第38話『スセリビメ』

 アグニ達を乗せた馬車はミネルバ州を順調に進んで行き、ようやく目的地であるパパイヤンが一同の視界に入ってきました。

「あの大きな建物は何かしら?」

 窓から顔を出し、外の風景を見ていたアグニが、巨大な建築物を指で指し示します。

「あれがパパイヤン名物のカジノぜよ。世界にも一箇所にしかない貴重な賭博場だ。ウチがオーナーなんだぞ」

 リョウマは得意げに言います。

「なんと、お主、カジノの所有者だったのか? それはいい。不正し放題じゃな」

「アホ抜かせ! そういうことはさせんぜよっウチも商売じゃきに。ちゃんと払う物は払ってもらうぜよ」


 お金好きと賭博に興味津々のピエタの心を打ち砕くように、リョウマが釘を刺しました。


「ああ、早く中に入ってベッドで休みたいわ」

「ウチの経営している宿屋もあるぜよ。そこで暫く休息をとればいい」

「一体リョウマよ、お主は何者なんじゃ? ただの旅商人では無いのか?」

「ふふん、何をかくそう、パパイヤンっちゅー都市を興したのは、このウチとその仲間達ぜよ」


 リョウマの発言に、眠っているゼントを除く一同は驚きました。

 

「そうじゃったのか、お主が・・・」

「今から三年ほど前にガレリア王国の国王と交渉して、このミネルバ州の広大な捨て地を、1000億ジェルで購入したんだ」

「いっ1000億ジェルじゃと!!」


 ピエタは一際大きな声を上げました。


「うむ、ここは碌に資源も無いし、民は貧しいし、領主は役立たずの遊び人で跡取りもいないし、怪物のレベルは高いし、べヒーモスの生息地がどこかにあるらしく、でっかい怪物がウヨウヨ徘徊しているしで、国王もミネルバ州には困っておったみたいなんだ。モントーヤ公は有能なのに・・・がガレリア王の口癖だったな。ウチも散々嘆かれた。」


「そうじゃったのか・・・」


「でもパパイヤンはまだまだ発展途上。土地の十分の一くらいしか使ってない。ウチの目標はパパイヤンをもっともっと大きく発展させる事ぜよ。それがガレリア王国の為にもなるしな」

「むむう・・・お主の夢は壮大じゃのう」

「パパイヤンの商業地区には武器防具屋にウチの経営するサイタニ屋、他にもたっくさんの店があるぜよ。ぜひ沢山買っていって、お金を落としていってほしいぜよ」

「もちろんじゃ。グラウスとアグニの服も新調しなくてはならぬからのう」

「そうですね。さすがにこの布の服では、耐久力が不安です」


 グラウスは自らが着込んでいる布の服を指で摘みながら言いました。


「さあ、入り口が見えてきましたよ。馬車はこの辺で留めるとしましょう。」


 そう言って、ペロッティは馬車を止めました。

 そして眠っているゼントを起こした一同は、パパイヤンを守る壁と都市内に入る巨大な開かれた門へとたどり着きました。

 既に多数の人々が都市の中に入っています。


 門の前には軽装の装束を身にまとい、十文字の槍を持った短髪の爽やかな容姿の美少年が待ち構えていました。


「きゃああ、美男子様!!! 子種をっ子種をっ」


 彼を見たアグニはさっそく上機嫌で発情しています。


「あっスセリビメ様! ご無事で何よりです!!!」

「あっこれ!」


 少年は再会できた喜びのあまり、リョウマの本名をついポロリと洩らしてしまいました。


「スセリビメ?」


 アグニが首を傾げます。


「うう・・・違うぜよ、彼の勘違いぜよ。ウチの名前はリョウマ・サイタニだっ」


 リョウマは必死に皆に弁解しますが、グラウスはこう言い切りました。


「やっぱりキミはスセリビメ様だったんだね」

「うう・・・」

「スセリビメじゃと。確かサラバナ王国の第三王女ではないか?」

「うう・・・」


 リョウマは観念したように俯いています。


「あ、すみません、姫様。私、何か失礼な事を申し上げましたでしょうか?」

「・・・いや、構わぬぞ、ミヨシ君。皆を連れてきたら、いつかはどうせバレることだったしな」


 ミヨシと呼ばれた少年は、申し訳無さそうな表情で自らの頬を掻きました。


「ミヨシ君、皆に自己紹介をしてくれろ」


「あっはい」


 リョウマに促され、ミヨシと呼ばれた少年は、自己紹介を始めました。


「私の名前はミヨシ・シンゾウ。パパイヤン商兵団の団長であり、このパパイヤンでは、主に治安維持や軍事面の責任者で、会合衆近衛部隊の近衛隊長も兼任しております」


「ほう、お主。幾つじゃ?」

「15歳です」

「あら、私と一つ年下。これは運命の出会いかしら」


 アグニはミヨシの美男子ぶりにメロメロの様子でした。


「アグニ、お前は少し自重しろ」 

 

