第37話『史上最悪の混血児』

グラウスの故郷である魔法の国、ブリジン王国を滅ぼした魔族の長、魔人ザンスカールは、ブリジン城を自分好みに改築し、魔族たちの生活の場所、活動拠点としていました。マナを調律する役割を持つ魔族にとって、マナを大量に消費する魔法使いはもっとも優先して殺しておかなければいけない者達だったのです。 


 魔族は魔法を使うのにマナを消費しません。滅びの記録の膨大な魔力を使用します。この世界にとってマナは減りすぎると猛毒化し、魔族の力が大幅に弱体化し、存在する全種族にあらゆる災いを引き起こし、時に疫病を蔓延させます。一方でマナが増えすぎると異種族が繁栄し、魔族の力は大幅に強化され、レベルの高い怪物たちが次々と生まれてきます。しかし理性を持たないやたらレベルの高い怪物は、魔族にとっても対応に苦慮してしまうのです。魔族はそんなマナを管理するために、滅びの記録が生み出した崇高なる存在なのです。


 大小さまざまな玩具が沢山置いてあるカラフルな玉座に佇むザンスカールは、金髪の髪をし、右手が白骨化しておりました。そして左手には熊のぬいぐるみを持っている魔族の長は、好物の焼きリンゴにかぶりつきながら、今宵も物思いに耽っていました。

 

 その様子を最高幹部ザルエラ・バインと大型の魔族、オギュスタインが見つめていました。



「まったく、スクナの奴は・・・何で僕達を裏切ったのかねぇ・・・・」


 焼きリンゴを頬張りながら、ザンスカールはぬいぐるみをなでつつ、自らの腹心であったスクナ・コネホの事を未だに想っていました。


「申し訳ありません、ザンスカール様。全ては私の失態です」


「ザルエラ、キミはぜ~んぜん、悪くないよ。気にしなくていい。元々彼は人間に強い好意を抱いていたからねえ・・・」


「スクナは、このザルエラが必ず探し出し、我ら魔人衆に復帰させてみせます」


「ま、彼は非常に強い魔法使いだし、クシナダとか、ヤマトとか、ライカールトとか、ファルガーとか、マテウスとか、ラズルシャーチの人間と戦わなければ負けることなんてまずないだろうけどさ・・・また、もう一度、顔が見たいね・・・」 


