第46話『中央世界と異世界から来た者達』



 案内役はそう言うと、私はこれで、と引き上げて行ってしまいました。

 室内はカラフルな可愛らしい壷や絵が沢山飾られており、優雅さというよりは賑やかな趣です。


 その奥のテーブルのイスに、漣は書類仕事をしながら腰掛けていました。

 前髪長め、うなじを隠すように髪が背中にかかっている少々独特なショートカットという髪型に、整った瞳と鼻筋、そして透き通るほどに綺麗な桜色の唇をしています。左眼はかなり長い前髪で微妙に隠れています。頭頂部の旋毛には長めの毛の束が撓っています。


 マスターは細身ですが豊かな乳房を持ち、とてつもなく綺麗な女性でした。美麗な彫り物が入った胸当てとミニスカートを履き、左肩を露出しており、とても妖艶な色気をもかもし出していました。机には食べかけの焼き芋複数と皿に盛られたスイートポテトが置いてありました。どうやら、お芋が大層お好きなようでした。


「私の名前は漣・エローレ・雪定。この戦士ギルドのマスターをしているわ。リョウマ様にお会いできて光栄よ」

「ウチもだ」

「ワシはジャスタール出身の賢者、ピエタ・マリアッティじゃ。お主、大層なべっぴんさんじゃのう。どこの国の出身じゃ? ひょっとして、エルフかえ?」


 ピエタが漣に尋ねます。

 

「私は異世界から来たの。」

「いっ異世界とな? ここは中央世界じゃぞ?? どうやって??」


 漣の発言に、ピエタは素っ頓狂な声を上げました。


「私と勇者ルクレティオ、そしてその仲間達は理という大魔王達を倒すために、勇者の特殊能力を使ってこの中央世界にやって来たのよ」


「理・・・確かあの人間を滅ぼそうとしていた魔王級の怪物集団のことじゃな。ワシが何とかしようかと思っていたら、確か女神の祝福を受けた伝説の勇者と名乗る者が全て打ち倒した、と風の噂で聞いていたぞ・・・一体どういうことじゃ?」


「少し、長くなりますが、お話してもよいですか」


「うむ、かまわぬぞ。ぜひ話してくれたもれ」


 ピエタは瞳を少々鋭く尖らせ、漣を見据えました。


 すると漣は椅子から立ち上がりアグニ達の前にやってきて、語り始めました。慎重はさほど高くなく、アグニよりも少し大きい程度でした。しかし、アグニにはそれが少々気に入らなかったのです。 


「この世界は全ての異世界の中心、世界樹のある中央世界です。中央世界はあらゆる異世界と繋がり、無限に世界を生み出します。それは皆さんご存知だと思いますけど。私達は今から約三年程前にその中央世界が作ったとある異世界の一つから、ここに来ました。ですが大魔王理達が中央世界に強い封印をかけていたらしくて、元の世界に戻りずらくなってしまったんです。でもそれだけの覚悟を持って私と仲間達、そして女神ちゃんは勇者ルクレティオについて来ました。ルクレは英雄で、皆のリーダーだったから・・・。皆彼を尊敬してたし、その強さを信頼していました。だけど、理は全て何とか倒せたんですが、魔人ザンスカールとその幹部、魔人衆という連中にブリジン王国で襲われてしまって、ルクレが私を・・・庇って、ドラガリオンを使うと、寿命が大幅に縮むようになってしまう、という呪いをかけられてしまったんです。・・・あらゆる異世界を転移する能力も消されてしまって・・・」


 漣の言葉を、ピエタは大きな瞳を閉じつつしっかりと記憶しました。


「つまり、もう、完全に元の世界には戻れなくなっちゃったちゅーわけか・・・」


 リョウマがいつにもなくやや真剣な表情でつぶやきました。


「・・・ドラガリオン。それは、あの伝説の特攻魔法のことかえ?」


 ピエタも瞳を開き、ゆっくりと漣に近づいていきます。


「えっええ、そうです。彼はその伝説の特攻魔法の使い手なんです。女神の祝福を受けた、伝説の勇者です。虹色の勇者、というらしいんですけどね」


 特攻魔法とは女神の祝福を受けた者しか使いこなせないと言われている究極の魔法です。魔族特攻のドラガリオンから、獣人族特攻のジュウガリオン、エルフ・ドワーフ特攻のエルガリオン、霊・精霊特攻のレイガリオン、そして対人特攻のジンガリオン、神特攻のシンガリオンと、他にも、その種類は多岐にわたります。


