第44話『最強の家庭教師』
アグニとグラウスが二人で防具屋に出かけた頃、ピエタは軍鶏鍋屋で食事を取りつつ、引き続きラズルシャーチへの行き方をミヨシに尋ねていました。
「ラズルシャーチに向かうには、まずハインズケールの国境付近にある巨大なヘレーネ山脈を越えていかなくてはなりません。ここは凶悪な怪物が多数跋扈しており、山道も険しく、道中は大変危険です」
「うむ、心得ておる。ワシとペロッティもラズルシャーチの遥か西にあるジャスタールを出た後に登ったからのう。」
「そうですか。実は最近、この山の地下に巨大な迷宮が発見されたんです」
「迷宮? それはどんな物じゃ?」
「とても長く広大なダンジョンで、踏破には二、三週間、迷うと一ヶ月程迷宮を徘徊することになりますが、ここを抜ければハインズケールを超えて、出口はラズルシャーチの国境付近にある悪夢の森の前になるそうです。」
「そんな物が発見されたのか」
ピエタは驚きの表情を見せつつ、地図にダンジョンの存在を記しました。
「ですがこのダンジョンはゴブリンやオーク、主に獣人族の格好の住処になってしまっていて、無防備な状態で行くと痛い目に遭ってしまいます。しかし危険な山越えをせずにラズルシャーチまで行けるというのは魅力的ですね。獣人族はそれほど強い種族でも無いので」
「うむ、そうじゃのう。ではワシらは、このダンジョンを抜け、森を通ってラズルシャーチへと向かうとしようか」
ピエタの提案に、ペロッティは同意しました。
「それが懸命だと思います。獣人如きなら、我々でも充分太刀打ちできるでしょう」
ペロッティの発言に対し、ミヨシは軽く警告しました。
「獣人族を甘く見ないほうがいいですよ。弱いといっても、ここにいるオークたちの平均レベルは4万を超えています。中には人語を解する魔王級の獣人族もいて、目撃者の旅人の情報によれば、そいつはレベル6万近くもあったと言われていますからね。魔物はレベルが低くてもやっかいな特殊能力を持っていたりするので、道中は気をつけたほうがいいですよ」
「その魔王級の獣人族がその迷宮の主なのか?」
「それは解りません。何せ見つかって日の浅い迷宮なので。入り口をラズルシャーチの兵士が厳重に警護しているそうです」
「なるほどのう。ふ~む。上も下も厳しい道のりには違いなさそうじゃのう・・・・」
ピエタは困った様子をしつつ、ミルクを口にし、プリンをスプーンですくって食べ始めました。
一方その頃、軍鶏鍋屋近くの防具屋テンバ~イにたどり着いたアグニとグラウスは早速店内に入り、新しい装束を物色し始めました。
「いらっしゃいませ、お客様。どのような物をお探しで?」
「私は魔法使いのエクソシストだ。強力な魔法に耐えられる耐久力のある服は無いか?」
グラウスの問いかけに、店員は大喜びで一着の藍色と白を基調とした短めのトレンチコートを持ってきました。
「これなんかいかがでしょう。魔力が大量に含まれた特殊な糸で縫製された貴重な一品ですよ」
「うむ、着てみよう」
さっそくグラウスは試着室に入り、装束を着込みました。
そして試着室を出ると、アグニに見せ付けました。
「どうだ。似合うか?」
「あら、グラウス師匠。お似合いよ、いいんじゃないかしら?」
「そうか? じゃあ私はこれにするかな」
「まいどあり、300万ジェルになります~」
店員は満面の笑みでそう言いました。
「300万ジェル?! 法外だわ!! もっと安くならないの?」
さっそくアグニが値下げ交渉を始めます。
「そのように申されましても、何分原価が高い一品でして・・・」
「200万!」
「むむう・・・260万!!」
「200万っこれ以上なら他所で買うわよっ」
「そんな金額じゃ売れませんねぇ」
店員の不遜極まりない態度に怒ったアグニは、両手のひらに炎を纏わせました。
「あなたっこの私を誰だと思っているのっ?? モントーヤ州の領主の娘、アグニ・モントーヤ・シャマナよ? 値段を下げないというのなら、こんなちんけな店の一つ焼き払ってあげるわよ?!」
「ひっひええ~それだけはご勘弁を~」
アグニの強烈な恫喝と、更に胸倉を掴む行為に、流石の店員も折れ、グラウスの新装束は200万ジェルで購入する事ができました。