 ザンスカールは天を仰ぎ、自らを裏切った魔人衆の元最高幹部にも情を見せていました。


「そうだ、オギュスタイン。キミに頼みがあるんだ」

「なんでしょう」

「この世界のどこかにあるエルフの国を探し出して、内情を探って欲しい。獣人族との混血であるキミの変身の能力ならば、潜入できるらしいからね」

「かしこまりました」

「僕達魔族とエルフは敵対関係にある。キミは強いけど、奴らもとてもやっかいな能力を沢山もってるから。くれぐれも無茶だけはするんじゃないよ。」

「御意」


 そう言い終わり、ぬいぐるみをひとしきり撫でた後、ザンスカールは、ザルエラに鋭い眼差しを向けました。


「ところで・・・ザ~ル~エ~ラ~く~ん、、キミは一体、いつになったらルクレティオを捕まえてきてくれるんだい?」


「はっ・・・真に申し訳ございません。ようやく居所の手がかりが掴めましたところです」


「どこだい?」


 その瞳は彼を多少見下すようにも見えました。


「ガレリアのミネルバ州にあるパパイヤンという、最近商人達が作った自由貿易都市、という自治区のようです」


「ふ~ん・・・・じゃあ・・・今度こそ、頼むよ?」


「かっ・・・かしこまりました」



「勇者ルクレティオ・・・あいつは本当に手ごわい奴だよ。レベルは見えないし、魔法は封印してくるし、突然姿が見えなくなるし、かと思ったら妙な擬態を作って欺いてくるし、煙になってあらゆる攻撃はすり抜けてくるし、かと思ったら体を硬質化させてきて、頬を全力で蹴られて凄く痛かったし、とにかくよくわからないけど、非常に多彩な能力を持ってる。おまけに魔綬は使えるし、回復魔法も使えるようだし、流石女神の祝福を受けた勇者だけあって頭も良く、僕の甘言にも決して惑わされなかった。それになんといっても、彼は特攻魔法の使い手だ。正直、あのときの戦いは、・・・ドラガリオンをまともに食らったときは・・・流石の僕も、本当に死ぬかと思ったよ・・・。やむおえずマナを暴走させて、勇者のドラガリオンに呪いをかけて、異世界転移の能力をかき消せだけでも奇跡的なぐらいさ。できればもう一度勇者にマナの暴走を食らわせて、今度は彼が持ってる全ての特殊能力を消失させてやりたいけど、流石に彼も馬鹿じゃない。きっと煙になって巧妙に避けてくるだろう・・・つまり、無意味さ。」


「・・・ザンスカール様・・・」


「ザルエラ、キミの力じゃルクレティオと漣の2人には絶対に勝てないよ。奴らのどっちかががあのときのような本気を出してキミと一対一でやりあえば、間違いなく、殺されるのはキミの方だ。他の仲間達は大したことなかったけど、あの2人だけは別格だ。彼らの心が酷く弱く、この中央世界での戦い方に慣れていない今のうちに、キミの便利な能力で上手く捕らえて、何としてもあの2人を生け捕りにしてくるんだ。解ったね? その後は、僕が全力で説得するからさ」


 ザンスカールはぬいぐるみを撫でつつ、言いました。


「しっ承知致しましたっ」


 ザルエラは、ザンスカールが内に秘める圧倒的な圧力と眼力に怯えていました。



 そしてザルエラとの話はいかにして世界のマナを調律するかに移りました。それが魔族にとっての最大の懸案事項でした。最高幹部の一人であるザルエラとマナの調律について話し合い、今後の人間界への活動方針を定めていきました。

 

 話が終わると、ザルエラは愛する妻、ペミスエと息子のいる自らの部屋へと向かっていきました。

 城内のとある部屋の窓から一人の少年が外の景色を眺めていました。

 彼の名前はスナイデルと言います。

 スナイデルはザルエラとぺミスエの本当の子供ではありません。ザルエラが仕える主君で、グラウスの祖国を滅ぼした魔人ザンスカールと、二ニギノマコトという女神との間に生まれた魔族と神との混血児です。

 命を落とし、実の夫、ニニギノミコトに死体を無残に捨てられ、黄泉の国に閉じ込められた二ニギノマコトは、夫に対するその激しい憎悪と怨念を魔力に変えて、神界にいたときから文書にしたため続けていました。そんな彼女をザンスカールは巧妙な話術で説き伏せて、やがて二人は逢瀬を重ね、そして人類にとって悪夢のような混血児が2人生まれてしまったのです。しかし1人目は生まれたときのレベルが70と低すぎたため捨てられてしまいました。

 そしてレベルの高かったスナイデルは生かされたのです。しかし子育てには無関心であった二人は、スナイデルが赤子のときに自らの最高幹部であり、もっとも信頼を置いていた魔族のザルエラ夫妻にその養育を頼んだのでした。

 

 そしてザルエラとペミスエはスナイデルを実の子供のように大切に育てていたのです。

 

 そんな親の愛情を一身に受けたスナイデルは、本当の両親を知らぬまま、10歳になったのです。

 魔族でありながら神の血をも引く少年は、変身せずとも、素の状態でレベル約9000万という人智を逸した素のレベルの高さと、本気を出せば一撃でオフェアシス大陸の半分を消失させるほどの非常に凶悪で高い魔力を持ち合わせています。そして魔族として変身すれば、更なるレベルのパワーアップが可能です。まさに世界を統べる力を発揮するのです。

 しかし彼は神の血が非常に濃い影響か、他種族を殺したい衝動も、食べたい欲求も持ちあわせておらず、心のどこかでは人間と融和したい、マナに関する事も話し合いで解決したいと考えていました。その思想を危険視したザルエラは、今まさにスナイデルを必死に黒く染め上げるために、教育している真っ只中だったのです。


