第40話『戦姫クシナダ』
自由都市パパイヤンはガレリア王国傘下でありながら、独立した自治権を獲得した巨大な商人達の自由都市です。都市の政は6人の世界を代表する豪商人と1人の政治家、7人の会合衆という組織によって行われています。
リョウマもその会合衆の1人ですが、彼女は政ごとには興味がなく、都市の治世や外交は盟友達に任せ、ひたすらパパイヤンを世界一の都市にするため、各地のダンジョンに赴きお宝を集めているのです。
リョウマはこのパパイヤンでメインとなる万屋の他、宿屋、飲食店、酒場、仲間との共同経営であるカジノ、銀行、預かり所等、沢山の店を経営して莫大な利益を得ています。
パパイヤンには商人達が観光客や旅人相手に商いや他国と貿易をする商業地区があります。鍛冶職人達が武具等を作ったり、技術者が機械を開発したりする鍛冶特区。自給自足の為に農耕や動物・魚の養殖を営む生産地区。医療や科学技術などを研究する研究開発地区。
そんな彼らの主な住まいとなる住宅地区。金持ち達が住む富豪地区。そして住人達の憩いと社交の場となるカジノ、オークション特区の七区画に分かれ、街は綺麗に整備されています。道路も全て石畳です。しかしそれでもまだまだパパイヤンには未開拓の土地が溢れています。
各区画はそれぞれ一人づつの会合衆によって管理されています。
各地区へは路面電車やバスを利用して移動します。その燃料源はマナであり、サラバナほどではありませんが、街の中央には小さな世界樹が生えています。この世界樹が生成するマナを利用して、パパイヤンの住人たちは他国よりも遥かに豊かな生活を送っていたのでした。
「おお・・・凄い鮮やかな街並みじゃのう。」
「こんな素敵な場所があるのね~」
絢爛豪華で彩り豊かな街並を歩いているピエタ達は、驚きの表情を隠しきれないと言った表情でした。
「それじゃ、ウチとゼントは肝を売ってくるきに。ミヨシ君、一通り都市の案内が済んだら、彼らをウチの軍鶏鍋屋本店に連れて行ってやってくれんか? 手紙を書いて、知らせとくから」
「かしこまりました」
「じゃあの、また後で会おうぜよ」
「うむ、頑張って商いをするのじゃぞ」
「また後でね~二人とも~」
アグニとピエタが手を振って二人を見送ります。
こうしてリョウマとゼントは一旦パーティーから離脱しました。
「でも手紙って・・・・どうやって送るのかしら? 飛脚?」
アグニは顔に疑問符を浮かべています。
「リョウマ君のことだ。何か便利なアイテムを持っているのかもしれんぞ」
グラウスは、頭の中が疑問で一杯のアグニに優しく言葉をかけます。
「ところでミヨシとやら。お主、ひょっとしてラズルシャーチの出身か?」
ピエタはミヨシに鋭い視線を送り、尋ねました。
「いかにも。私は武の国、ラズルシャーチの元王室近衛軍第三師団の隊長をしておりました。三年前にスセリ様に買い取られて、今はパパイヤンにおります」
「やはりの。そのレベルの高さでピンときたわい。しかしお主ほどの者が、何故門番などを?」
「このパパイヤンのあるミネルバ州は、べヒーモスの生息地の一つです。巨大な巣もあるぐらいですから。べヒーモスはこの広大なオフェイシス大陸でも最強クラスの怪物と言われていて、レベル差を無視するような圧倒的な攻撃力と人智を超えた素早さを持っています。レベル100程度でも油断は出来ません。この世界のどこかには、人語を解するキングべヒーモスという、とてつもなく強い、魔王級のべヒーモスもいるという噂も聞いております。ラズルシャーチの戦士は、入軍試験として、幼い子でも一番最初にべヒーモスと強制的に戦わされます。殺されたらそれで終わりです。私は5歳のときに入軍試験を受け、べヒーモスと戦い、見事討伐できました。ラズルシャーチの領地内にもべヒーモスの生息地がありますからね。ちなみに現在のラズルシャーチの王女、戦姫クシナダ様は、2歳のときに体躯15メートルほどのレベル500のべヒーモスを瞬殺したそうですよ。」
「ほっほう・・・2歳で・・・・」
そのクシナダの逸話を聞いたピエタは、少しだけ汗を流しました。
「・・・ですからこのミネルバ州の門番は、この私でないと、務まらないのです。ここに赴任してから、既に3000体ほどのべヒーモスを討伐しましたが、そのせいか、いつの間にか、このパパイヤンでは、私はべヒーモスキラー等という異名を授かってしまいました・・・・」
「なるほど。確かにお主ほどの熟練した高レベルの槍使いなら、べヒーモスを倒すのは造作もではないであろうな。ワシの仲間達は1体でも大苦戦したがのう・・・まあ奴は大変大きかったし、今にして思えば倒せたのが奇跡じゃ」
グラウスとペロッティはあの超巨大なべヒーモスとの死闘を思い出し、消沈した様子でした。
「(あの化け物のようなべヒーモスを3000体も倒すなんて・・・この少年、ひょっとして、恐ろしく強いのではないか・・・?)」