「女神の祝福? それは一体どういうもんだ??」

「さあ、それは私も知らないわ。本人に聞いても教えてくれないの」

「他の仲間達はどうしたのじゃ?」

「皆、ザルエラっていう理を生み出した魔族、そしてザンスカールっていう魔族の長と、魔人衆のペミスエっていう幹部達に殺されてしまったわ。生き残ったのは、私とルクレティオだけです。」

「女神様は?」

「・・・」


 どういうことでしょう? リョウマが女神の事を口に出すと、漣は突然瞳を激しく潤ませ、そして涙を流し始めてしまったのです。


「あっウチ、変なこと聞いてしもうたか。ごめんな、ウチ、知りたがりな性分でな。傷つけてしまったら、本当に、すまん」


「平気よ・・・ごめんなさい。女神ちゃんのことはちょっと・・・今は話せないわ・・・」


「そか・・・でも、おまんは助かって、ホントによかったな」


「ええ・・・そうね・・・」


 漣は、指先で右眼から溢れる涙を拭い、一呼吸すると、再び語り始めました。


「(女神とはいえ、神は不死。・・・その女神が仲間にいないということは、死ぬ事はないじゃろうが、皆を捨てて一人逃げたのか? 神界に帰ってしまったのか。。。それとも何か、泣くぐらいじゃから、恐らくは、想像を絶する出来事があったのかも知れんのう・・・。この件は、詮索しないでおいた方が良いじゃろうな)」


 ピエタは、一人思考を巡らせます。 



「・・・私が殺されなかったのは、魔族との混血児だからです。ザルエラという魔族は、私を嫁にして、その、子供を・・・産ませたいみたいで。ルクレは世界で唯一の魔綬使いだから、継続的な襲撃は受けたけど、命までは取られなかった。魔族は彼を捕らえて利用するつもりなのよ。魔綬には色んな特攻術があるからね。どうしてもそれを使わせたいみたいです。」


「魔綬じゃと? なんということじゃ・・・既に滅んだと思っておったが、生き残りがおったのか」


 そのときでした。魔族が嫌いなアグニが、過剰な反応を示したのです。


「魔族との混血児ですって?! まあ、なんて汚らわしいのかしら。信じられない。ピエタ様、この女は疫病神よ?! 今すぐぶっ飛ばしちゃいましょうよぉっ」


 魔族嫌いのアグニは、混血児の漣に冷徹に接し、ピエタを両肩をつかみ、そそのかします。それに対し、漣は大人な対応を見せました。


「私は確かに魔族との混血児よ。でも私はそれを隠して生きていきたくないの。例えそれがどんなに辛い定めになっても、私は正々堂々、自らの出自は明確にした上で生きていきたいと心に決めているからね」


「全く非常識な女ですわっ薄汚い魔族の分際で、高貴な身分の人間であるこの私に偉そうに聞いてもいない持論を述べるなんてっあなた、最高にうっとうしい女ねっ」


 おやおや? アグニと漣の両者の間に、ただならぬ緊張感が漂い始めてしまいました。


「落ち着かんか、アグニ。して、漣よ。このパパイヤンで何をしておる?」


「特に何も。私達は異世界から来たせいか、自分のレベルがわかりませんし、安住の地を求めているだけです。本当は安全なサラバナに潜伏しようと思ったんですが、入国拒否されてしまって。仕方なくガレリア王国の闇街に暫く身を隠して、それからこのパパイヤンにやってきました。ここは移民都市で、誰でも受け入れてもらえるから。それにここで人の役に立つ事をしていれば、少しは私の気も紛れますしね・・・」


 漣は猛るアグニとは対照的に、冷静に話を続けました。


「ふんっ何よ。この私より、ほんのちょびっ~~~とだけ美しいからって、魔族の分際で、調子に乗らないでよね!!」

 

 アグニは怒り続けます。漣の少し可愛らしい声、圧倒的な美貌、自分より背が高いこと。そしてよりによって魔族との混血児。父モントーヤの教えを忠実に守るアグニとって、漣は全てが受け付けない存在だったのです。


「私は混血児よ、他の純粋魔族と一緒にしないで」


「関係ないわよ、私にはどっちも変わらないわ。だって魔族は世界中の国々に戦争を仕掛けて、罪の無い人達を沢山殺して回っているじゃない!! あなたガレリア王国の兵士や民達が何人殺されたか知ってまして? 私のお爺様とお婆様も魔族に殺されたのよっ魔族は人間の敵ですわっ滅ぼさないといけない存在よっ」