 世界を統べるほどの驚異的な力を持ちながら、両親を愛する心優しいスナイデルは、ザルエラの教えを真摯に受けて超一流の邪悪な魔族へと着実に成長している最中でした。しかし幼い少年は、心の奥底では人間を殺す事を極力躊躇ってもいました。絶大な力を持つとはいえ、彼はまだ子供。彼の心は複雑に揺れ動いていたのです。


「スナイデル。私の可愛い坊や、早く眠りにつきなさい」

 ぼうっと窓の外を眺めているスナイデルに、ザルエラの妻である魔族のペミスエが優しい口調で語り掛けました。

「うん。もう寝るよ。お休み、お母さん」

「お休み、愛しいわが子」


 ペミスエはスナイデルの額に口付けをし、そしてベッドに眠らせました。

 ちょうどその頃、ザルエラが自らの部屋に戻ってきました。


「あなた、スナイデルならもう寝たわよ」

「そうか。もう眠ってしまったか」

「ねえあなた、長はなんていっておられたの」

「いつも通りの話だ。いなくなったスクナとマナの調律に関してのな」

「そう・・・あたし達にとってはマナの管理は死活問題だものね」

「ペミスエ、お前に頼みがある」

「なあに、あなた」

「ルクレティオはまだ生きている。奴をなんとしてでも生け捕りにしなくてはならない。魔綬を使えるあの男は、我々にとって危険だが、配下に出来れば有益な存在だ。」

「そうね・・・」

「部下の密偵から、どうやら奴はパパイヤンに潜伏しているらしい事を聞いた。探してきて、生け捕りにしてくれるか?」

「わかったわ、あなた。私に任せて」

「追って私も様子を見に行く。とりあえずお前一人で潜入してくれ」

「了解っあなた」

「それと、漣も一緒のはずだ。あの女も捕まえてほしい」

「ええ、もちろんよ。それじゃあ、行って来るわね」

「頼んだぞ、ペミスエ。あの場所には世界樹があるらしい。後に少数の部隊を送る。あまり乱暴な事はするな。あの二人さえ捕らえられればそれでいい」

「人は殺しても?」

「抵抗する者は・・・殺して、構わんが、派手にやるなよ」

「了解よ、あなた。スナイデルをよろしくね」

「ああ。気をつけろよ、ペミスエ」

「ええ、あなたもね」

 

 ペミスエは妖艶な笑みを浮かべ、室内を後にしていきました。

しかし直に戻ってきて、ザルエラをベッドに激しく押し倒し、そしていつものように彼女主導で激しく騎乗位でまぐわったのでした。

 子供を妊娠しづらい体質のペミスエにとって、スナイデルが実の息子のような物でしたが、その一方で生まれ持った美しさと妖艶極まりない色気をザルエラに向け、日々子作りにはげんでいたのです。

 そしてとうとうペミスエは、ザルエラから子種を頂く事に成功したのですが、このときは、まだ気がついておりませんでした。


 そして艶っぽい体で色気を放ちつつ、部屋を後にしていきました。

 営みが終わったザルエラは、ベッドで眠っているスナイデルの横に座り、顔を覗き込みました。


「(この子はレベルは解らぬが、とてつもない強さを秘めている。だがまだ未知の素材。危険な存在だ。育て方次第で、黒くも白くもなってしまう。ザンスカール様のためにも、何としてもこの私が黒く染め上げなければならない・・・スナイデルに一番必要な物、それは人を殺す経験だ。人を殺せば、この子も生まれ持った魔族の血が暴れだすはずだ。だがまだ魔法も使えず、特殊能力も目覚めていないようだ。唯一の先天的な特性は魔法、斬撃超強体性と無限に近い体力があるぐらいか。それだけでも凄まじいほどの脅威であるが、このままラズルシャーチなどにいる強い人間、特にライカールトなどとと戦わせたら、それでもきっと殺されてしまうだろう。ライカールト・・・・あの男は昔私と戦ったときに、突然奇妙な力に目覚めて、正確なレベルは解らなくなったが、このスナイデルの強さに限りなく近づいたように感じた。理由はわからぬが、信じられないほどに強くなったのだ。この私がたまらず敗走するほどの圧倒的な強さだった。ライカールト、奴は魔族にとって、正しく悪魔のような存在だ。とにかくザンスカール様のためにも、そしてこの世界のためにも、一刻も早くこの子を史上最強の、凶悪な魔族に育て上げ、そして新たなる魔族の長として力を振るってもらわなければならない・・・)」

 

 そんなことを考えながら、ザルエラは眠りについているスナイデルの頬を優しく撫で続けました。


 魔族と神の混血児である少年、スナイデル・バイン。


 やがて巡り逢う運命にある彼と、アグニ・シャマナは、未だかつてないほどの衝撃的な死闘を繰り広げることになるのでしょうか? 