「もう来ないでくださいね~~」
店員は笑顔でそう言い、二人を店から追い出すように激しく手を振ってきました。
「もう、なんてお店なの?! 失礼しちゃうわっパパイヤンって、ガレリアと同じで物価が安いはずなのに」
「まあまあ、買えたんだから良しとしようじゃないか」
グラウスは必死にアグニをなだめます。
「じゃあ今度は私の装束ね。とっても可愛いのがいいわ」
「幾つか店舗を見て回ろう」
それからアグニとグラウスは色んな防具屋をまわり、アグニは様々な装束を着ましたが、どれもしっくり来るものは無く、彼女の新装束探しは頓挫してしまいました。
「なかなか良い物が見つからないわね~」
「お前が我侭すぎるんだ。値段が高いだの、フリルを付けろだのとな」
「だって可愛らしい物が着たいんですもの」
「可愛さよりも大事なのは機能性だ。どうせ戦闘でしか着ないんだからな」
そんな時でした。突然アグニの脳内に何者かが話しかけてきたのです。
「あ、ファルガー? 無事だったのね。よかった~マテウスとか、ビニャートとか、ゲイルとか他の皆も無事?」
突然独り言を始めたアグニに、グラウスは奇異の瞳を向けました。
「そう、よかった。え、ライカールトがパパイヤンに? わかったわ、探してみる。じゃあね、ファルガー」
「一体どうした、アグニ。突然独り言か?」
「違うわ、モントーヤ州付きの近衛兵から連絡があったのよ。ライカールトがこっちに来ているって」
「ライカールト・・・確かモントーヤの近衛兵だったな。」
二人が喋りながら店と店の間の路地に差し掛かったとき、何者かの声で呼び止められました。
「もし、アグニ様、アグニお嬢様っ」
アグニは自分を呼ぶ声に気がつき、二人は路地裏に入っていきます。
そこにはいかにも男前といった感じの風貌で、重厚な甲冑を身に纏い、背中には巨大な斧と重厚な盾を担いでいる、
非常に背の高い、いかにも戦士といった面持ちのの男が宝箱を持って立っていました。
「ライカールトッ」
「お嬢様、ご無事でしたか」
アグニはライカールトに抱きつきました。
「よかった、ライカールト。無事に帰って来てくれたのね」
「私は不死身ですから、簡単にやられたりはしませんよ」
グラウスは旅立ちの前のモントーヤ邸での会話を反芻していました。
「(確か、モントーヤ公か誰かがライカールトという人の名前を出していたな。ま、どうせ大して強くないんだろうが)」
さっそくレベルを確認すると・・・。
「(レベルきゅっ97386だと・・・!? なっなんという強さだっ信じられんっこんな人間が、存在していいのか??)」
モントーヤ州最強の男にして武人の名を欲しいままにする、この豪傑なる戦士、ライカールトには四つの非常に強力な特殊体質がありました。
それは魔族殺し、勇猛果敢、憤怒、強敵特攻という四つの特殊体質です。
魔族殺しは魔族との戦闘時に全ての能力が急上昇するという物です。
勇猛果敢は自分より遥か格上の相手と対峙すると攻撃力が破壊的に上昇します。
憤怒は自分より遥か格上の相手と対峙すると、防御力と魔法防御力が破壊的に上昇します。
強敵特攻は自分より遥か格上の相手と対峙、若しくは強敵に囲まれると、レベルが500万ほど急上昇するというものです。
しかもこの強敵特攻はいまだ未完成であり、今後激しい戦闘経験を積むことで成長する余地があります。
彼自身もこれらは全く知らない特殊体質であり、これまでの35年の人生で、殆ど自分よりはるか格上の相手と戦った経験も無かったのでした。
そしてこのライカールトには更なる秘密も隠されているのですが、それが明らかになるのはもう少し先のお話です。
「でもライカールト、どうしてここに?」
「モントーヤ公から追加の路銀と、アグニ様の為に特注の魔法錦糸で縫製した装束を持って参りました」
そう言って、ライカールトは宝箱を地面に置き、蓋を開けました。
そこには5000万ジェルと、赤と黒を基調とした、可愛らしい装飾品が多数付いたミモレ丈にレースのフリルの付いたフレアスカートの装束が入っていました。
「まあ、お父様ったら。この装束、とても素敵だわっ」
「気に入ってもらえて光栄です」
「でも私、今のこのドレスが気に入っているから・・・」
