛めました。


 しかし彼女はアグニ達が仕事の依頼で来たのだと感じ、気持ちを切り替え、仕事の話を始める事にしました。


「・・・大変失礼しました。旅というものをされているようですが、今日は皆さんどのような用件でいらしたのでしょう? お仕事の話ですか? それならどんな人の依頼でも引き受けますよ。団員達に手に負えないような案件なら、私が直接向かいますので、その点はご安心下さい。べヒーモスだって、何体も一人で倒してきましたから。自分のレベルはわかりませんが、これでも腕っぷしには自信ありますよ」


 漣は冷静さを取り戻し、一同に問いかけました。


 一連のやりとりを黙って聞いていたゼントは、一言、「・・・興味深い女だな」と呟きました。


 漣の営業話を聞いたリョウマは、彼女の言葉を汲み取りつつも、自らがやってきた理由を述べ始めます。


「いや、おまんの話は興味深いが、ウチは、ただどんな人が仕切っているのかと、挨拶もかねて来ただけだ。すまんな、他意はない。」


「そう・・・」


 そしてピエタは、漣に自分たちの旅の目的を話す事に決めたのでした。


「漣よ、実はのう、ワシらはラズルシャーチという国を目指して旅をしておってのう。」


「ラズルシャーチ・・・ですか? 確かミヨシ君がラズルシャーチの方だとは伺いましたが・・・」


「うむ。そこで、実は戦士ギルドに回復専門の使い手がいれば、紹介してもらおうと思ってな、ワシらはここにやってきたんじゃよ」


 その後賢者ピエタは、淡々と、俯いているアグニの置かれている現状を、全て漣に伝えました。


「たっタタラカガミ? 神が、彼女に憑依しているんですか?


「うむ・・・その影響でのう、アグニは素行や人格面などに悪影響が出ておるのじゃよ。今のところは、ワシの呪文で制御しておるがのう」


「なっなるほど・・・そういう事情があったのですね。何だか、とても壮大な旅ですね。でも御免なさい。まだこの戦士ギルド、立ち上げから1年ぐらいしか経ってなくて、ギルド内は大変な人材不足なんです。回復専門の術士は雇用していませんし、いないのです。回復魔法が使える人はともかく、専門術士という人材は、この中央世界では、凄く貴重なのだと、ムツさんから伺いました。一応回復魔法なら、私も一通り使えますが、専門外ですし、ルクレに教えて貰いながら我流で習得しただけなので、きっと私は、回復などでは、お助けにはなれないと思います。一応、ルクレは回復専門術士とかいう職の人と遜色ないぐらいの、とてつもない回復魔法の使い手で、優秀な術士なんですが・・・」


「ほう、そうか。残念じゃのう・・・勇者が回復魔法の達人、か・・・」


 


「・・・その勇者ルクレティオ、ちゅー奴は、今どこにおるんだ?」


「彼なら、私に会うのを避けるように、連日カジノに入り浸っているわ。呪いをかけられて、仲間達も皆殺しにされて、完全に消沈状態なの。この私の説得にも応じようとしないし・・・。変な特殊能力を沢山作っちゃったみたいで。はっきり言って、今の彼は、完全に抜け殻のへタレよっ。会っても仕方がないと思うわ。昔の彼は、あんな人じゃなかったのに・・・・」


「変な特殊能力を、作った?? その勇者という者、一体何がなんだか、話が見えんのう」


「う~む、なんだか二人には深い事情がありそうだな。ウチにはさっぱり解らんが、ま、おまんは悪い奴じゃなさそうだし、これからもパパイヤンの治安維持に貢献してくれよっ」


「ええ、そうさせていただくわ」


「呪いか・・・グラウスなら、ひょっとしたら何とか出来るかも知れんのう」

 

 ピエタは小声でそう呟きました。


「死ぬ・・・私が・・・あと、半年で・・・」


 突然告げられた死の宣告に、アグニの心は大いに掻き毟られました。


「とりあえず、ルクレティオっちゅー勇者にも興味があるし、会ってみたい。今夜はカジノに繰り出すぜよ」


 リョウマの提案に、ピエタは飛び上がって狂喜の感情を示しました。


「おお、そうじゃのう。話を聞いてちょいと疲れたし、カジノに行って、パーッと遊ぶとするかのう」


 陽気になる二人に反比例するように、アグニは打ちのめされていました。そんなアグニを、ゼントはどこか憂いを込めた瞳で見つめています。


「・・・ようし、もうこうなったら悔やんでてもしょうがないわ! ヤケクソッ今日はカジノで大当たり!! そして大暴れっ」


「暴れたらいかんぜよ」


「いいじゃない、リョウマ。何だかとっても羽目を外したい気分なのよ。だからお願い、コインをただで一杯頂戴♪」


 アグニは可愛らしい声で、リョウマからコインを毟り取ろうとします。

 

「おまん何を言うちょるがか、そんなことは駄目じゃ。遊ぶのはいいが、ちゃんと遊べ。でもまあ、事情が事情だし、少しだけだけど、コインはやることにする」


「ホント? ありがとうリョウマッ私、あなたのことが大好きよっ」


 アグニは小さなリョウマを力強く抱きしめ、そして頬ずりしました。


「おいアグニ、ちょいやめれっおまん、力めっちゃあって、痛いぜよ」


「ああ、ごめんなさいね。私、これでもファルガーに、子供の頃から散々鍛えられたのよ」


「ファルガー? 誰じゃ?」


「私の武芸の先生で、我がモントーヤ州近衛軍、通称モントーヤトリデンテの一人。とにかくメッチャクッチャに強い、素敵な殿方なのよっ子種が欲しいわ」


 アグニは自らの先生のことを、リョウマにひたすらに自慢しました。流石のリョウマもこれには少々呆れ、「・・・そか」と返すので精一杯でした。

 

 そんなこんなで、アグニも気持ちを切り替え、とりあえずカジノに行く気満々になったのでした。


 と、そのときです。戦士ギルドのサブマスターで、鎧を着込んだ白髪の戦士、キリアンが漣達のいるの部屋に畏まって入ってきました。




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