第34話『石座りの少年2:悲しい性』

 夜道を疾走していたピエタとゼントは道中に出てくる怪物たちを一撃で静めつつ、巨大な採石場に到着しました。

 ミネルバ州の財源は豊富な石材です。花崗岩が沢山取れることから、州を挙げて採石事業に取り組んでいます。

 コネホの住む集落も採石での利益を元に納税を行い、生計を立てていました。

 そして二人は採石場の奥にある炭鉱への入り口を発見しました。


「どうやら目的地はここのようだな」


 ゼントがそう言うと、ピエタは追跡魔法を発動し、黄金色に輝く道しるべを表示させました。


「この導を伝っていけば洞窟内もスムーズに目的地まで進んで行けるはずじゃ」

「ふん、便利な魔法だな」

「何やら人の血の匂いがするぞい・・・」

「ああ、それも一人じゃない。複数だ」

「一体何が起こっておるのじゃ、急ぐぞっゼントよ!」

 

 ピエタ達は炭鉱の中に入っていきました。


 炭鉱の中はまだ採石を始めたばかりのようで、そこまで広くありませんでしたが、夜は怪物の住処になっており、ピエタとゼントは多くのモンスターを倒しながら黄金の道しるべの指す奥へと進んでいきました。

 

 そして道しるべが途切れた先の炭鉱の最深部に、大きめの扉が聳えていました。


「ここが目的地じゃな」

「そのようだな」

「中に入るぞっまだ何事も無ければよいのじゃがな・・・」


 ピエタとゼントは力を合わせて慎重に扉を開けました。


 すると、二人の鼻孔に大多数の人間の血の匂いが入り込んできました。


「むう・・・この匂い・・・」

「見ろ、ピエタ!」



 最下層にある大きめの一室で、三十人を超える老若男女問わずの人間達が転がっていました。中に一人だけ、雇われた用心棒でしょうか、鎧を着込んだ戦士と思しき男の亡骸もありました。死亡してから間もないようで、レベルはおぼろげになっていますが、1520ほどでした。

 殆どの者達が爪などで切り裂かれて絶命しており、息のある者はもうおりません。


「これは・・・一体・・・」


 部屋の奥では、若い女性の躯の腸を貪り食う壮年の男の姿がありました。


「美味い、美味い・・・やはり、人間の肉は、美味い・・・」


 その男こそ、コネホの父親、スクナ・コネホでした。


 スクナは無我夢中で死肉を食らっており、ピエタとゼントがやってきたことに気が付いていませんでした。

 

「あの人食い・・・あやつ・・・もしや、魔族か?!」

「どうやらそのようだな・・・・」


 魔族には生まれつき人間を含めた自分達と異なる種族への殺害、カ二バリズムを行いたくなるという悲しい性を持っています。その壮絶な性に耐え切れる理性を持った魔族もいれば、抑えられない者もいます。魔族も命。葛藤している者も沢山いるのです。

 少年の父親、スクナはひたすらにその衝動と戦いながら生き続けていましたが、とうとう耐え切れず、自らを虐げる村の者達と雇われた用心棒をこの炭鉱に呼び出し、そして皆殺しにしてしまったのでした。


 スクナはようやく二人の存在に気づき、真っ赤に染まった自らの口を腕で拭うと、悠然と立ち上がりました。ピエタとゼントが身構えます。


「お主! ビコナ・コネホの父親か??」

「・・・いかにも、ビコナ・コネホは俺の息子だ・・・」

「貴様、魔族か?」

「いかにも、俺は・・・魔族だ。」

「何故人の姿を偽って暮しておったのじゃ?」


 ピエタがスクナを問い詰めます。それに対して、スクナは冷静にこう答えました。

  

「・・・俺は、魔族でありながら、人間が好きだった。ずっと人間に憧れて、人間になりたいと思っていた。だから魔族の掟を破り、人間の女と結婚し、我が子ビコナをもうけた。妻を早くに亡くした後、俺と息子は安住の地を求めて彷徨っていたが、そんな場所は無かった。人間達は俺達親子をあらゆる場所で迫害し、虐げる。俺だけなら耐えられたが、ついにはレベルの高い息子のビコナにまで手を出すようになった。」


「だから村人達を殺したのか?」


「ああそうだ。俺はここで死ぬ訳にはいかない。俺にだって幸せに生きる権利がある。ビコナ・コネホを立派に育て上げるという使命もな。だから・・・この秘密を知ったお前達も、・・・今、ここで、殺すことにするっ」


「愚かな事は考えるな、スクナよ。話し合おうではないかっ」

「悪いが交渉には応じない」


「ぐっ・・・もはや交渉の余地はなしか・・・」


 ピエタは悔しそうに歯軋りをしました。


「上等だ。かかってこい、レベル380のボンクラ魔族がっ」


 ゼントは木刀を抜き、霧の構えを取りました。


「気をつけろっ相手は魔法使いじゃっしかも魔族は変身能力を持っておることがあるっ」


「小娘の言うとおりだ・・・俺がボンクラかどうかは、この真の姿を見てから言うがよい・・・!!」


 スクナがそういうと、周囲に小さな炸裂音が轟き始めました。そしてスクナの体は見る見るうちに変異していき、巨大なあらゆる形の黒い角で全身を覆われた怪物へと進化しました。