 グラウスは辟易とした調子で言葉を吐きます。

 

 そして一同はそれぞれ自己紹介をし、話はリョウマの秘密に戻りました。


「ところで、なぜリョウマがあのスセリビメだとわかったのじゃ、グラウスよ?」

「彼女に憑いている霊がスセリビメと同じ男性の物だったからですよ。私は最初から気づいていましたが、何か事情があるのかなと思い、黙っていました」

「うむ、そうじゃったのか・・・」

「スセリビメって、偉いお方なの? お金持ち?」

「世界一の富裕国のお姫様で、強国の王もひれ伏すほど、絶大なる権威の持ち主じゃ。とてつもないお金持ちじゃぞ」

「まあ、凄いわね!! リョウマ、少しモントーヤ州にも経済的支援して下さらない?」


 アグニはリョウマの肩を叩き、正体がバレて泣きそうな表情をしていた彼女を励ましつつ、父、モントーヤ公のために金をせびり始めました。


「・・・確かにグラウスの言うとおり、ウチの本名はスセリ・サラバナだ。でも父上と喧嘩して、親友と、ゼントと共に国を抜け出して、今はこのパパイヤンを拠点に商いをしちょる・・・」

「そうだったのか・・・」

「有効期間はあと2年だが、サラバナ王国が、こいつに8000億ジェルの懸賞金をかけてる。いざお金に困ったら、リョウマをサラバナに突き帰せば、一生お金に困らないぞ。俺もそうするつもりだからな」


 ゼントはやや嘲笑気味にそう言いました。


「こっこのベコノカワッ! 冗談でも許さんぜよ!!」


 リョウマはすかさずゼントの頭を杓子で殴りつけました。


「8000億ジェル・・・お金・・・ぐふふ」


 ピエタのリョウマを見る眼が変わりました。それに気づいたリョウマは怯え始めます。


「ピッピエタ様? 目が、目がお金の模様になってるぜよっまっまさかウチをサラバナに強制送還する気じゃないだろうな???」

「いやあ・・・どうしようかのう・・・迷うのう・・・旅にお金はつき物じゃからのう・・・しかも8000億じゃろう? 一生お金に困らない生活・・・迷うところじゃわい」


 ピエタはすっとぼけた調子で言います。


「ひっ酷いぜよ。ここまで一緒に旅をしてきた仲間を、お金目当てで売り渡す気かえ?? 正気じゃない!!」

「ふふん、冗談じゃよ、冗談。しかしべヒーモスの肝はもう随分増えておるじゃろう。一つはお主にくれてやるから、残りを売ったお金はウチらに全て寄越すのじゃぞ」


 ピエタの要求に、リョウマは首を素早く何度も縦に振りました。


「わかった、わかったぜよ。もう五つぐらいには増えちょるきに。最低でも7億か8億にはなるはずだ。極力高く売るように全力で交渉する。それを売って、あのレイピアを渡すぜよ」

「うむ、それでよい」


 ピエタとリョウマは同盟の誓いのような堅い握手をしました。


「ふん・・・サラバナにリョウマを帰した方が金になるがな」


 ゼントは頭に出来た瘤を抑えつつ、ぽつりとつぶやきました。


「では皆さん、中へどうぞ。パパイヤンの街は、このミヨシ・シンゾウが直々にご案内致します。」

「ミヨシ君はめっちゃ強いぜよ~。なんといっても槍の達人で、軍事面の責任者で、会合衆近衛部隊の隊長だからな」


 それを聞いたグラウスは、ミヨシのレベルをさりげなく確認しました。


「(れ・・・レベル36182だと・・・強い・・・強すぎる・・・あのゼントよりも、遥かに格上じゃないかっしかしゼントからはレベル1923とは思えないほどの恐ろしい圧を感じるからな。あの腰に挿している剣も何やら特殊な力を漂わせているし。この二人がまともにやりあったら、一体どうなるんだ??)」


 グラウスは一人、ミヨシとゼントが戦う姿を妄想し、少しだけ興奮していました。


「ところでミヨシ君。例の物はすでに完成したか?」



 リョウマはミヨシに尋ねました。


「あと一週間ほどで編み終わる予定だそうですよ」


「そうか・・・楽しみだな」


 リョウマは弾んだ声でそう言いました。


「うむ、ではさっそくパパイヤンに入るとするかのう」


 こうして一同は開いた巨大な門を抜け、パパイヤンに入りました。

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