 それとも・・・。

 答えが明らかになるのは、まだ今暫く先のお話です。



 一方その頃、ミネルバ州の岩石地帯で、ゼントは一人、仲間達の元を離れ、十束剣を抜き、多数に存在する岩を使って新たな技を生み出そうと奮闘していました。


 しかし、そこに柿の種を食べていたリョウマが近づいてきて、彼に話しかけました。


「ゼント~おまん、こんなところで剣なんか抜いて何やってるぜよ? 解毒アイテム持って無いだろう? 死んでしまうぞ??」


「なんだ・・・リョウマか。今、新しい流派の技を開発中なんだ・・・」


 猛毒状態と酷い眠気に耐えつつ、ゼントは言いました。


「新しい技?? どんな技だ? 教えてくれろっ」


「悪いな、それは秘密だ」


 ゼントは大きく息を吐き、十束剣を鞘に収めました。


「おっできたかが??」


「ああ、後もう少し修練したら、実戦で試してみるつもりだ。上手くいくかはわからんが・・・。それより体力の限界だっ早く猛毒を治してくれっ」


「技の事教えてくれんなら、治しちゃらん。新しい護衛はミヨシ君に頼むきに。兵士ならラズルシャーチから買ってくればいい。そこでのたれ死んでしまえ~っ」


 リョウマはニタニタ笑いつつ、柿の種を音を立てて食べながら、踵を返していきました。


「わっわかった。ちょっとまってくれっ教えるっ教えてやるから、解毒アイテムをくれっ」


 リョウマは意地悪い笑みを浮かべつつ、ゼントに猛毒を回復するアイテムを渡しました。


「ほれっ」 


「ちっ待ったく。」


 ゼントはアイテムを使い、猛毒を瞬時に治しました。

 この猛毒という状態異常は、非常に危険な物です。ゼントは長い訓練の末、多少耐えられ、10分ほどは問題なく動けるようになりましたが、訓練を一切してない他の人間や種族が猛毒状態になると、とてつもない全身の激痛と吐き気に襲われ、回復しないと、早くて1分、遅くても5分ほどで死に至ります。

 幸い猛毒状態にしてくる怪物や魔族等はほとんどいないので、今のところは特に問題はありません。

 


 リョウマは耳を大きくして、ゼントに接近してきました。


「いいか・・・」

「うむ。ほお・・・・なんとっそれは凄いなあ」

「まだ他言するなよっ」

「わかっちょる。でもその技使うときって、相当な修羅場になりそうだな。ウチはレベル3しかないから、おりょうの加護でひたすら耐えるしかないな~」

「まぁな。安心しろ。お前には、俺が指一本触れさせん。出来れば、この技を試すときが来ない事を祈るばかりだ・・・」

「うむ。ま、パパイヤンにいる限りは大丈夫だろう。ダンジョンでピンチになったら使ってくれ」

「そうだな、そうする。流石に少し疲れた。パパイヤンに着けば、しばらくはゆっくり出来そうだ」

「うん。もうすぐパパイヤンだ。ウチもべヒーモスの肝とか色々素材手に入れたし、取引とかせんといかんきに。ゼント、おまんは宿屋で暫く眠っとけ。街内の護衛はミヨシ君に頼む事にするからな。ピエタ様達がいるし、大きな問題は起こらないと思うしな」

「いや、俺も街を歩くだけなら付いて行くぞ。戦闘はちょっと御免だがな」

「そか。じゃあ、適当に眠っておくんだぞ」

「ああ」


 しかし、ゼントの悪い予感は不幸にも的中し、その新技を使うときが、すぐ目前まで迫って来ていたのでした・・・。

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