「レベル66680・・・おのれ、超高位魔族の類かっしかもあのレベルで魔法使い。うぬぬ・・・こんな奴が悪意を持たずに人間の世界に潜伏していたとは・・・倒すにはちと骨が折れそうじゃのう」

「問題ない。俺達を殺すというのなら、俺がお前を、叩きのめしてやるぞ、魔族よっ」


「レベル1の幼女はともかく、レベル1923の、剣士か・・・人間にしては極めて高いほうだか、俺の敵ではない。この魔法で、滅びるが良いっ」


 スクナは右手をかざし、詠唱なしで強力な威力の火球弾を二人目掛けて叩き込んで来ました。ピエタとゼントは互いに左右に分かれ、その一撃を交わしましたが、その圧倒的な破壊力の爆風でピエタは壁に叩きつけられてしまいました。

 

「ぐっはっ・・・」

「ピエタッ」


「大丈夫じゃ・・・問題ない。おのれ、魔族め・・・成敗してくれるっ」


 ピエタは素の防御力と魔法防御力が桁違いに高く、戦闘による上昇率もきわめて高いため、レベルは1の幼女ですが、とても強靭な体を持っています。


 ほぼ無傷で立ち上がったピエタは、防御シールドを自らの魔法で張りめぐらせると、その中で神魔法の詠唱を始めました。


「滅びゆく神々よ、今こそ我に神の歌を授けたまえ、沈みゆく太陽よ、今こそ我を深遠なる月で美しく照らしたまえ・・・朽ち果てるがよい、神の賛辞イグナ・フー五連発!!」


 ピエタの特殊能力、魔法大連発が発動しました。

 この能力は一つの魔法を魔力が尽きぬ限り最低5回から最大100回ほど同時に叩き込めるという極めて強力な能力です。また、ピエタには時間経過毎に消費した魔力を取り戻していく生まれ持った特性もあります。


 ピエタの絶大な魔力によって撃ち出された神の賛辞イグナ・フーはスクナの反撃の魔法を打ち砕き、彼の体に多段命中しました。


「ぐはっ・・・おのれ、この幼女・・・貴様も魔法使いかっ」


 神魔法は魔族の弱点属性の一つです。特にピエタの絶大な魔力で放つ神の賛辞イグナ・フーは圧倒的な破壊力があります。これによってスクナの体力は大幅に削られました。


「今度はこっちの番だ。行くぞ、魔族よっ」


 ゼントは構えた木刀を携えてスクナに俊足で接近し、斬撃の雨を浴びせましたが、自分より遥かに高レベルの彼の腕に全て防御されました。しかし木刀に込められた魔族特攻のおかげで、スクナの腕を覆い尽くす角を含めて左腕をへし折る事に成功しました。魔綬の効果は装備者のレベルの高さに依存します。装備者のレベルが高ければ高いほど、武具にかけられた魔綬の効果も高まるのです。


「何だと? 貴様、その木刀・・・魔綬がかかっているのか。やってくれたな、小僧めっ」

「次は右腕をもらってやるぞっ」

「させるかっこわっぱめっ」

 痛みに喘ぎつつも、スクナはゼントに攻撃を繰り出しました。右の拳の一撃をゼントの右頬に与え、弾き飛ばしてしまったのです。


「ゼントーーーーーッ」


 ピエタはたまらず剣士の名を叫びました。


 ゼントはそのわずかな一撃で、実に体力の十分の四も持っていかれてしまったのです。

 

「ちっ・・・流石に一撃が重いなっ」

 

 ゼントは口元のフードを降ろし、口内に大量に溜め込まれた血を一気に吐き出しました。そしてフードをすぐに元の位置に戻します。

 

「ゼント!! この者の相手はワシに任せろ! お主は引っ込んでおれっ」

 

 ピエタは一人暴走するゼントを嗜める様に声を上げます。


「引っ込めだと、馬鹿を言われては困るな。俺の力はまだまだこんなものじゃないぞっ」


 ゼントは追撃してきたスクナの爪による強烈な攻撃を交わし、後方に下がりつつ、彼は木刀を右腰に納め、そして美麗な装飾の施された鞘に収まっている剣に手をかけました。


「無駄だ、小僧。貴様の攻撃は俺には通用せぬ。そこの幼女の魔法使いを殺してから、その後で貴様をたっぷりと料理してやる・・・」


 スクナはピエタ目掛けて高火力の魔法を撃ってきます。ピエタはそれをかわしつつ、神の賛辞イグナ・フーの魔法連打で応戦していました。


「ほう、料理か。予告する。パパのうきうきクッキングの時間は、お前には与えられない。」


「ふはは・・・言ってくれるなっ雑魚の分際で・・達者なのは口だけか?」

 

 スクナは凶悪な笑みを浮かべ、舌なめずりをしていました。

 

「やれやれ・・・どうやら、久々にこの剣を抜くときが来たようだな・・・」


 ゼントは不敵に笑いつつ、再び口元のフードを下ろし、美麗な顔を露にすると、刀身に不思議な文様が多数刻み込まれた光り輝く剣を、ゆっくりと鞘から抜き始めました。


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