 アグニはひたすら攻撃的に、漣を責めたてます。


「そっそれは・・・本当に申し訳ないことだと思ってる。私のいた世界でも、悪さをする魔族はいたし・・・。だけど、この私は人を殺したりしない。殺人衝動も持ってないし、人や異種族を食べたいとも思わない。魔族の血を引いてる以外は、普通の人間と変わりないのよっ」


 アグニと漣は口論に発展しそうになりましたが、リョウマがそれを諌めました。


「まあまあ、おまんら仲良くするぜよ。ここ最近、パパイヤンの治安が悪くなってきている。都市内の警護を引き受けてくれる人材は貴重だ。ウチはおまんを歓迎するぜよ」

「ありがとう、リョウマ様」

「リョウマでいいぞ。敬語もいらん。ウチもおまんのことは漣と呼ぶきにのう」


 アグニとは対照的に、根っこが気さくなリョウマは、漣の事情を聞き、彼女に対し、とても好意的に接しました。


「ふんっ魔族なんかに守ってもらうなんて・・・。薄気味悪いったらありゃしないわっ」


 アグニは腕組みし、露骨に不快感を露にしています。幼少期から魔族は人間の敵と父から教えられてきたアグニは、魔族に対する差別心が人一倍強いのでした。

 父モントーヤの両親も、ラズルシャーチ出身の魔法使いで、魔族に殺されていたからという理由もあり、幼い頃から魔族に殺されていく沢山のモントーヤ州兵や民達の死を見てきたからでもあります。


「それにしても、お主、銀色の綺麗な胸当てを身につけておるな」


 ピエタは漣の胸あてを見て、なんともなく、そう語りかけました。


「ああ、これですか? 実はこの胸あて、パパイヤンのオークションで800万ジェルで落札したんです。女神の胸あてというらしくて、なんでも炎体制強化っていう特殊効果があるみたいなんですよ。この中央世界の怪物とか、魔族は炎魔法を使ってくることが凄く多かったから、護衛や怪物討伐の仕事に絶対必要と思って。私、有り金はたいて競り落としたんですよ~。おかげで今だに貧乏で、富豪地区にはとても土地が買えないし、私はこの戦士ギルドを仕事場兼自宅にしているんです。ルクレはとっくに一人で富豪地区で暮らしてるっていうのに・・・・。」


 喋り終わった後、漣はがっくりしたように顔を地面に向けてしまいます。

 そのとき、リョウマが思わぬことを口走りました。


「戦士ギルドにはめっちゃ世話になってるみたいだし、よかったら、都市の収益から少し経済支援してやろうか?」


「え? ホント?」


 漣は驚きの声を上げて、小さなリョウマの両肩に手を置きました。


「ああ。ミヨシ君はべヒーモス駆除と会合衆の護衛で多忙じゃし。商兵団もレベルは高いがそんなに強い奴いないし、戦士ギルドが無くなってしまうと、この先ちょっと困ったことになるかもしれん。ちなみに今、人数はどれぐらいいるんだ?」


「100名はいるわ」


「そか、じゃあとりあえず月10億ジェルぐらい支援するよう、ウチがムツと会合衆達に言っておくぜよ。それで足りんかったらまた言ってくれろ」


 リョウマは漣にとびっきりの笑顔を見せました。


「つっ月10億って! そんなにいいの、リョウマ?」

「ああ、ええぞ。ムツがごねたら、ウチの金で出してやるきに。その代わり、戦士ギルドっちゅーのをしっかり運営して、団員達をきっちり養ってやるんだぞ? いいか? 間違っても死なせないようにしろ。特に家族を持った人間はな」

「勿論っありがとう、本当に助かるわ。正直今財政難で凄く困ってたのよ。団員達にはここで家族を持つ者も沢山いるのに中々お給金も多く払ってあげられなくて。ルクレは全然お金貸してくれないし・・・」


 喋り終わった後、漣は大層大喜びし、天に祈りを捧げました。


「ところで、その勇者ルクレティオとやらは今どこにおる?」


 ピエタが漣に問いかけた、その時でした。


「彼なら・・・」


 漣はそう言おうとした途端、視線をリョウマからアグニへと移しました。

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