グラウスは、皆を先導しているミヨシに、畏怖の念を覚えました。
「我が祖国ラズルシャーチはスサノオノミコト様の加護を受けておりますので、生まれてくる子供は皆レベルが恐ろしく高いのです。特に王国戦姫クシナダ様、現王室近衛軍総隊長で回復専門術士のヤマト様、各近衛師団長の面々は、皆この私ですら足元にも及ばない強さの方々ばかりですよ」
「ほう・・戦姫クシナダ様か。噂には聞いておるぞ。確か人間界最強の女と言われておるそうじゃのう」
「ええ。彼女こそ、ラズルシャーチ、いえ人間達の希望そのものです。噂では純潔の血の持ち主であるとか・・・」
戦姫クシナダは、今から約三年ほど前、ラズルシャーチにやって来たリョウマとゼントに流浪と名乗る者から貰ったという神器の刀、首刈り刀を貰いました。
リョウマ達は流浪にクシナダに渡すよう頼まれたのです。
以下はそのときの流浪とリョウマとの会話です。
「リョウマよ、ラズルシャーチに行ったら、この刀を戦姫クシナダに渡してくれぬか」
「なんでだ? 自分で渡しに行けばよかろうが~」
「いや、その・・・・余は一身上の都合で王室には立ち入れないのだ」
「ほお、そか・・・。」
「これを姫に渡せば、リシャナダ公はきっとお前に感謝し、多額のジェルをくれるはずだ。街を興す助けにもなるだろう。だから、必ずクシナダにこの刀を渡してくれ」
「ああ、わかったぞ。じゃあラズルシャーチに行ったら渡すな」
以上が流浪と幼き日のリョウマとのやりとりです。
その刀は、装備するとレベルが5000倍まで膨れ上がり、彼女はその全てを滅ぼす圧倒的な剣術と得意の超広範囲を中心とした氷系魔法、全ての回復魔法、全ての神魔法、結界術等で、王都に襲撃してくる超高位魔族、約100万の軍勢たちの首を、わずか13歳で、たった一人で光の速さで全て狩りまくり、首刈りの姫という恐ろしい異名をも授かっていました。
その結果、魔族たちは大幅にその数を減らしました。
そして今現在クシナダは、更に自らの剣技に磨きをかけています。
その圧倒的な美貌と人智を超えた強さから、国民達には愛されていましたが、その一方で、あまりにも強すぎるため、戦士達や王室の者達から酷く恐れられ、孤独に一人、王宮の自室で暮らしていました。
そんな彼女と唯一対等の身分で話をし、親しき友と呼べるような人物は、同い年のリョウマことスセリビメだけです。クシナダは、日々一人孤独に過ごしながら、再びスセリビメがラズルシャーチにやってくる日を心待ちにしていました。いくら強いとはいえ、まだ15歳。彼女には親しき友人が必要なのです。
手紙魔と呼べるほど頻繁に手紙を書くリョウマは、定期的に特殊なアイテムを使い、クシナダと文通していました。クシナダにとっては、リョウマから時折送られてくる手紙が唯一の心の支えになっていました。
しかしリョウマ達が渡したその神器首刈り刀にはとある強烈な副作用がありました。
それは尋常ならざる性欲の増進と、子供を極端に孕みやすくなる体質という物でした。まだ若き少女のクシナダは、己の内に芽吹いた壮絶なる性欲を押さえ込みつつ、いつか帰ってくるであろうスサノオノミコトとスセリビメであるリョウマとの再会を待ちわびていたのです。そして神であるスサノオノミコトと結婚し、子を授かる事。それが彼女の今の一番の生きる目的になっていたのですが、・・・・。
「して、どこでお主はリョウマとどこで繋がったのじゃ」
「今から三年ほど前に祖国でお会いして、それ以来、国王の直命により買い取られ、彼女の都市内での護衛とあらゆる御用件を承っております。姫様はただ今父君とは喧嘩中で、国から離れている身の上ですから。父君がかけた懸賞金目当ての盗賊達や賞金稼ぎに常に狙われている状態なのです」
「なるほどのう・・・」
「サラバナの人間は、皆プライドが高くて陰湿で、ケチで他国の者を平然と見下して愚痴と嫌味ばかり言って・・・本当にいけ好かない人達ばかりですが、スセリビメ様は違います。とても聡明で頭が良く、口が達者で、ユーモアがあって、慈悲深く、心優しい良心のある、少々幼い見た目ですが、顔も心も美しいお方です。ちょっと短気ですが・・・。そんな姫様に出会えて、仕事を任され、このミヨシ・シンゾウ、感激の極みです」
頬を紅潮させながら、ミヨシはリョウマの人柄を激賞しました。どうやらミヨシはリョウマに深い尊敬の念と淡い恋心を抱いているようでした。
「リョウマって、凄い人だったのね~」
「ええ、リョウマ様は素晴らしいお方ですよっ」
「うむ、それではさっそく観光と行くかのう」
アグニ達はミヨシの先導を受けて、駅に停車していた路面電車に乗り込みました。
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