「それなら心配ない。ピエタ様がいつでも変更できるよう呪文をかけてくれるそうだからな。戦闘時だけ着ればいいだろう」
「そうね、ありがとう、ライカールト。久しぶりに会えて嬉しいわ」
「私もです、お嬢様」
アグニとライカールトは古い付き合いです。アグニが7歳の子供の頃から彼は彼女の家庭教師をしておりました。
彼は武の国ラズルシャーチの元王室近衛軍近衛師団総隊長という軍事部門の最高責任者をしておりました。
そこで、ラズルシャーチと縁のあるモントーヤ公の人柄に感銘を受けたのと、とある理由から王に頼み込み、モントーヤ公に4000億ジェルという超高額で買い取られ、懇意の部下であるファルガーとマテウスの二名の精鋭を連れてガレリア王国モントーヤ州、州兵の近衛隊長になり、その後アグニの家庭教師をしつつ、ガレリア王国に定期的にやってくる魔族の大群の討伐任務に付いているのです。
人生のほとんどをモントーヤ邸内で育てられ、月1回、ライカールトに連れられ、モントーヤ領地内の町や村、都市などを散策する以外、自由に外に出られない状態だったアグニは、ライカールトに一般の学校教育とそん色ない勉学と斧術を、モンクのファルガーに格闘術を、マテウスに魔法の成り立ちから基礎訓練を、それぞれ教えられていたのです。
しかし回復専門の術士であるマテウスの努力のかいもなく、沢山の強力な攻撃魔法は習得しましたが、回復魔法や神魔法等は一切習得できませんでした。
どうやらアグニは魔力はとてつもなく高いのですが、回復魔法の素養は全くないようです。
「私の旅に同行してくれるの? ライカールト?」
「いえ、私にはモントーヤ及びガレリアを守るという重要な使命がございます。お届け物を渡したので直に戻るつもりです」
「私達は一週間程パパイヤンに逗留することになったの。それまであなたも居てくれない? 話したい事も沢山あるし、心強いわ」
「申し訳ございません、お嬢様。私には重要な任務がありますので・・・お嬢様の面倒はそちらの・・・」
「初めまして、ぐっグラウス・アーサー・アルテナと申しましゅ、じゃなかった、申します」
「そうでしたね。グラウス殿が責任を持ってみてくださると伺っております。どうぞ安心して旅をお続け下さい」
「・・・わかったわ、ライカールト」
アグニはやや不満げでしたが、ライカールトの意思を尊重しました。
「無事に旅を終えられ、戻られた暁には、ぜひ私の子種を差し上げとうございますっ」
「うん、それは要らないわ」
モントーヤ州の兵士達は、美しく、色気のある美少女に育ったアグニに心を打ちぬかれており、皆内心彼女と結婚したいと思っているようです。ライカールトに関してはただの冗談ですが・・・。
「これは大変失礼いたしました。では、私もせっかくですから二日程はパパイヤンを適当に散策し、直に戻る予定です。ではまた、お嬢様」
「解ったわ。じゃあね、ライカールト!」
こうして、ライカールトは無事に自らの任務を果たし、路地裏を去って歩いて行きました。
「あれがライカールトか・・・想像を絶する強者だな」
「でしょ!? 何といってもマテウス、ファルガーと並ぶ、我がモントーヤ州最強の男なんだから!」
アグニは両拳で空中をせっせと切り刻み始めました。
「ふむ・・・あのお方が眠りの森に同行してくれていれば、非常に楽だったのだがな。まあでも、とりあえず目的は果たした。軍鶏鍋屋に戻ろう、アグニ」
「わかったわ、グラウス師匠」
アグニが旅に出てからは、彼女の魔法の鍛錬は、全てグラウスが担当しています。彼女が強い魔法を覚えられるのも、全てはブリジン王国で幼くして魔法の指南役をしていた魔法の天才、グラウスの教えの賜物なのです。
ピエタはグラウスの魔法の才能を見抜いていたので、アグニの魔法修行に関しては、全て彼に一任しているのでした。
しかしいざというときは、自らの手で神魔法の初歩だけでも伝授してやりたい。賢者ピエタはそのように考えていたのです。
こうして、二人はピエタ達のいる軍鶏鍋屋へと踵を返しました。
※次回予告:ついにアグニ達は戦士ギルドへと向かうことにする。ペロッティの秘密も明らかに?
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