第32話『無明の破片』
馬車内の騒動もひと段落した頃、ピエタがリョウマに声をかけました。
「そういえば、リョウマよ。先ほどカバンから何か破片を出しておったのう? あれは何じゃ?」
「ああ、これか?」
リョウマは床に置いてあるカバンから小さめの尖った綺麗に光る透明な破片を取り出しました。
「これは無明の破片っちゅうもんぜよ。破片のレア度に応じた魔法をこの中に封印できるんだ」
「ほう」
「この中に魔法を封印して、ウチのカバンで増やせば、ウチも魔法が使えるようになると思ったんだ」
「どれ、ワシに貸してみい」
「おお、やってくれるがか? ありがたいぜよ」
リョウマは隣に座っていたピエタに無名の破片を渡しました。
「いくぞ、イグナ・ネオメガ・グラムスッ」
ピエタが馬者内で発動した魔法は、みるみるうちに無明の破片に吸収されていきました。
そして透明だった綺麗な破片は真紅に染まったのです。
「おお、やったぜよ」
「まあグラムス系は魔法の中ではもっとも簡単な部類じゃからのう。封印できるじゃろうて」
「ありがたい。あとはこれをカバンの中に入れて増やせば、ウチは大もうけできるぜよ」
「よかったのう」
「うむ、無名の破片は仰山あるきに。よかったら他の魔法も封印してくれんか?」
「いいわよ、こんどは私がやるわ」
アグニはリョウマから無明の破片を受けとると、魔力を限界まで高め、イグナ・エル・グレーテルを唱えました。
破片は今度はどす黒く変色しました。
「おお、成功ぜよ。アグニ、ありがとう」
「どう致しまして」
アグニは笑顔でリョウマに魔法を封印した破片を渡しました。
その後もグラウスが防御魔法のイグナ・エル・シールドを、ピエタが神魔法のフーと幾つかの回復魔法を無明の破片に封印しました。
神魔法の最下級はフーです。次がフラー、そして最上級がフラーレです。
イグナ・エル・フラーレは神魔法の中でも三番目にランクの高い超威力の極大魔法です。
二番目はイグナ・オメガ・エル・フラーレ。
そして神魔法最強であり、伝説上の魔法と呼ばれているのがイグナ・ネオメガ・エル・フラーレです。
しかしこの魔法を使用できる人間は未だこの世界には存在しません。
神魔法と対をなす極大特攻魔法の最上級、ドラガリオンも使える者はこの世界では見つかっていません。
ちなみに魔法名称の頭文字にイグナと付けるのは、マナの消費を抑える為と、魔法の神への敬意を示すという二つの理由があります。
このイグナを枕につけずに極大魔法等を唱えると、魔法の威力は大幅に上がりますが、未熟な者は自らの人体に大きな反動を受け、魔法の威力によっては人体が石灰化して、死に至ることもあります。
「おお、フーまで封印してくれたがか、嬉しいのう。これでウチも戦力になれるし、売り物にもなるし、考えただけでもう、たまるかーーー」
「その無明の破片は最高ランクなのか?」
「いや、これはSSランクじゃが、最高のSSSランクの石ではないぜよ。ウチは今、最高ランクの無明の破片と、ある薬を探してダンジョンを探索しておる。そうすれば、あのときグラウスが使ったイグナ・エル・フラーレも、きっとこの無明の破片に封印できて、増やせるぜよ。」
「全くリョウマ、お主という奴は凄いアイテムを沢山もっておるな」
「へへーん。アイテムのことなら、ウチに任せるぜよっ」
リョウマは得意げに胸を握りこぶしを作って凹凸の少ない平たい胸を力強く叩いてみせました。
「ただちょっとこの破片には弱点があってな・・・」
「弱点? なあに?」
「この破片を使うには、使う前に使用者の微量の魔力を込める必要があるぜよ。ウチの魔力は少ないから、無限に増えても使いまくりというわけにはいかないんだ。」
「あら魔力が尽きたなら薬を飲めばいいじゃない」
「魔力を回復する薬も持ってはいるが、レア度が高くて増えるのが遅いんだ。だからもっと素の魔力が増えないかな~、と日々思っているぜよ。」
常に前向きで明るい性格のリョウマにしては、珍しく少し消沈している様子でした。
「ふ~ん。リョウマにも魔力があるなんて驚きですわ」
話を聞いていたピエタが口を挟みました。
「魔力は量の差はあるが全ての人間に等しく存在するぞい。魔法が使えるかどうかは別問題じゃがのう」
「その通りぜよっああん、ウチももっと魔力が欲しいぜよ・・・」
そう呟いた後、リョウマは馬車の窓から見える岩石地帯の風景を覗き始めたのでした。
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